日常の先
8




スクリーンの光が、
静かに横顔を照らしている。
隣の彼。
さっきまで、
あんなに浮かれて、
嬉しそうに笑ってたのに。
今はちゃんと、
映画に集中してる。









でも。











切ないシーンになった瞬間。










彼、
少しだけ表情が柔らかくなった。









主人公が、
“ひとりでいる方が楽だ”
って言う。
その言葉に、
あなたの胸が少しだけ痛む。
昔の自分みたいだった。
期待しない方が楽。
誰かを特別にすると、
苦しくなる。
だから、
最初から諦める。












そうやって、
ずっと自分を守ってきた。










あなた、
無意識に隣を見る。
彼は、
画面を見たまま。
でも。
その横顔見てると、
不思議なくらい安心する。










“逃げなくても大丈夫かも”
そんなふうに思えてしまう。








 
すると。
彼が、
ふとこちらを見た。
目が合う。
暗闇。
スクリーンの光だけ。





     







彼、
小さく首傾げる。
“どうしたの?”
声にしないまま、
そう聞いてる顔。













あなた、
ほんの少しだけ笑って、

小さく首を横に振る。
すると彼。
それ以上は聞かない。















ただ、
安心させるみたいに、

そっと指先だけ触れてきた。
あなた、
その手を見る。
押しつけない。
でも、
離れない。
その優しさに、
胸がじわっと熱くなる。










映画の中では、
主人公がまだ、

“ひとりの方が楽”
って言ってる。
でも今のあなたは。
“誰かといる安心”
を、
ちゃんと知り始めていた。













映画は、
終盤へ向かっていた。
最初はぶつかってばかりだった二人が、
少しずつ、
お互いの“ひとりの時間”も、
“誰かといたい気持ち”も、
受け入れていく話。
あなた、
気づけばかなり感情移入していた。
隣の彼の存在を感じながら、
スクリーンを見る。
映画の中の彼女が、
ぽつりと言う。











“ひとりが好きなんじゃなくて、
傷つかないから楽だっただけかも”





その台詞に。
あなた、
少しだけ息を止めた。
……分かる、
って思った。













期待しない。
最初から諦める。
そうしてた方が、
傷つかないから。

















でも。
隣の彼は、
そこをちゃんと越えてきた。











“逃げないで、
捕まってくれません?”
あの声を思い出す。














あなた、
無意識に少し笑ってしまう。
すると。
隣で、
彼がちらっとこっちを見る。
あなた、
小さく首を傾げる。
彼、
口パク。
『泣いてる?』
「……。」
泣いてない。
……ちょっとだけ、
うるっとしただけ。
あなた、
むっとして小さく首を横に振る。









彼、
少し笑う。
それから。
暗闇の中、
そっと。
あなたの指先を、
軽く握った。
「っ……。」
一瞬、
また心臓が跳ねる。








でも今度は、
嫌なドキドキじゃない。
落ち着く。
あなた、
少し迷ってから、
握り返した。
その瞬間。
彼、
分かりやすく嬉しそうな顔する。













暗くてよかった、
って思う。









こんなの、
明るかったら恥ずかしくて無理。
















そして。
エンドロール。
音楽が流れ始める。
館内が少しずつ明るくなる。
あなた、
余韻でぼーっと前を見ていた。
すると隣で、
彼が小さく息を吐く。
「……よかった。」
「……うん。」
あなた、
まだ少し感情が残った声で返す。
彼、
そんなあなた見て、
ふっと笑った。








「先輩、
めちゃくちゃ入り込んでましたね。」









「……〇〇くんも。」








「ばれました?」








「横見たら、
普通に切なそうな顔してた。」






彼、
ちょっと笑う。









それから。
周りの人が立ち始める中。
彼、
静かに言った。



「……俺、
先輩と観れてよかったです。」



その声が、
映画の余韻と混ざって。
胸に、
じんわり残った。












エンドロールが終わって、
館内が完全に明るくなる。
周りの人たちが、
少しずつ席を立っていく。
でもあなたは、
まだ少し余韻に浸っていた。
隣の彼も、
静か。








さっきまで、
あんなに浮かれてたのに。
今は、
映画をちゃんと噛み締めてる顔してる。
あなた、
ふと笑う。
「……〇〇くん、
ちゃんと映画観るタイプなんだね。」
彼、
立ち上がりながら笑う。
「なんだと思われてたんですか。」
「もっと、
途中でちょっかいかけてくるかと。」
「さすがに映画館で嫌われたくないです。」
「嫌われる自覚はあるんだ。」
「あります。」
即答。
あなた、
吹き出す。











劇場を出る人の流れに混ざって、
並んで歩く。
すると彼、
少しだけ照れたみたいに言う。
「……でも。」
「ん?」
「途中、
先輩が映画に集中してるの見て、
ちょっと嬉しかったです。」
「え。」
「やっぱり邪魔しちゃったかもって思ってたので。
“ちゃんとひとり時間楽しめてるな”
って思って安心しました」







   




その言葉に、
胸がじんわり温かくなる。
彼、
本当に、
あなたの“好きな時間”を大事にしてくれる。
“恋人なんだから全部一緒”
じゃなくて。
“その人らしさ”
をちゃんと見てくれる。










