代わりにお願いされた恋なのに、君に沼るなんて聞いてない‼

代わりにお願いされた恋なのに、君に沼るなんて聞いてませんが⁉ どういうことですか⁇

「ねえ、明日香。お願い、私の身代わりになってマッチングアプリの人に会ってきて!」




ベッドの上に突っ伏したまま、私は親友の明日香にスマホを突き出した。



画面に映っているのは、マッチングアプリで知り合った『宙(そら)』という男の人。



アイコンは後ろ姿だけど、メッセージのやり取りから滲み出る理知的でクールな雰囲気に、すっかり心を奪われていた。



「は? なんで私がそんなこと……」



「だって! メッセージのテンポが良すぎて、私なんかじゃ絶対ボロが出るもん!『お前、写真と実物違いすぎだろ』って思われたら終わりじゃん!」



「自意識過剰だよ。それに、自分でまいた種でしょ」



呆れ顔の明日香だったが、最終的には私の泣き落としに負け、「今日一回だけだからね!」と渋々了承してくれた。




待ち合わせは、駅前の大きなカフェ。明日香なら、私の代わりに涼しい顔でやり過ごしてくれるはずだった。






* * *

その頃、駅の反対側の改札前。



宙は頭を抱えていた。



「頼む、爽! 俺の代わりにあのアプリの子に会ってきてくれ!」


「はあ? なんで俺が赤の他人の女とカフェ行かなきゃなんねえんだよ」


「頼む! あいつ、文章のセンスが良すぎて、俺なんかじゃ絶対話についていけない!『こいつ、メッセージと全然中身スカスカじゃん』って幻滅されたら立ち直れねえよ!」


「知るかよ、自分で責任持てって……」



親友の爽も、宙の必死な土下座に近い頼みに根負けし、「今回だけだぞ」と不機嫌そうに承諾した。





* * *




そして、約束の午後二時。



駅ビルの中にあるオシャレなカフェに、それぞれの「身代わり」が足を踏み入れた。



窓際の席。


そこに座っていたのは、黒髪を揺らす、どこか気だるげで美しい女子――ではなく。



「……えっと、純玲(すみれ)さん、ですよね?」


声をかけたのは、ラフなシャツを着た、整った顔立ちの青年だった。


明日香は一瞬固まった。アプリのプロフィールとは明らかに違う、男の人。


そして、目の前に立たされた爽もまた、動揺していた。


「……あれ? 待って。俺、宙(そら)ってやつに頼まれて来たんだけど……もしかして、あんたが純玲?」



店内のざわめきが、二人にとって遠くの音になる。


数秒の沈黙のあと、明日香はハッと気づいた。


「……待って。もしかして、あなたも『身代わり』で来させられた?」


爽はバツが悪そうに頭をかいた。


「……あー、そういうこと? 俺は爽。あいつに『お前の代わりに会ってこい』って無理やり行かされた」


「私は明日香。親友に泣きつかれて、ここに座らされてる……」

最悪の始まりだった。


お互いに「人の身代わり」として、気乗りしないまま仕方なくやってきた者同士。



こんな気まずいお見合い、さっさと解散して帰るはずだった――あの瞬間までは。

「……にしてもさ」


爽が、ふっと小さく笑った。


「あいつら、どんだけ自分に自信ないんだよ。『メッセージについていけない』って、俺たちを盾にするなんて最高にチキンだよな」



「本当よね。私だって、あんなめんどくさいやつの相手、本当はしたくなかったのに」



毒を吐き合ううちに、なぜか肩の力が抜けた。


お互いに飾らない本音をぶつけ合えるその空気感は、アプリの画面越しに感じる「作られた好意」よりもずっと心地よかった。


「ねえ、せっかくだし、愚痴大会でもしない?」


明日香がそう提案すると、爽は少し驚いた顔をしてから、イタズラっぽく笑った。


「……いいね。おごってくれるなら付き合うよ」


そこからの二時間は、あっという間だった。


お互いの友人への不満から始まり、お互いの好きな音楽や、本当の夢や、ちょっとしたしょうもない冗談まで。


話せば話すほど、笑いのツボが驚くほど一緒だった。


「……あれ? 私、いつの間にこの人のことでこんなに胸が跳ねてるんだろ」


目の前で楽しそうに笑う爽の横顔を見ながら、明日香は心の底でひやりと焦った。


「恋をするつもりなんて、これっぽっちもなかったのに」


それは、隣に座る爽も全く同じ気持ちだった。






* * *

その頃。



家でそわそわとスマホを握りしめていた純玲と、ベッドの上で天井を仰いでいた宙は、同時に耐えきれなくなっていた。



「やっぱり気になる……! 私のせいで、明日香に変な男が絡まれてたらどうしよう!」



「くそっ、やっぱり自分の足で行くべきだった! 爽が失礼な態度とってないか心配だ……!」



二人はそれぞれの理由で猛ダッシュし、奇跡的に同じタイミングでカフェに飛び込んだ。


息を切らし、「はあ、はあ……!」と周囲を見回す純玲と宙。


「明日香っ!」

「爽っ!」



二人の叫び声が店内に響く。


しかし、その視線の先で固まった光景に、純玲と宙は同時に文字通り――「えっ!?」と間抜けな声を漏らした。


窓際の特等席。


そこにいたのは、絶対に敵対しているはずの「身代わり」の二人。


しかも、明日香は爽のスマホを覗き込みながらケラケラと笑い、爽はまるで恋人を見つめるような優しい眼差しで、明日香の髪にふわりと触れていたのだ。

「「……え?」」

純玲と宙は、自分が何を見たのか理解できず、完全にフリーズした。

「あ、純玲?」

「おっ、宙」


私たちがやってきたことに気づき、明日香と爽が振り返る。


その顔は、身代わりを頼まれた時の不満顔など微塵もなく、最高に満たされた、甘い恋人同士の顔をしていた。

「ちょっと、明日香……どういうこと!? なんであんたたちがそんな楽しそうなの!?」

「あ、純玲。ごめん。……なんか、身代わりで来たら、この人のがドンピシャでタイプだったわ!」

「おい爽! 俺の代わりにお願いしたんだぞ! なんでお前がカップル成立してんだよ!」

「いやぁ、縁ってどこにあるか分かんないもんだな。感謝してるぜ、宙」


爽はニヤリと笑いながら、明日香の肩を自然に引き寄せた。

「「…………は?」」


残された本命の二人――純玲と宙は、その場でポカンと口を開けたまま、完全に置いてけぼりを食らっていた。


マッチングアプリの恋を実らせるはずが、親友たちが勝手に結ばれてしまったこの状況。


呆然とする純玲を、宙がそっと見つめる。


「……なあ」


「なに……」


「俺たち、完全にピエロじゃね?」


「……否定はしないけどさ……」

沈黙のあと、二人は顔を見合わせ、やがて「ふっ……あははっ!」と同時に吹き出した。


代わりにお願いした恋の結末は、予想の斜め上をいく大誤算。


だけど――。


隣で笑う宙の横顔を見たとき、純玲はふと思った。


「……あれ? この人と一緒にいる未来も、もしかして悪くない……?」

四人の運命の歯車は、ここからまったく違う方向へと、盛大に回り始めるのだった。
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