初めて聞いた音IIあの夏の続き
第2.5話 「容疑者、瀬戸信」

「デートじゃ無いよ。」

そう言って鈴は、静かに食堂を後にした。

「……。」

なんだ?

帰ってくる途中からなんか変だったけど。

「信先輩。」

「ん?」

悠がじーっと俺を見る。

「すーに何したん?」

「はぁ?」

俺は思わず眉を寄せる。

「俺、なんもしてねぇーよ。」

「信。」

「……。」

低い声で名前を呼ばれた。

嫌な予感しかしない。

ゆっくり振り返る。

「れ、蓮先輩?」

蓮先輩は笑っていなかった。

「そこ。」

椅子を指差す。

「座れ。」

「なんでですか。」

「信先輩。」

悠が俺の肩をポンッと叩いた。

「大人しく座っとき。」

「お、おん……。」

なんでこいつまでそっち側なんだよ。

言われるがまま、俺は椅子に座った。

正面には蓮先輩。

隣には悠。

「……。」

「……。」

「……。」

なんだこれ。

完全に取り調べじゃねぇか。

「お前。」

蓮先輩が静かに口を開いた。

「はい。」

「俺、言ったよな?」

「……何をですか?」

「鈴に変なことしたら。」

蓮先輩は俺の手元を見る。

「ギター弾けなくするって。」

「……。」

思い出した。

『あと手ぇ出すな。』

出かける前に言われた言葉。

「いやいやいや!」

俺は慌てて両手を上げる。

「待ってください!」

「俺、マジでなんもしてないっすよ!」

「ほんまにぃ?」

悠まで疑いの目を向けてくる。

「なんでお前まで疑ってんだよ!」

「だって。」

悠は鈴が出て行った方を見る。

「出かける前のすー、めっちゃ楽しそうやったで?」

「……。」

「それが帰ってきたらアレや。」

「……。」

確かに。

途中までは普通だった。

いや。

むしろ、いつもより楽しそうだった。

パンケーキ食ってる時なんて、ずっと笑ってたし。

でも。

ゲーセンに行ってから。

「……あ。」

俺は小さく声を漏らした。

「信。」

蓮先輩の目がさらに鋭くなる。

「今の『あ』はなんだ?」

「いや……。」

「信先輩?」

「……。」

二人の視線が痛い。

なんで俺。

休日に鈴と出かけただけで、こんな取り調べ受けてんだよ。

それから俺は。

今日あったことを、包み隠さず全部話した。

パンケーキを食べに行ったこと。

途中で鈴がナンパされたこと。

追い払うために、俺が彼氏のフリをしたこと。

パンケーキ屋で、間接キスみたいになったこと。

話せば話すほど。

蓮先輩の顔が、みるみる怖くなっていく。

そしてその横には。

今にも俺に殴りかかって来そうな悠がいた。

「……。」

「……。」

「な、なんだよ。」

最初に口を開いたのは悠だった。

「ほーん。」

悠は笑っている。

笑っているはずなのに。

目が全く笑っていない。

「ほんで?」

「すーがナンパされて。」

「彼氏のフリなー。」

「いや、それは仕方なかっただろ!」

「挙句の果てには。」

悠は俺の言葉を完全に無視する。

「間接キスかー。」

「……。」

ゆっくり俺を見る。

「えぇ度胸しとんなぁ?」

「怖ぇよ!」

俺は思わず椅子ごと少し後ろに下がった。

「いや待て!」

「間接キスは俺からじゃねぇから!」

「鈴が勝手に俺のフォーク使ったんだよ!」

「……すーが?」

悠の眉がピクッと動く。

「そう!」

「俺のパンケーキ一口食いたいって言うから!」

「そしたら勝手に俺のフォーク使って食ったんだよ!」

「……。」

悠と蓮先輩が顔を見合わせる。

「だから!」

「俺は悪くない!」

「ほんで?」

「……はい?」

「信先輩はそのあと。」

悠がじーっと俺を見る。

「すーのスプーン使ったんやろ?」

「……。」

「なんで知ってんだよ。」

「さっき自分で言うたやん。」

「あ。」

しまった。

「信。」

今度は蓮先輩が口を開いた。

「はい……。」

「手。」

「え?」

「そこ置け。」

蓮先輩がテーブルを指差す。

「なんでですか?」

「いいから置け。」

「嫌ですよ!」

絶対ギター弾けなくする気じゃん!

