婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました
「お願い……ですか?」

 クラウド様の提案に、心臓がドクンと脈打った。

「あぁ。俺は、この初めて感じたこの感情の正体が……知りたいんだ。だから、アイリス嬢さえよければ……数十分でいい、俺と二人きりで毎日お茶を飲んでほしい」

 思いもよらなかったお願いに、思わず面食らった。
 正直、私を覚えていないクラウド様と対峙するのは……心臓が抉られるような気持ちになる。でも、それがクラウド様の望みであるというのなら、私には受け入れる以外の選択肢はないのだ。

「はい、喜んで」
「本当か!」

 私の返事に、クラウド様が嬉しそうな声をあげる。その表情に、なんだか胸がチクリと痛くなった。
 同時に、嘘だらけの自分が酷く恥ずかしく思えてしまう。

「……では、明日から毎日、クラウド様のお部屋にお邪魔させていただきますね。お時間はいつ頃がよろしいでしょうか?」
「そうだな……昼間は仕事で忙しいし、俺はしばらく一緒に食事を摂るのも難しそうだから……夜の十一時はどうだろうか。寝る前に君の声を聴けば、よく眠れるような気がするんだ」
「……わかりました。では、セーラにもそのように話を通しておきますね」

 ____なんて、なんてずるい人なんだろう。
 こんな風に、期待させるようなことを言って、私を喜ばせて。
 なのに、私のことは何も覚えていないなんて。

 ……残酷だわ。でも、それでもクラウド様とお話ができるのがこんなに嬉しいなんて……私って、馬鹿ね。いえ、それほどまでに恋は人を愚かにするのかしら。

「クラウド様は、明日からお仕事にお戻りになるのですか?」
「あぁ。まぁ、無理はしないようにと医者に散々念押しされてしまったが……マリアンヌに補佐してもらいながら、軽い書類整理から慣らしていくつもりだ」
「それなら……今日はこの辺りで失礼いたしますね。あとは明日に備えて、ゆっくりお休みになってください」
「ありがとう。……アイリス嬢も、良い夢を」

 ……あの時みたいに、「一緒にみよう」とは言ってくれないのね。そんなわがままなことを思ってしまって、自分が嫌になった。
 クラウド様は、記憶を失ってもこんなに優しいのに。

 部屋を出る。扉が閉まったのを確認して、私はその場に座り込んだ。……というより、緊張がようやく解けて脱力してしまったのだ。

 クラウド様に対して、こんなに気を張って接することになるなんて思っていなかった。
 話し終わった今は、寂しさと切なさに加えて、確かな安心感もあった。でも、明日からは毎日、もっと長い時間お話をするのだわ。

 それが、嬉しくて嬉しくて、苦しい。

「……頑張らなくてはね。私は、グレンウィル公爵夫人なんだから」

 もう、レインフォード伯爵令嬢ではない。その事実が、私を強くしてくれる。
 明日から試練が始まるけれど……公爵夫人たるもの、笑顔でいなければ。

 私はそんな決意をしながらゆっくりと立ち上がり、部屋に戻ったのだった。
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