婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました
 窓から差し込む光の眩しさで目を覚ます。

「……嫌になるほど、良い天気ね」

 あの手紙が届いてから、二週間が経った。
 今日は、母との決戦の日。

 ……私はこれから、レインフォード伯爵夫人が主催のお茶会に出席する。

 ゆったりとベッドから起き上がったのと同時に、控えめなノック音が響いた。

「入っていいわよ」
「失礼いたします。アイリス様は今日もお早いですね」
「セーラほどではないわ。……それに、今日は少しばかり気合いを入れないといけないから」

 入ってきたのはセーラだった。
 いつも通りテキパキと働いてくれているが、その表情はいつもより暗い。

「…………本当に、参加されるのですか」
「あら。出席の返事を出したのに、当日になって欠席だなんて……それこそグレンウィル公爵家の名に傷を付けるようなものよ」
「……クラウド様には申し訳ないですが……私には公爵家の評判よりも、アイリス様の身の安全が一番なんです……!」

 セーラが涙ぐみながら訴えてきた。
 この子は本当に、いつだって私のことを考えてくれる。だから、私もセーラには誠実に応えようと思えるのよね。

「あのね、セーラ。私はもう、守られるだけの伯爵令嬢ではなくなってしまったの。今は、グレンウィル公爵夫人として、家を守る立場なのよ」
「それはそうですが……」
「私が逃げれば、クラウド様はもちろん、屋敷の皆が路頭に迷うようなことになってしまうかもしれない……。だから私は、逃げるわけにはいかないの。セーラなら、わかってくれるでしょう?」

 微笑みながらそう告げると、セーラは小さな声で「お嬢様は、ずるいです」と呟いた。

「私はもう、お嬢様じゃなくて奥様なのよ」

 私がそう言うと、セーラはようやく諦めたのか困ったような顔をした。
 そして、「そうでしたね、申し訳ございません。……ですが、セーラはいつだって、アイリス様の味方ですよ」と言って笑ってくれたのだった。

 ***

 朝食を終えて、いよいよお茶会に向かう準備が始まる。

 まずは、ドレス選び。
 でも……これはもう決まっている。

 私が迷わず手に取ったのは、初めてお義母様にお会いした時、レミが着せてくれた赤いドレスだ。

 このドレスは、自信がなかった私を変えてくれた魔法のドレスだから……。
 今日もきっと、私に自信を与えてくれる。鎧のようなものよ。

 靴は、クラウド様がプレゼントしてくださった赤い靴。
 素敵な靴は、私をきっと素敵な場所に連れていってくれる……そう信じているから。

 そして髪は、お義母さまの髪型を真似させていただいた。
 セーラのセットはいつだって完璧で、文句なしの仕上がりだった。

 最後に、祖母のイヤリングを自分の手で耳に飾る。
 ……メアリーの想いを乗せながら。

 これで、私の武装は完了。

「セーラ、今日もありがとう。じゃあ、行ってくるわ」
「はい。……ご武運をお祈りしております」

 屋敷から出る時、セーラはそう言って見送ってくれた。

 クラウド様もお忙しいはずなのに、馬車の前で私を待ってくれている。

 私はクラウド様に見守られながら、一人で馬車に乗り込んで、クラウド様に告げた。

「行ってまいります」
「あぁ。……信じてるよ、リリー」
「はい、私もクラウド様と……私自身を信じています」

 馬車がゆっくりと走り出す。

 大丈夫、私は負けない。
 だって、こんなに素敵な戦闘服を身に纏っているんだから。



 ____遠ざかっていく公爵邸を見つめながら、私は屋敷の皆に想いを馳せるのだった。
< 48 / 65 >

この作品をシェア

pagetop