「ていうか!」

俺は慌てて話を戻す。

「今は鈴がなんであんな感じになったかの話だろ!」

「俺を処刑する会じゃないですよね!?」

「まだ処刑はせぇへんよ。」

悠がニコッと笑う。

「まだ!?」

なんだよこいつら。

マジで怖ぇ。

「で。」

蓮先輩が腕を組む。

「他には?」

「……他?」

俺は今日のことを思い返した。

途中までは。

本当にいつもの鈴だった。

いや。

いつもより変だったかもしれない。

顔真っ赤にしたり。

急に黙ったり。

俺の顔見て慌てたり。

でも。

明らかに様子が変わったのは。

「……あ。」

「また『あ』って言ったな。」

「今度はなんや?」

二人に睨まれながら、俺はゆっくり口を開いた。

「ゲーセンで……。」

「うん。」

「詩音の名前、出した。」

「……。」

さっきまでの空気が。

一瞬で静かになった。

「詩音?」

悠は聞き覚えのない名前に首を傾げた。

「誰?」

「詩音先輩は、軽音部の元部長で、信の……」

蓮先輩が言いかけたところで、俺は口を開いた。

「俺の元カノ。」

「……。」

「もう死んだ。」

「え?」

悠の表情が一瞬で変わった。

「死んだ?」

「……あぁ。」

「待って。」

悠はさっきまでの勢いをなくして、少し戸惑ったように俺を見る。

「これ、俺聞いてええ話なん?」

「別に。」

俺は椅子の背もたれに寄りかかった。

「鈴にも話したし。」

「蓮先輩も知ってる。」

「……そっか。」

悠はそれ以上何も聞かず、小さく頷いた。

さっきまで今にも殴りかかって来そうだったのに。

詩音のことを聞いた途端、急に大人しくなった。

「それで。」

蓮先輩が話を戻す。

「詩音の名前出してから、鈴の様子がおかしくなったのか?」

「多分。」

俺は今日のことを思い返した。

「ゲーセンで。」

「鈴が四回やってもぬいぐるみ取れなくて。」

「俺が代わりにやることになったんすよ。」

「その時に。」

俺は少し頭を掻いた。

「『詩音のせいでめっちゃ上手いからなー』って。」

「普通に出ちまって。」

「……。」

「それからなんすよ。」

「鈴がなんか変になったの。」

「だから俺も、わりーって言ったんすけど。」

「鈴は『なんでですか?』って。」

「その後は普通にしてたから。」

「大丈夫だと思ってたんすけど……。」

俺は鈴が出て行った食堂の扉を見る。

「……やっぱ。」

「なんか気にしてたんすかね。」

「鈴は昔から、感情出すの下手くそだったからなー。」

蓮先輩が少し懐かしそうに言った。

「昔からですか?」

「あぁ。」

蓮先輩は小さく頷く。

「嫌なことあっても平気なフリするし。」

「寂しくても寂しいって言わないし。」

「自分の中で勝手に納得して、勝手に終わらせようとするんだよ。」

「……。」

俺はさっきの鈴を思い出した。

『今日はありがとうございました。』

『楽しかったです!』

あれも。

もしかして。

「それにしても。」

今度は悠が口を開いた。

「今日のすーは、分かりやすかったで?」

「え?」

「あんな。」

悠は鈴が出て行った扉を見る。

「『今、私無理して笑ってますよぉー』って感じ。」

「久しぶりに見たわ。」

「……久しぶり?」

俺が聞くと、悠は少しだけ笑った。

「昔のすー、ようあんな顔しとったから。」

「最近は全然見んくなったけどな。」

「……。」

俺は何も言えなかった。

今日。

鈴が楽しそうに笑っていた顔も。

急に俯いた顔も。

帰り道で見せた笑顔も。

全部頭に浮かんできた。

「……俺。」

「なんかまずいこと言ったんかな。」

そう呟くと。

悠と蓮先輩は、揃って俺を見た。

「はぁー。」

悠が呆れたように大きくため息をついた。

「信先輩、なんも分かっとらんなー。」

「は?」

「なー?蓮にぃ。」

悠が蓮先輩を見る。

「そうだなー。」

蓮先輩まで同意する。

「なんだよ。」

「二人して。」

俺だけ何も分かっていないみたいで、なんか腹が立つ。

「分かってんなら教えてくださいよ。」

「いやー。」

悠はニヤニヤしながら俺を見る。

「これは自分で気づかなあかんやろ。」

「何にだよ!」

「さぁなー。」

「うぜぇ!」

そんな俺を無視して、悠は椅子の背もたれに寄りかかった。

「それにしても。」

悠は鈴が出て行った方を見る。

「すーにも春が来るとはなー。」

「……春?」

なんの話だ?

俺が首を傾げていると、蓮先輩が笑いながら悠を見る。

「悠。」

「早くしないと攫われるぞ。」

「……。」

一瞬。

悠の顔から笑みが消えた気がした。

けど、すぐにいつもの顔に戻る。

「それだけは阻止せんとなー。」

「……何の話してんだよ。」

俺が聞いても、二人は顔を見合わせるだけだった。

「信先輩にはまだ早い話や。」

「なんだそれ。」

「気にすんな。」

蓮先輩まで笑っている。

「めちゃくちゃ気になるんですけど!」

なんなんだよ。

鈴も。

こいつらも。

俺だけ置いていかれてる気がする。

「……。」

それにしても。

『すーにも春が来るとはなー。』

春って。

「……。」

いや。

まさかな。
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