婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました
 時刻は二十二時五十五分を指している。
 そろそろ、アイリス嬢が俺の部屋に来る時間だ。

 彼女との静かな夜の対話も、今日で七日目になる。

 ***

 一日目は、それはもう静かで気まずい時間だった。
 まずはお互い改めて自己紹介をして、彼女は元々どこのご令嬢だったのかだとか、探り探りにそんな話をした。

 俺が彼女のことを聞く度に、彼女は寂しそうに笑った。だが、この時は確かに笑ってくれていたのだ。


 二日目は、彼女の好きなものを聞いた。アイリス嬢は少し悩んでから、「花畑が好きです」と静かに呟いた。
 理由を聞いたら「……大好きな人との思い出の場所なので」と。

 俺は、その場に誰と行ったのか聞けなくて、燻った気持ちを抱えたままその日は眠った。


 三日目は、ずっと気になっていた「俺達はどんな夫婦だったのか」ということを問いかけた。
 それを聞いたアイリス嬢は、一瞬顔を歪めてから口を開こうとしたので、俺は慌ててそれを止めたのを覚えている。

 彼女は少しほっとしたような顔をして、苦しそうに笑顔を作った。


 四日目は、初めて彼女の方から問いかけてくれた。

「クラウド様は、マリアンヌ様のことをどう思われているのですか」

 俺はマリアンヌに罪悪感を抱えていることを伏せて、「支えてくれて感謝している」とだけ伝えた。
 すると彼女は、複雑そうな表情をしながら、一拍置いて「そうなんですね」とだけ言葉を零した。


 五日目も、彼女の方から話を切り出してくれた。だが、その表情は昨日よりも苦しそうに見えた。

「クラウド様には、お慕いしている方はいらっしゃいますか?」
「……どうしても気になってしまう女性なら、いる」
「……わかり、ました……」

 そう答えた彼女は、まさに無の表情をしていた。まるで、何か大切なものを諦めてしまったような、そんな顔だった。


 六日目は、これまでで一番重苦しい雰囲気だったと思う。
 ……というよりも、日を増すごとにどんどんと彼女の雰囲気が暗くなっていることに、俺は気付いてしまった。

 俺は彼女に惹かれているのに、毎日どんどん君への想いが募っていくのに。

 アイリス嬢は、逢瀬の回数を重ねる毎にどんどんやつれていった。
 目の下に隈ができている。きっと、眠れていないのだと思った。

 ***

 ____そして、今日も二十三時を知らせる鐘が鳴った。

 控えめなノックの音が聞こえてきて、「どうぞ」と声をかける。

「失礼します」と入ってきた彼女は、今にも壊れてしまいそうな危うい雰囲気を纏っていた。

「……座ってくれ」
「はい、ありがとうございます」

 もう、彼女は笑ってくれない。いや、アイリス嬢はきっと笑っているつもりなのだろう。

 だが、この一週間で彼女は随分疲れてしまったように思う。
 花の世話をしている時は、あんなに美しい笑顔で笑っているのに。

 ____俺の前でだけ、こんなにも苦しそうな顔をする。

 彼女には恐らく、本当に愛している者が別に居るのだ。
 そんな状態で、俺の気持ちを伝えてしまうのはきっと重荷になってしまうだろう。

 それでも、この想いはどんどん膨らんでいくばかりで……。
 このままでは、俺も彼女も苦しい想いをするだけだ。

 だから、決意した。
 少し判断が早いかと思ったが……これ以上は、彼女が壊れてしまうと思ったのだ。

 公爵として、彼女の夫として……アイリスという一人の女性を幸せにするために。

「……明日の昼、大切な話があるんだ。君と俺と、マリアンヌの三人で話がしたい」

 ゆっくりそう告げると、彼女は一瞬目を見開いた。
 俺が目を覚ましてから、初めて見た彼女の表情だった。

 それからアイリス嬢は、ゆっくりと、今にも泣きそうな表情で口を開いた。

「……はい。クラウド様が決めたことでしたら、私はそれに従いますわ」

 そう言って、彼女はぎこちなく笑ってから、部屋を出ていった。



 ____その日、俺は彼女の最後の笑顔がどうしても忘れられなくて、一睡も出来ずに朝を迎えたのだった。
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