どこかで、誰かの恋がはじまる

第49話 幽霊で恋してもいいですか

どこかで、誰かの恋がはじまる
死んで三日目、白石(しらいし)葉月(はづき)は、自分がまだこの世に未練を残していることに気づいた。
理由は単純。同じクラスの男子、東(あずま)光(ひかる)に、告白できないまま事故で死んでしまったからだ。
「――なんで、私にだけ見えるの、光くん」
幽霊になった葉月は、放課後の教室で、誰もいない空間に向かって話しかけていた光の姿を見て、驚愕していた。他のクラスメイトには見えていないはずの葉月の姿が、光にだけは、はっきりと見えているらしい。
「え、いや、普通に見えるけど……葉月、お前、幽霊になったって自覚あるのか」
「あるよ! 自分でもびっくりしてるところ!」
葉月は半分パニックになりながら、それでも状況を整理しようとした。どうやら光は、幼い頃から霊感が強く、こういった存在が「たまに見える」体質らしい。よりによって、片想いの相手にだけ姿が見えるという状況に、葉月は複雑な気持ちを抱いた。
「なあ、葉月。成仏する前に、何かやり残したこととか、あるのか」
光の何気ない問いに、葉月は思わず言葉に詰まった。やり残したこと――それはもう、はっきりしている。
「……ある、といえば、ある」
「なんだよ、言ってみろよ」
「言えないから、困ってるんだけど」
歯切れの悪い返事に、光は不思議そうに首をかしげた。
***
それから数日間、葉月は幽霊という身でありながら、光のそばで過ごす日々を送ることになった。誰にも見えない存在というのは、それはそれで奇妙な自由があった。授業をサボって好き放題に校内を歩き回っても、誰にも咎められない。ただし、光にだけは全部筒抜けだった。
「お前、さっき購買の列、勝手に横入りしてただろ」
「バレてた!? だって並ぶ意味ないし、私、もう食べられないんだから」
「屁理屈言うな」
呆れながらも、光はどこか楽しそうに、葉月の突拍子もない行動に付き合ってくれていた。この関係が、いつまでも続けばいいのに――葉月は、そんな未練がましい願いを、密かに抱くようになっていた。
***
ある夜、屋上で、葉月はついに、光にすべてを打ち明ける決意をした。
「光くん、あのね。私が成仏できずにいる理由、本当は、ずっと前から分かってたの」
「……聞かせてくれよ」
「光くんのこと、生きてる間、ずっと好きだった。でも、言えないまま、死んじゃった。それが、多分、私の心残り」
正直な告白に、光はしばらく黙り込んだ。夜風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。
「――知ってたよ、実は。葉月がずっと、俺のこと、意識してたこと」
「え」
「幽霊になる前から、なんとなく、気づいてた。それでも、俺の方から言えなかった。臆病だったんだと思う」
意外な告白に、葉月は驚きを隠せなかった。
「光くんも、私のこと、好きだったの?」
「ああ。だから、こうして幽霊になったお前が見えるのも、単なる霊感の強さだけじゃない気がしてる。……お前のこと、ちゃんと見送りたいって、心のどこかで、そう思ってるからかもしれない」
光の言葉に、葉月の胸に、温かいものと切ないものが同時にこみ上げてきた。
「もっと早く、気づけばよかったね、私たち」
「ああ、本当にな」
「でも、こうして、ちゃんと気持ち伝えられただけ、良しとする」
葉月は、涙ぐみながらも、精一杯の笑顔を浮かべた。
「光くん、好きだよ。生きてても、死んでても、その気持ちだけは、ずっと変わらなかった」
「俺も、好きだ、葉月」
夜空の下、幽霊の少女と、生きている少年の、切なくも温かい告白が交わされた。その瞬間、葉月の体が、まばゆい光に包まれ始めた。
「え、待って、なにこれ、眩しっ……」
「葉月!?」
光が驚いて手を伸ばした、次の瞬間――
***
「――さん、白石さん、聞こえますか」
葉月が次に目を開けたのは、真っ白な病室の天井の下だった。消毒液の匂い、規則正しい機械音、そして、心配そうにこちらを覗き込む看護師の顔。
「あ、あれ……私、生きて……?」
「よかった、意識戻ったのね! 三日間、意識不明だったのよ。事故に遭ったの、覚えてる?」
看護師の説明によれば、葉月は事故に遭った後、意識不明の重体ではあったものの、命に別状はなかったのだという。あの「幽霊になった数日間」は、生死の境をさまよう中で見た、長い夢だったのかもしれない。
そう気づいた瞬間、葉月は弾かれたように、病室の外を見た。
「――葉月!」
病室の扉を開けて飛び込んできたのは、他でもない、光だった。目を真っ赤に腫らしながら、彼は葉月のベッドに駆け寄る。
「光くん、なんで、ここに」
「毎日、見舞いに来てたんだよ。お前が、目を覚ますまでずっと」
「……夢じゃ、なかったんだ」
「なんの話だ?」
葉月は、この数日間の不思議な出来事を、光に話すべきかどうか、少し迷った。けれど、結局、正直に打ち明けることにした。
「実は私、意識ない間、幽霊になった夢を見てたの。光くんにだけ姿が見える幽霊になって、ずっと一緒にいたの」
「……それ、俺も、なんとなく分かる気がする」
「え?」
「毎晩、お前の病室で、独り言みたいに話しかけてたんだ。『お前のこと、ずっと好きだった』って。……届いてたのかもな、その言葉」
照れくさそうに告げる光に、葉月は驚きながらも、じんわりと目に涙が滲むのを感じた。
「じゃあ、あの告白、無駄じゃなかったんだね」
「無駄なわけないだろ。ちゃんと、俺の本心だったんだから」
葉月は、涙を拭いながら、精一杯の笑顔で頷いた。
「私も、好きだよ、光くん。生きてる私からも、ちゃんと、伝えさせて」
「ああ。今度こそ、ちゃんと聞いた」
病室の窓から差し込む朝日が、二人を優しく照らしていた。生死の境で交わされた想いは、こうして、確かな現実の中で、もう一度結ばれることになったのだった。
――第49話 完――
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