Fahrenheit Ⅳ
緑川さんはあたしが想像するより若干顔色は悪かったものの、大病を患った感じには見受けられなかった。と言うことはやはり精神的なものからくるものだろう。
「緑川さん、お加減が悪いと内藤チーフに聞いたのでお見舞いに」
「え!す、すみません。実はズル休みしちゃって……」
半分は想像していたから怒る気にならない。
「そう言う日もあります」と言うと
「柏木補佐も?」と緑川さんが探るように目を上げる。
「ありますよ。人間ですから」
啓と別れたばかりは本当に病気になって休んでしまいたい、と何度思ったか。
あたしの発言を聞き緑川さんはほっとしたように胸を撫でおろした。
「もし本当に風邪など召されてたら、と思い色々買ってきたのですが必要なかったみたいですね」あたしはドラッグストアで買ってきた薬やスポーツドリンクが入れられたビニールの中身を覗くと
「あ、あたしの心配を……?」
「ええ、大変失礼な話ですが、実は昨夜私たちも銀座の三越に居てあなたと二村さんが言い合っている姿を見てしまったので、それで体調を崩されてるかも、と思いまして」
「昨日の……」と言いかけて緑川さんは顔を俯かせた。そして「見られてたんだぁ……」と泣きそうに声を震わせた。「ははっ……かっこ悪…」と自嘲じみた声で何とか笑った。
「かっこ悪いことなんてないです。あなたの選択は正しかったかと」
無理して笑う必要などないのに、緑川さんはそれでも懸命に笑っている。
「もうあたし何が正しくて何が間違ってるのか分からなくて……」
「そんなときもあります。私もたくさん失敗して間違ってきましたから。
あなたは今、ちょっと恋の風邪に掛かってるだけ。大丈夫、時間が経てば治ります」
「恋の風邪……柏木補佐も…?」と緑川さんが今度ははっきりとわかる涙を浮かべて顔を上げた。
「あ……あたしったら、こんな所で立ち話させちゃって…中でお茶でも」と緑川さんが勧めてくれた。
あたしは大人しく従うことにした。