双身の王と少年 ―巡りし二つの意識―
0001 プロローグ 〜救世の剣と金髪の少年〜
――神魔統歴四百三十六年のエクリプス帝国。
皇太子フェリクスが皇帝ロヴェルト・ノクス・エクリプスから皇帝の座を奪ったことで、暗黒期に陥った帝国の中央の地。
かつては、白銀の剣のように輝かしい建物が立ち並んでいた帝都グランツは、今は暗い影に包まれていた。
王侯貴族は他国と同等の裕福な暮らしを営んでいたが、平民階級である国民の多くは一日分のパンを手に入れることにも苦労していた。
帝国の中でも、一部の辺境ではごく普通の平和が続いていた。
その辺境の名は『ヴェルデ辺境伯領』。帝国の南端で、人々が理想郷《エデン》とも呼ぶ平和な地帯だ。
ヴェルデの中の国境沿いに広がる街、『コルンブルク』。この街は商人の行き来も多く、冒険者ギルドもあったことから、ヴェルデで一番栄えていた。
◇◇◇
コルンブルクの中央に位置する繁華街、平穏の大通り《フリーデン・アレー》。その小さな武器屋に、世間知らずではあるが、心優しい少年ユートが住んでいた。
武器屋の名前は『救世の剣』。どこにもあるような民家で、入り口には曲がった文字の看板がかけられている。
その武器屋の中にユートは住んでいる。
ここは、武器屋の上階の小さな部屋。ユートの昔から使っている私室だ。
(……今日こそはおじさんを納得させて、剣を作らせてもらうんだ)
その私室に金髪翠眼の少年がいた。――ユートだ。
おじさんは、ユートの育て親のガルドのことをいう。
武器屋『救世の剣』の店主であり、両親のいなかったユートの育て親だ。
ユートは十歳の時に繁華街に捨てられていたのだ。そこをガルドが見つけ、ここまで育てた。
ユートの手に握られているのは、一通の手紙。
(今日も手紙は来なかった……。シン、今はどうしているの)
手紙の送り主は、『シン』。
ずっと遠縁で何年も会えなかった。青年は世界を救うために、旅に出た。
机には、書き途中の魔法陣が置かれ、まるで突然消えてしまったかのように。
そう、ユートがずっと続いて行くのだと思っていた青年との暖かな暮らしはある日突然終わりを迎えてしまった。
(……だけど、僕は僕の夢を追いかける)
ユートは深呼吸をすると、椅子から立ち上がった。
◇◇◇
「おじさん、僕はもう二十歳。成人してから五年も経ったのだから、僕にも剣を作らせてほしい」
ユートは二十五歳。背や顔立ちは十代前半のようなものだが。
ユートが真剣な眼差しを向ける先には、二メートルを少し超えるほどの、大男がいた。
「そうだなぁ……だが、ユートには百年早いわ。ガハハハ!」
大男は、声をあげて笑い飛ばした。
――この大男がユートの育て親であるガルドだ。
「おじさん、ひどいよ。百年なんて、僕はもう生きていないよ」
ユートはガルドをジト目で見つめる。
「そうだったな、すまんすまん」
先ほどまでは笑い飛ばしていたガルドだったが、急に表情は真面目顔に変貌した。
ユートは息を飲んだ。――ガルドが真面目顔をするときは、大抵いいことはないということを今までの経験上、知っているからだ。
「……ユート、お前はいつまでも俺にとっては子供のままだ」
ガルドは真面目顔のままユートを指差して言い張る。
「僕は子供じゃない。立派な成人だよ」
ガルドは、ユートの言葉に頷いて、言葉を続ける。
「そう、お前は帝国で成人したと認められた。そう、それは事実だ。……明日から、鍛治の技術を教える。俺が今まで学んできたことのすべてを授ける」
その時、ガルドは鋭い眼差しで店内の中央にポツンと存在感を漂わせるショーケースの中にある物に視線を向けた。
その視線の先には、白銀に輝き豪華な宝飾がされ、圧倒的存在感を滲ませる剣が飾られていた。
その剣は、ただの剣ではなかった。
帝国で主流の剣とは違い、細身で曲線を描き、あまりにも薄い刀身。
この剣の名前は『龍征・蒼牙』。かつて世界を救ったとされる英雄の剣。
救世の剣。それはこの店のシンボルの龍征・蒼牙にちなんだ物だった。
「……ユートお前にこの救世の剣、そして龍征・蒼牙を継いでもらいたい」
ユートは、やっと認められたと感じた。そして、心の底から安堵した。
(……自分がずっとおじさんにとって子供だったのが嫌だった。僕はずっとおじさんに認められたかったんだ)
ユートは込み上がってくる涙を必死にこらえながら、力強く頷いた。
「うん、絶対おじさんを凌駕するような鍛治師になって見せるから!」
ガルドはいつも通りの豪快な笑みを浮かべると、ユートの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「ほう、威勢がいいな!まあ、俺に勝つには千年早いわ!」
その幼児を撫でるような仕草に、ユートは頰を膨らませる。
「もう、僕は子供じゃないんだから」
「そうだったな、すまんすまん」
ユートにとってこの生活はとても掛け替えのないものだった。
