愛が全てじゃないけれど
慶太朗たちのグループとは無関係なのに、つい『俺たちも』と言ってしまうのが納得なほど、背後のテーブルはうるさい。
正面の男性がジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出すと、慣れた手つきで一枚を抜き出し、私に差し出した。ちゃんと両手で。
同じように奈都にも名刺を渡して、名刺入れを戻す。
「峰濱成悟です。システム開発と保守の会社で代表をしています。年は三十五。ここ一年ほど恋人はいません。結婚願望の有無も言った方がいいかな?」
明らかに私に向けてそう言うも、皮肉っぽくはなく、どちらかと言うと私の気を軽くしようとしてくれているように感じた。
私は首を振り「いいえ。願望なんて変わりますから」と答えた。
「そうだね。今はなくても、それを変える女性と出会う可能性もあるし」
峰濱さんの言葉に、隣の男性が少し驚いた表情をした。そして、それに気が付いた峰濱さんに「どうした?」と聞かれて首を振る。
「いや、珍しいなと思って」
なにが? と思ったが聞かなかった。
彼がすぐに名刺を差し出したから。
「神海吉良です。企業のマッチングアドバイスの会社を経営しています。峰濱と同じ三十五歳。隠すことでもないから言うけど、バツイチ。子供はなし。元妻との関係は綺麗に清算できているから、お付き合いの弊害はありません。念のために付け加えると、離婚の原因は俺の浮気やDVではないから安心して」
合コンに慣れているのか、経営者として言葉がうまいのか、とにかく第一印象に文句なし。
私より先に奈都が名刺を出そうとして、神海さんが手を上げてそれを拒んだ。
「悪用されないとも限らないよ?」
勤め先の場所を聞いて「今度外勤途中に寄るね!」なんて話している慶太朗たちとは雲泥の紳士対応に、もはや同じ人間という大枠、中枠にしても男性とくくるのも申し訳なくなる。
名刺を引っ込めた奈都が自己紹介する。
「草下奈都です。二十八歳。秘書課勤務。先月恋人と別れました。結婚願望……はさておき、もしその時が来たらぐだぐだ言わずに決断してくれる男性が好ましいと考えます」
奈都……。
今日の奈都は白のタイ付きブラウスに黒の膝下タイトスカートのスーツ。
仕事中はおさまりよく整えている胸まであるナチュラルブラウンのゆるふわな髪を、今はウルフカットが際立つように跳ねさせている。
かく言う私は、合コンに連れ出されるとは思っていなかったから、グレーのワイドパンツに二つボタンのジャケットという、ザ・オフィスモード。
ジャケットの下にはネイビーのVネックニットを着ているが、ネックレスもしていない地味さ。
肩までのボブの髪も、どうしようもない。
プライベートで奈都と並ぶと、更に地味なのが際立つ。
まぁ、今日は奈都の付き添いだからいーんだけど……。
奈都に目を向けると、鈴原くんと目が合った。
私は二人がどんな風に付き合い始めて、どんな風に付き合っていて、どんな風に別れたかを知っている。
それだけに、胸が痛い。
同時に、奈都の気持ちが晴れるなら、目の前の男性のどちらかが彼女に興味を持ってくれたらと思う。
とはいえ、鈴原くんの様子からして未練タラタラだ。
奈都も彼の視線には気づいているだろう。
なんだか少しやるせない気持ちで自己紹介しようとした時、背後でわっと声が上がった。
「相性九十三パーセントだって!」
「私、八十五パーセント以上って初めて見た!」
「ホント!? いや~嬉しいなぁ。小花ちゃんみたいに若くて可愛い子と相性九十三パーセントなんて!」
「私も嬉しいですぅ」
「小花ちゃんて、名前の通り小さくて花のようにこう、ぱあぁっと? 雰囲気が可愛いよねぇ」
慶太朗の鼻の下が伸びきっただらしのない声と口調が聞こえ、思わず肩眉がぴくりと動く。
「おい、慶太朗! それ以上は――」
鈴原くんが慶太朗を止める声がして、思わず彼を睨みつけてしまった。
その瞬間、ふっと場が鎮まった。
私は臆することなく、すうぅっと息を吸う。
「大熊美空です。美空って名前より大熊の方がしっくりくる性格だとよく言われます。年は二十八、名実ともに人事部の鬼主任、昨年の年収は三百八十万、目標は単身マンション購入、結婚願望はありませんが、恋人にするなら女を若さや可愛らしさで測るような度量の小さくない男がいいです。同じ年の恋人がいますが、若いお嫁さん候補をお探しのようなので、この瞬間をもって別れます。以上です」