婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました
 ドクン、と心臓が大きく脈打った。

 お話? 一体それって、なんの……。
 まさか、まさか、まさか……。

 脳裏をよぎった最悪の想像を振り切るように、首を横に振ってからセーラに問いかけた。

「クラウド様は……ご無事なの……?」
「……一命は取り留めました。ですが……この先は、アイリス様の目で直接見ていただいた方がよろしいかと存じます」

 ____怖い。

 両親と対峙した時よりも、メアリー達に、殺されそうになった時よりも、何倍も怖い。

 でも、いかなくちゃ。
 クラウド様に、ちゃんと会って謝らないと。

「……わかったわ。セーラ、私をクラウド様の元へと連れていってくれる? 部屋の前まででいいわ」
「わかりました。では……参りましょうか」

 セーラの後ろを歩く。
 この家の廊下、こんなに長かったかしら。
 まるで、長くて暗いトンネルを歩いているように感じる。

 いつもなら、私の後ろにセーラが控えてくれているのだけれど……。
 今日はとてもじゃないけど、廊下を堂々と歩くことなんてできなかった。

 セーラがゆっくり立ち止まる。

「……着きました。では、この先はお二人でごゆっくりとお過ごしください。……何かありましたら、いつでもお呼びつけくださいね」

 そう言って、セーラは自分の持ち場へ帰っていった。
 私は……深く、深く息を吸って吐いてから、ゆっくりとクラウド様の部屋の扉をノックする。

 ……返答は、ない。
 でも、今回ばかりは入らなきゃならない。

「……失礼します」

 ゆっくりと、部屋に足を踏み入れる。
 そこにあったのは、クラウド様の大きなベッド。

 ____そしてその上で、静かに眠っているクラウド様がいた。

「クラウド様……」

 私は一歩ずつ、重い足取りでクラウド様の側に近付いた。
 顔色が悪い。いえ、それどころか真っ白だわ。

 頭には痛々しい包帯が巻かれている。私を庇ったせいで。

「クラウド様、起きてください、クラウド様……」

 何度も何度も名前を呼ぶ。でも、クラウド様は何も仰らない。
 いつもみたいに優しい声で、「リリー」と呼んで欲しいのに。

 ____クラウド様、お願いします。目を覚まして。私、まだクラウド様に伝えてないことがあるんです。



「ねぇ、私、まだ、クラウド様に……愛してるって……伝えてないの……」



 私、こんなに弱かったかしら。強くなったと思っていたのに、クラウド様を失うことがこんなに怖いなんて。

 指先が震える。
 クラウド様がいなくなってしまったことを考えるだけで、胸にぽっかりと穴が空いてしまうような……そんな感覚が襲ってくるのだ。

 ____私、クラウド様のことをいつの間にか、こんなに好きになっていたんだわ!

 こんな状況になって初めて気付くなんて、私は大馬鹿者だ。

「お願いします……クラウド様、目を覚まして……愛してる、愛してるんです……」

 勝手に涙がぼろぼろと溢れていく。
 それでも、クラウド様は目を覚まさない。

 どうしよう、このままクラウド様が目を覚まさなかったら、私、また一人になるの?
 そんな想像をして、頭が真っ白になる。なんだか現実味がなくて、小説でも読んでいるような気分だった。

 ……クラウド様の手を握る。
 その手は冷たくて、まるで氷のようだった。
 その冷たさが、私を現実へと呼び戻してくれる。

「神様、なんでもするから……クラウド様を返して…………」

 私は人生で初めて、神に祈った。
 けれども、クラウド様は目を覚まさない。

 私はこの日、クラウド様の部屋で眠った。いえ……眠れずにクラウド様の手を握っていたら、いつの間にか寝てしまっていただけだ。



 ____結局一週間経っても、クラウド様が目を覚ますことはなかった。
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