あなた、
少しだけ彼を見る。
「……〇〇くんって、
思ってたよりずっと安心する人だね。」












その瞬間。
彼、
ぴたりと止まる。
「……。」
「な、
なに。」
彼、
数秒黙ったあと、
片手で口元押さえた。








「……今、
かなり嬉しいこと言われました。」   





「え。」 




「俺、
そこ結構頑張ってるので。」






少し照れた笑い。
あなた、
その顔見て、
また胸がきゅっとする。









映画館を出ると、
夕方の光。
少しオレンジ色の街。
人の流れの中。
彼、
自然にあなたの隣歩く。
押しつけない距離。
でも、
離れない距離。
その時。
彼がふと、
あなたの手元を見る。
「……ポップコーン、
ほとんど俺食べてないですね。」
「三粒制だから。」
「厳しい。」
「ひとり時間なので。」



彼、
肩揺らして笑う。
それから。
少しだけ悪戯っぽく、
あなたを見る。

「……じゃあ今、
“半分デート時間”に変わりました?」







あなた、
きょとんとして。
「え、
今さっきのが半分デートでしょ?」






その瞬間。
彼、
ぴたりと止まる。
「……。」
「……?」


  



 
数秒。







彼、
ゆっくり顔覆った。
「だめだ。」












「え、なに。」












「“デート”って認識してくれてた。」













「え。」
あなた、
遅れて気づく。
「……あ。」













彼、
めちゃくちゃ嬉しそう。

「先輩の中で、
今のデートだったんだ……」












「いや、
だって恋人同士で映画って、

普通にデートじゃ……」
そこまで言って、
自分で恥ずかしくなる。












彼、
完全に顔緩んでる。

「……やばい、
嬉しい。」











「そんな喜ぶ……?」
「喜びますよ。」
即答。










「昨日まで、
“俺なんて誰にでも優しい後輩”
判定されてたんですよ?」









「う……」
前科。








彼、
少し笑う。
「だから、
ちゃんと“彼氏”として見てもらえてる感じ、
かなり嬉しいです。」












その言い方が、
あまりにも素直で。







あなた、
胸がじわっと熱くなる。









夕方の光の中。
その言葉が、
静かに胸に残る。





彼、
少し歩きながら、
小さく続ける。
「しかも、
先輩から“デート”って言った。」
「……そんな重要?」
「重要です。」
また即答。
あなた、
思わず笑ってしまう。









すると彼。
ふっと、
少し柔らかい顔になる。
「……でも、
今日よかった。」
「ん?」
「先輩、
ちゃんと自分の時間楽しみながら、
俺ともいてくれたから。」









あなた、
少し照れながら笑った。
「……〇〇くん、
私の攻略法、
理解してきてるね。」
彼、
すぐ笑う。
「かなり研究してます。」
「怖い怖い。」














「好きなので。」
さらっと。
あなた、
また顔熱くなる。
彼、
そんなあなた見て、
満足そうに笑った。













夕方の空気。
あなた、
少し笑って彼を見る。
「……楽しかった、
ありがとう。」
彼、
一瞬目を細める。
嬉しそう。














あなた、
照れ隠しみたいに続ける。
「……じゃ、
また職場で。」











その言い方に、
彼は少しだけ笑った。
「急に“普段モード”。」
「切り替え大事なので。」
「なるほど。」
彼、
頷きながらも、
どこか名残惜しそう。
あなたはそんな彼を見ながら、
この後の予定をぼんやり考える。
(この後は本屋行って……)
気になってた新刊見て。
あと。
(下着、
買い替えたかったからそれも覗こう……)







そう思った瞬間。










ふと、
視線を感じる。










見ると。
彼、
じーーーっとこちら見てる。
「え、……なに。」
「いや。」
「いや?」









彼、
少し笑う。
「“また職場で”って言う彼女、
なんか新鮮だなって。」
「……。」
「デート終わったあと、
ちゃんと自分の時間戻ってく感じ、
先輩だなぁ…って」
その言い方が、
なんだか優しくて。










あなた、
少しだけ安心する。

“もっと一緒にいたい”
って言われるのも嬉しい。


でも。


“ちゃんと離してくれる”
のも、
同じくらい嬉しい。















彼、
少しだけ近づいて。
「……本屋ですか?」
「え。」
「顔。」
「そんな分かる!?」
「かなり。」
彼、
肩揺らして笑う。
「あと、
コーヒー飲み直したそうな顔してる。」
「それはそう。」
「ですよね。」
ほんと、
よく見てる。




あなた、
呆れながらも笑ってしまう。




彼もつられて笑って、
少し肩の力を抜いた。








「……じゃあ、本当にここで。」
「うん。」
改札の手前で立ち止まる。
人の流れが少しだけ二人を押し流しそうになる中で、
彼は一歩だけ距離を詰めた。
でも、触れない。
ちゃんと止まる。
「忘れないで下さいね。」
「?」
「報告です。」
「誰への?」
「俺へのです。」






意味わからなくて笑う、
軽く手を振る。
「じゃあね。」
「はい。」
彼も手を振る。







でも、
すぐには行かない。



少しだけ見送ってる。
あなたが一歩離れてからも、
まだそこにいる気配があって。
振り返ると、
彼はちゃんと見てた。
目が合う。
彼、
小さく手を上げて。
それでようやく、
背を向けた。
あなたはそのまま歩き出す。













なんだかくすぐったくて。





少しだけ笑ってしまった。
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