喪失の夜に、あなたがいた
その声は、いつもより少しだけ優しかった。

「……ただいま帰りました」

明莉は笑おうとしたが、うまく形にならなかった。
だが、楓の声が妙に温かかった。

楓は立ち上がりかけて、しかし一歩手前で止まった。

触れない。
踏み込まない。
でも、寄り添う。

その距離を、楓はいつも守っていた。

「今日は……少し話がありまして」

楓が静かに言った。
声のトーンはいつも通り落ち着いている。
けれど、どこか慎重だった。

「数日後に、僕の会社の20周年パーティーがあります。
 もしよかったら……一緒に来ていただけませんか」

その言葉は、
まるで壊れ物に触れるように静かだった。

明莉は一瞬、息を止めた。

「……楓さんの、会社の……?」

「はい。
 毎年行われるものなんですが、今回は少し規模が大きくて。
 取引先の方々も来られます」

楓は淡々と説明する。
その中に、ひとつだけ名前があった。

「白石さん……という方も来られるはずです。
 取引先の令嬢で、社長とも親しくて」

その名前は、
明莉の胸の奥に小さな棘のように刺さった。

理由はわからない。
ただ、どこか嫌な予感がした。

「……私なんかが行っても、大丈夫ですか」

明莉は思わずそう言ってしまった。
自信が揺らいでいた。

楓はすぐに首を振った。

「大丈夫です。
 僕が一緒ですから」

その言葉は、
優しさというより“保証”に近かった。

明莉は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

「……はい。
 私でよければ行かせていただきます」

その返事は、弱いけれど確かなものだった。
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