別にあなたに愛されなくても。〜死に戻った侯爵夫人は、二度と夫を愛さない〜
 屋敷に戻って自室へ入ると、なぜかそこには夫がいた。
 ……いくら夫だからといって、妻のいない間に勝手に部屋に入るなんて、どういう了見なのかしら。変態なの? この男は。

「随分遅かったじゃないか。心配したんだぞ」
「……申し訳ありません、イザベラ様とのお話が大変盛り上がってしまって……」

 私はイライラしそうになるのを抑えながら、笑顔で良い妻を演じる。それと同時に、明らかな女物の香水の香りが夫に纏わりついていることに気が付いた。

「ヴィクトル様の方こそ、どこかへ出かけていらしたのですか? なんだかとても良い香りがするのですけれど……」

 私が不思議そうに首を傾げると、夫はぎくりとしたような表情を浮かべた。

「いや、これは……君にプレゼントを贈ろうと思って、香水店に入ったんだ。結局、良いものはみつからなかったのだけれど……」
「まぁ、そうだったんですね! プレゼントだなんてそんな……お気持ちだけで充分嬉しいですわ」

 というか、貰っても困るのよね、普通に。
 ……こんなにわかりやすく浮気していたというのに、一度目の人生の私は簡単に騙されて……なんて間抜けなのかしら。恋は盲目ってことかしらね。私も、夫も……。

「そ、そんなことより、君に伝えたいことがあって待っていたんだ」
「……伝えたいこと? なんですか?」

 一度目の人生で私が一人で出かけるようになったのは、結婚から半年経ってからだったから……夫の伝えたいことは見当もつかない。そもそも、私の部屋で待っていたのも初めてね。

「実は舞踏会に紹介されていてね、参加しようと思うんだ。もちろん、君も一緒に来てほしんだが……いいだろうか?」
「えぇ、もちろんですわ。それなら早速、準備をしなくてはなりませんね」
「あぁ、そうだな、ドレスの準備を……」
「ヴィクトル様の人脈を広げるチャンスですもの、参加者の皆様の事業についてしっかりと下調べをしていかなければなりませんわ」
「…………え?」

 _____やらかした、と思った。

 いけないわね、一度目の結婚生活のくせで……。舞踏会といえば、夫の補佐をするのが当たり前だと思っていたわ。普通の夫人なら、初めて一緒に夫婦で参加する舞踏会……ドレスやアクセサリーを気にするところなのかもしれないわ。
 事実、以前の私はそうだった。二十歳にもなって情けないけれど……。

「あ、いや……そうだな。はは、頼もしくて助かるよ、シャーリン」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。……ドレスはヴィクトル様が好きに選んでくださって構いません。私は特にこだわりがございませんので……」
「わかった、手配しておこう。では、私は執務に戻るとするよ。……愛している、シャーリン」
「えぇ、私もですわ、ヴィクトル様」

 別にあなたに愛されなくても、私は構わないのですけれどね。よくそんな嘘が吐けるものだわ、夫も、私も……。


 夫が部屋を出て行ったのを確認して、私は思いきりベッドに倒れこんだ。

 今日も、疲れたわね。なんせ、情報量が多すぎるのよ。
 まぁ、一度目の人生の私がどれだけ楽をしてきたか、という証でもあるわね……。

「…………あの本に挟んだメモを受け取るのは、一体誰なのかしら……」

 今の私の心配事は、それだけだわ。
 夫に抱かれたいなんて、もう私は思わない。
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