だが、この約束は果たされることはなかった――
皇太子フェリクスが皇帝ロヴェルト・ノクス・エクリプスから皇帝の座を奪ったことで、暗黒期に陥った帝国の中央の地。
かつては、白銀の剣のように輝かしい建物が立ち並んでいた帝都グランツは、今は暗い影に包まれていた。
王侯貴族は他国と同等の裕福な暮らしを営んでいたが、平民階級である国民の多くは一日分のパンを手に入れることにも苦労していた。
帝国の中でも、一部の辺境ではごく普通の平和が続いていた。
その辺境の名は『ヴェルデ辺境伯領』。帝国の南端で、人々が理想郷《エデン》とも呼ぶ平和な地帯だ。
ヴェルデの中の国境沿いに広がる街、『コルンブルク』。この街は商人の行き来も多く、冒険者ギルドもあったことから、ヴェルデで一番栄えていた。
◇◇◇
コルンブルクの中央に位置する繁華街、平穏の大通り《フリーデン・アレー》。その小さな武器屋に、世間知らずではあるが、心優しい少年ユートが住んでいた。
武器屋の名前は『救世の剣』。どこにもあるような民家で、入り口には曲がった文字の看板がかけられている。
その武器屋の中にユートは住んでいる。
ここは、武器屋の上階の小さな部屋。ユートの昔から使っている私室だ。
(……今日こそはおじさんを納得させて、剣を作らせてもらうんだ)
その私室に金髪翠眼の少年がいた。――ユートだ。
おじさんは、ユートの育て親のガルドのことをいう。
武器屋『救世の剣』の店主であり、両親のいなかったユートの育て親だ。
ユートは十歳の時に繁華街に捨てられていたのだ。そこをガルドが見つけ、ここまで育てた。
ユートの手に握られているのは、一通の手紙。
(今日も手紙は来なかった……。シン、今はどうしているの)
手紙の送り主は、『シン』。
ずっと遠縁で何年も会えなかった。青年は世界を救うために、旅に出た。
机には、書き途中の魔法陣が置かれ、まるで突然消えてしまったかのように。
そう、ユートがずっと続いて行くのだと思っていた青年との暖かな暮らしはある日突然終わりを迎えてしまった。
(……だけど、僕は僕の夢を追いかける)
ユートは深呼吸をすると、椅子から立ち上がった。
◇◇◇
「おじさん、僕はもう二十歳。成人してから五年も経ったのだから、僕にも剣を作らせてほしい」
ユートは二十五歳。背や顔立ちは十代前半のようなものだが。
ユートが真剣な眼差しを向ける先には、二メートルを少し超えるほどの、大男がいた。
「そうだなぁ……だが、ユートには百年早いわ。ガハハハ!」
大男は、声をあげて笑い飛ばした。
――この大男がユートの育て親であるガルドだ。
「おじさん、ひどいよ。百年なんて、僕はもう生きていないよ」
ユートはガルドをジト目で見つめる。
「そうだったな、すまんすまん」
先ほどまでは笑い飛ばしていたガルドだったが、急に表情は真面目顔に変貌した。
ユートは息を飲んだ。――ガルドが真面目顔をするときは、大抵いいことはないということを今までの経験上、知っているからだ。
「……ユート、お前はいつまでも俺にとっては子供のままだ」
ガルドは真面目顔のままユートを指差して言い張る。
「僕は子供じゃない。立派な成人だよ」
ガルドは、ユートの言葉に頷いて、言葉を続ける。
「そう、お前は帝国で成人したと認められた。そう、それは事実だ。……明日から、鍛治の技術を教える。俺が今まで学んできたことのすべてを授ける」
その時、ガルドは鋭い眼差しで店内の中央にポツンと存在感を漂わせるショーケースの中にある物に視線を向けた。
その視線の先には、白銀に輝き豪華な宝飾がされ、圧倒的存在感を滲ませる剣が飾られていた。
その剣は、ただの剣ではなかった。
帝国で主流の剣とは違い、細身で曲線を描き、あまりにも薄い刀身。
この剣の名前は『龍征・蒼牙』。かつて世界を救ったとされる英雄の剣。
救世の剣。それはこの店のシンボルの龍征・蒼牙にちなんだ物だった。
「……ユートお前にこの救世の剣、そして龍征・蒼牙を継いでもらいたい」
ユートは、やっと認められたと感じた。そして、心の底から安堵した。
(……自分がずっとおじさんにとって子供だったのが嫌だった。僕はずっとおじさんに認められたかったんだ)
ユートは込み上がってくる涙を必死にこらえながら、力強く頷いた。
「うん、絶対おじさんを凌駕するような鍛治師になって見せるから!」
ガルドはいつも通りの豪快な笑みを浮かべると、ユートの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「ほう、威勢がいいな!まあ、俺に勝つには千年早いわ!」
その幼児を撫でるような仕草に、ユートは頰を膨らませる。
「もう、僕は子供じゃないんだから」
「そうだったな、すまんすまん」
ユートにとってこの生活はとても掛け替えのないものだった。
だが、この約束は果たされることはなかった――