冷徹営業トップは私の限界オタクでした
昼前、寺内は神崎よりも先に帰ってきた。
「春宮ちゃん、この領収書の処理も分かんない。教えて 」
「寺内さん、これは前にも説明しましたよ?」
「春宮ちゃんの説明、分かりやすいからさ」
寺内が陽菜子のデスクへ片手をつき、楽しそうに笑う。
陽菜子も呆れながら、小さく笑い説明を始めた。
そのときだった。 営業部の扉が開いた。
「……ずいぶん楽しそうですね」
神崎が営業鞄を手に、二人を冷たく見つめていた。
「寺内さん。その領収書を渡してください。私が確認します 。」
「今、春宮ちゃんに教えてもらってるところ。」
「私が確認します。」
神崎は同じ言葉を繰り返し、陽菜子と寺内の間へ静かに入り込んだ。
「えー神崎は冷たいから、優しい春宮ちゃんがいい」
駄々っ子のように寺内は言った。神崎をからかっているのだ。
神崎の眉がピクリと動く。
寺内はニヤニヤしていた。
「まー、いいや。とりあえず、聞きたいことは聞いたし。」
「ありがとね、春宮ちゃん」
そう言うと、寺内は神崎へ近づいた。
寺内は神崎の肩を掴むと、陽菜子から少し離れた場所へ引き寄せ、耳元で小さくささやいた。
「お前、油断してると、春宮ちゃんに俺のほうが懐かれちゃうぞ 。」
神崎は一瞬、固まった。
次の瞬間、その表情からすっと温度が消えた。
「……冗談でも、やめろ」
今度は神崎が寺内の肩へ手を置いた。その指先には、無意識のうちに強い力がこもっていた。
「うわ、こわっ」
寺内は小声で笑うと、満足そうに営業部を出ていった。
神崎の脳裏に、寺内へ向けて小さく笑った陽菜子の顔が浮かぶ。
寺内が陽菜子へ近づくことなら、今までも嫌だった。
自分以外の誰かが彼女を推すことも、気安く触れようとすることも許せなかった。
けれど――。
(陽菜子さんが、俺より寺内に懐くのが嫌だと思うのは……なぜだ)
胸の奥に残る、名前の分からない感情。
それは、今まで感じていた同担拒否とは、どこか違っていた。
