キミが家族になった、その日から。
あれだけ酷く降っていた夕立はたったの30分ほどで止んだ。
濡れたアスファルトには夕焼けが映り込み、さっきまでの激しい雨が嘘のようだった。
「…帰るか。」
涼がそう言って歩き出す。
「うん、」
──家までの道は十分ほど。行きよりも荷物は軽く感じた。
隣に涼がいるからだろうか……そんなことを考えた自分に、夏音は小さく苦笑した。
家に着くと、母が玄関まで迎えに来た。
「二人ともびしょ濡れじゃない!」
「途中で雨に降られて。」
「風邪ひかないように、早く着替えてきなさい。」
夏音が部屋へ向かおうとすると、キッチンから母の困った声が聞こえた。
「しまった……。今日、お父さんの帰りが遅いの忘れてた。夕飯どうしよう。」
すると涼が冷蔵庫をのぞき込みながら言った。
「俺が作る」
「えっ?」
思わず夏音が振り返る。母は嬉しそうに笑った。
「じゃあお願いしようかしら。」
「夏音も手伝えよ」
「え、私も?」
「一人じゃ時間かかるし」
ぶっきらぼうな言い方なのに、不思議と嫌な感じはしない。
エプロンをつけた涼は、慣れた手つきで野菜を切り始める。
「包丁、上手……」
「小さい頃から作ってた。」
「そうなんだ」
夏音もじゃがいもの皮をむき始める。
その瞬間──
つるりと手が滑った。
包丁の刃が指先をかすめる。
「痛っ……。」
赤い血がにじむ。涼はすぐに包丁を置き、夏音の手を取った。
「見せろ」
「だ、大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないだろ」
涼は救急箱を持ってきて、消毒液を取り出す。
「…しみるぞ」
「ひゃっ!」
「我慢しろ」
絆創膏を丁寧に貼り終えると、小さく息をついた。
「料理、慣れてないなら無理するな。」
「……ありがとう」
「別に」
その「別に」は、以前より少しだけ優しく聞こえた。
夕飯は肉じゃがだった。母はひと口食べるなり笑った。
「やっぱり涼くんの肉じゃが、おいしいわ」
「夏音も頑張ってました」
──涼にそう言われると少し照れくさい。
涼は何も言わなかったけれど、ほんの少しだけ口元が緩んだ気がした。
その笑顔を見て、夏音も自然と笑っていた。