異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

第27話 賑やかなヴェダ亭

――一週間後。

 朝日が青い屋根を照らし始める頃。

 ヴェダー亭は今日も賑やかな一日を迎えていた。

 鶏小屋からは元気な鳴き声が聞こえる。

「コケコッコー!」

 雄鶏が胸を張って朝を知らせる。

 それにつられるように雌鶏たちも「コッコッ」と鳴き始めた。

 チョボも負けじと首を伸ばして鳴いている。

 井戸の精霊は相変わらず私が桶を下ろすたびに「ヒィぃ……」と小さく悲鳴を上げるけれど、最近は少しだけ慣れてきたのか、私が「おはよう」と声を掛けると「ヒ……」と返事をしてくれるようになった。

 厨房では昨夜から仕込んでいたパン生地がふっくらと膨らんでいる。

 窯には薪が赤く燃え、香ばしい匂いが店いっぱいに広がっていた。

 そして。

 店の窓際、一番日当たりのいい場所では、大きな白い羽毛が朝日に照らされている。

 シマエナガだった。

 あの日、ブナの原生林から連れて帰ってきた巨大なシマエナガ。

 最初は人が近付くだけで「ジジジ!」と羽を膨らませて威嚇していたけれど、今では私が近付いても逃げなくなった。

 傷口は毎日、井戸の水で丁寧に洗った。

 市場で薬草屋のおばあさんに教えてもらった薬草をすり潰し、湿布のように貼り替えた。

 包帯を替えるたびに嫌そうな顔はしたけれど、暴れることはなくなった。

 ヴェダーたちも毎日付き添っていた。

 一匹は薬草を運び。

 一匹は包帯を押さえ。

 一匹は「ヴェダー」と励ますように葉っぱを揺らす。

 何を話しているのか分からないけれど、その度にシマエナガは不思議そうな顔をしてヴェダーたちを見つめていた。

 そんな毎日を過ごしているうちに。

 ――一週間後。

 傷はすっかり塞がっていた。

 まだ羽根は少し乱れているけれど、血は止まり、赤く腫れていた部分も綺麗になっている。

 シマエナガは庭へ出ると、大きく羽を広げた。

 ふわり。

 朝日を浴びた真っ白な羽がきらきらと輝く。

 一度。

 二度。

 三度。

 力強く羽ばたく。

 風が庭へ吹き抜け、ヴェダーたちの頭のフキの葉がぴょこぴょこと揺れた。

「わあ……」

 私は思わず拍手する。

「羽ばたけるようになったの?」

「ジュリッ!」

 シマエナガは嬉しそうに鳴いた。

 最初に聞いた「ジジジ」という威嚇の声とは違う。

 どこか鈴が鳴るような可愛らしい声だった。

「治って良かったね」

 私はゆっくり近付く。

 もう逃げる様子はない。

 白い胸元をそっと撫でる。

 ふわふわ。

 羽毛は思っていた以上に柔らかくて温かかった。

「もう痛くないね」

「ジュリッ!」

 シマエナガは黒い尾羽を左右へ振った。

 機嫌がいい時の癖なのだろうか。

 丸い身体まで小さく揺れている。

 その姿が可愛らしくて、私は思わず笑ってしまった。

「元気になったね」

 もう一度頭を撫でる。

 今度は自分から頭を私の手へ擦り寄せてきた。

「えっ」

 私は少し驚く。

「甘えてるの?」

「ジュリ」

 小さく目を細める。

 どうやら警戒心はすっかりなくなったらしい。

 その様子を少し離れたところから七匹のヴェダーたちが見守っていた。

「ヴェダー」

「ヴェダー」

 葉っぱをふわふわ揺らしながら何やら嬉しそうに鳴いている。

 一匹は拍手をするように短い手をぱちぱち叩き。

 一匹はぴょんぴょん飛び跳ね。

 もう一匹はシマエナガの周りをくるくる走り回る。

 まるで自分たちのことのように喜んでいた。

「みんなも心配してたもんね」

「ヴェダー!」

 元気よく返事が返ってくる。

 シマエナガはそんなヴェダーたちを見つめると、小さく首を傾げた。

 そして。

 ふわり。

 大きな翼を広げ、ヴェダーたちを優しく包み込むように羽を下ろした。

「ヴェッ!」

 七匹は羽毛の中へ埋もれてしまう。

 白い羽の間からフキの葉だけが、ぴょこぴょこと飛び出していた。

「ふふっ」

 私は吹き出す。

「気持ちいい?」

「ヴェダー!」

 羽毛の中から嬉しそうな声が返ってきた。

 どうやら、すっかり仲良しになったらしい。

 その光景を見ていたチョボたちまで近寄ってくる。

「コケッ」

 恐る恐るシマエナガの羽をつつく。

 シマエナガは怒ることなく、黒い瞳でチョボを見つめ、「ジュリ」と優しく鳴いた。

 チョボも安心したように羽を休め、その隣へちょこんと座る。

 朝の庭には、白い巨大なシマエナガを囲むように、七匹のヴェダーと四羽の鶏たちが集まっていた。

 賑やかな鳴き声が青空へ響く。

 私はそんな光景を眺めながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 異世界へ来たばかりの頃は、一人ぼっちだと思っていた。

 けれど今は違う。

 チョボがいて。

 鶏たちがいて。

 七匹のヴェダーがいて。

 そして、大きなシマエナガまで仲間になった。

 
 ◇◇◇


 大鍋で煮込んだ角うさぎのコンソメに、朝採れのなめこをたっぷり落とす。火を止める直前に入れたなめこは、透き通った琥珀色の汁にとろみを与え、一口飲めば森の香りがふわりと鼻へ抜けた。

「このスープだけでパンが何個でも食べられるね」
「ヴェダー!」
「ヴェダー!」
「ジュリッ!」

 シマエナガは木の実を啄み、私とヴェダーたちは夢中で木椀を空にした。

 今日も賑やかな一日が始まる。
< 27 / 96 >

この作品をシェア

pagetop