冷徹営業トップは私の限界オタクでした
飲み会は会社近くの居酒屋で開かれた。宴会用の個室には、カラオケも備え付けられていた。
六人掛けの席に座った陽菜子の右隣には神崎、左隣には寺内が座り、向かいには佐藤と女性社員二人が並んでいた。
白石は別のテーブルだった。
注文した飲み物が全員の前に揃うと、寺内が立ち上がった。
全員の視線を集めるように、寺内が大きく咳払いをする。

「えー、春宮ちゃんのおかげで、この二週間、経理部から領収書を突き返されることなく乗り切れました! 」

寺内が大げさに胸を張ると、社員たちから笑い声が上がった。

「春宮ちゃん、お疲れ様!かんぱーい!」

寺内の声に合わせ、あちこちでグラスの触れ合う音が響いた。
全員でグラスを合わせたあと、神崎が陽菜子へそっとグラスを向けた。

「春宮さん、二週間、本当にありがとうございました 。」
(明日から陽菜子さんが営業部にいないと思うと、少し寂しい。 )

二人のグラスが、控えめな音を立てて触れ合った。
料理が次々と運ばれてきた。
神崎の目の前にはサラダが置かれた。
陽菜子がサラダへ手を伸ばそうとすると、神崎が先に取り箸を手にした。

「春宮さん、サラダお取りしますね。」

神崎はサラダを丁寧に小皿へ取り分け、陽菜子の前へ置いた。

「神崎さん、ありがとうございます。」

陽菜子は嬉しそうに受け取る。

「神崎ぃ~。俺にもとってよー。」

「寺内さんは自分でやってください。」

神崎は寺内を見もせず、冷たく返した。
二人のやり取りに、同じテーブルの社員たちが笑った。

二杯目のレモンサワーを飲み終える頃には、陽菜子はいつもよりよく笑うようになっていた。
いつの間にか、陽菜子は神崎の声を聞くために顔を寄せるようになっていた。

「カラオケしよー!」

寺内の呼びかけに女性社員二人も立ち上がり、三人で曲を選ぶと、さっそく歌い始めた。
楽しそうな歌が聞こえてくる。

「じゃあ、俺はトイレ行ってきますね。 」

佐藤もトイレへ立ち上がった。
気が付けばテーブルに残っているのは陽菜子と神崎だけになった。
ほかのテーブルの社員たちも、寺内たちの歌に合わせて手拍子をしていた。
三杯目のレモンサワーを半分ほど飲んだ陽菜子の頬は、ほんのり赤く染まっていた。

「陽菜子さん、お水も飲んでください。」

神崎は陽菜子に小声で水を差し出す。

「ありがとう、ちくわくん。」

ほろ酔いの陽菜子は、声の大きさを抑えられていなかった。
幸い、寺内たちの歌声に紛れ、周囲の社員には聞こえなかった。

「少し、酔っていますか?」

神崎は陽菜子の顔を覗き込む。

「心配性ですね。ちくわくん。」

陽菜子はそう答え、ふにゃりと頬を緩めた。

「えっ、ちくわくんって何ですか!? 」

佐藤の大声が個室中に響き、手拍子がぴたりと止まった。

「えっ?な、なんでもないですよ? 」

「今、神崎さんを『ちくわくん』って呼びましたよね? 」

「えっと……今のは、その……」

陽菜子の目が泳ぐ。
ごまかしきれないと悟った陽菜子は、慌ててスマートフォンを開いた。

「うちの子にそっくりで!」

待ち受け画面に映っていたのは、赤茶色の毛並みをしたシベリアンハスキーだった。
神崎も、陽菜子の愛犬を見るのは初めてだった。



「わっ、本当に神崎さんそっくりっすね! 」

佐藤は悪びれる様子もなく言った。

「この子の名前がちくわくん?」

寺内も面白そうに笑いながら、スマートフォンをのぞき込んだ。

「はい。うちのちくわくんです。すごく可愛いでしょう? 」

陽菜子は嬉しそうに画面を操作し、幼い頃のちくわくんの写真まで見せ始めた。

(陽菜子さんの大切な家族に似ているなら、これ以上光栄なことはない。)

神崎にとっては、あだ名が知られた恥ずかしさより、陽菜子が楽しそうに笑っていることのほうが大切だった。
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