もう、あなたの妻には戻りません ~異世界北海道で食堂を始めた私に、農業男子の溺愛が止まりません~
第6話 琥珀色に澄んだブイヨン
寸胴鍋の中で、野菜と角うさぎの骨がグツグツと音を立てて煮込まれていた。
玉ねぎの甘い香り。
人参の優しい香り。
ローリエがふわりと鼻をくすぐる。
さっきまで油の匂いが充満していた宿屋のキッチンは、いつの間にかどこか落ち着く香りに包まれていた。
ギルは腕を組みながら寸胴鍋の中を覗き込み、不思議そうに眉をひそめる。
「爽子、こんなゴミを煮込んでどうするつもりだい?」
「ゴミじゃないわ」
私は笑って首を振った。
「立派な食材よ」
鍋の中には玉ねぎの皮、人参の皮、キャベツの芯、それに角うさぎの骨。
さっきまで捨てられるはずだったものばかりだ。
「皮や骨には旨みがたくさん詰まっているの。捨てちゃうなんてもったいないでしょう?」
「そんなもんなのかねぇ」
ギルは半信半疑のまま鍋を見つめている。
本当なら、このまま一晩じっくり煮込みたい。
そうすれば骨からもっと旨みが溶け出し、透き通った極上のブイヨンになる。
でも今は宿屋の厨房を借りているだけ。
そこまで時間はかけられない。
「気長に待ちましょう」
私はそう言ってキッチンを離れ、ドワーフたちのテーブルへ腰を下ろした。
彼らはすっかり打ち解けた様子でトランプを配っている。
「爽子、ポーカーは知ってるか?」
「少しなら」
「よし、勝負だ!」
笑い声が食堂に響く。
窓の外はすっかり夜になり、ランプの灯りが店内を柔らかく照らしていた。
時折キッチンから立ち上る湯気と香りに、誰もがちらちらと寸胴鍋へ目を向ける。
「あんな美味い料理が作れるなんて、あんた魔法使いなのか?」
カードを配りながらドワーフが尋ねた。
「魔法なんて使えないわ」
「でも、あの野菜炒めは魔法みたいだったぞ」
周りの客たちもうんうんと頷いている。
私は少し照れくさくなって笑った。
「私の国じゃ、あれが普通よ」
「普通だって!?」
「毎日あんな飯を食ってるのか!」
「うん」
その一言で食堂中がどよめいた。
ドワーフは目をきらきらと輝かせ、身を乗り出してくる。
「爽子の国へ行ってみてぇなぁ」
「きっと毎日食べ過ぎちゃうね」
妖精までくすくす笑っている。
そんな和やかな時間が流れているうちに、鍋の中から立ち上る香りが一段と濃くなってきた。
ギルが鼻をひくひくと動かす。
「爽子、スープが煮えたみたいだよ。次はどうするんだい?」
「あっ、待って。塩と胡椒を用意して」
「また岩塩を削るのかい?」
「そう。ほんの少しだけね」
私は立ち上がると髪を後ろで結び直し、キッチンへ入った。
ミトンをはめる。
「よいしょ」
寸胴鍋を持ち上げると、ずしりと腕へ重みが伝わった。
大きなボウルの上へガーゼを重ね、ゆっくりと鍋の中身を注いでいく。
さらさら、と黄金色の液体が静かな音を立てて流れ落ちた。
「おぉ……」
誰かが感嘆の声を漏らす。
野菜くずしか入っていなかった鍋から現れたのは、琥珀色に輝く透き通ったブイヨンだった。
濁りはない。
湯気とともに野菜の甘い香りが優しく広がる。
私は削った岩塩をひとつまみ。
黒胡椒を少々。
木べらで静かにかき混ぜた。
それだけ。
それ以上、何も足さない。
「なんだこれは?」
ギルは首を傾げる。
「ハーブティーみたいじゃないか。本当にこれがスープなのか?」
「そうよ」
私は小さな器へ注ぎ、ギルへ差し出した。
「ブイヨンというの。味見してみて」
ギルは恐る恐る器を受け取る。
湯気の向こうで香りを嗅ぐと、驚いたように目を丸くした。
「いい匂いだ……」
ゆっくりと口をつける。
一口。
二口。
そのまま動きが止まった。
「……ギルさん?」
私が声を掛けると、彼は震える手で器を見つめた。
「なんだ……これは」
目尻に涙を浮かべながら、もう一度スープを口へ運ぶ。
優しい甘み。
角うさぎの旨み。
野菜が持つ自然な香り。
すべてが溶け合い、身体の奥までじんわりと染み渡っていく。
ギルは勢いよく顔を上げた。
「なんだこれは!」
食堂中へ響くほど大きな声だった。
「こんな美味いスープは、生まれて初めてだ!」
玉ねぎの甘い香り。
人参の優しい香り。
ローリエがふわりと鼻をくすぐる。
さっきまで油の匂いが充満していた宿屋のキッチンは、いつの間にかどこか落ち着く香りに包まれていた。
ギルは腕を組みながら寸胴鍋の中を覗き込み、不思議そうに眉をひそめる。
「爽子、こんなゴミを煮込んでどうするつもりだい?」
「ゴミじゃないわ」
私は笑って首を振った。
「立派な食材よ」
鍋の中には玉ねぎの皮、人参の皮、キャベツの芯、それに角うさぎの骨。
さっきまで捨てられるはずだったものばかりだ。
「皮や骨には旨みがたくさん詰まっているの。捨てちゃうなんてもったいないでしょう?」
「そんなもんなのかねぇ」
ギルは半信半疑のまま鍋を見つめている。
本当なら、このまま一晩じっくり煮込みたい。
そうすれば骨からもっと旨みが溶け出し、透き通った極上のブイヨンになる。
でも今は宿屋の厨房を借りているだけ。
そこまで時間はかけられない。
「気長に待ちましょう」
私はそう言ってキッチンを離れ、ドワーフたちのテーブルへ腰を下ろした。
彼らはすっかり打ち解けた様子でトランプを配っている。
「爽子、ポーカーは知ってるか?」
「少しなら」
「よし、勝負だ!」
笑い声が食堂に響く。
窓の外はすっかり夜になり、ランプの灯りが店内を柔らかく照らしていた。
時折キッチンから立ち上る湯気と香りに、誰もがちらちらと寸胴鍋へ目を向ける。
「あんな美味い料理が作れるなんて、あんた魔法使いなのか?」
カードを配りながらドワーフが尋ねた。
「魔法なんて使えないわ」
「でも、あの野菜炒めは魔法みたいだったぞ」
周りの客たちもうんうんと頷いている。
私は少し照れくさくなって笑った。
「私の国じゃ、あれが普通よ」
「普通だって!?」
「毎日あんな飯を食ってるのか!」
「うん」
その一言で食堂中がどよめいた。
ドワーフは目をきらきらと輝かせ、身を乗り出してくる。
「爽子の国へ行ってみてぇなぁ」
「きっと毎日食べ過ぎちゃうね」
妖精までくすくす笑っている。
そんな和やかな時間が流れているうちに、鍋の中から立ち上る香りが一段と濃くなってきた。
ギルが鼻をひくひくと動かす。
「爽子、スープが煮えたみたいだよ。次はどうするんだい?」
「あっ、待って。塩と胡椒を用意して」
「また岩塩を削るのかい?」
「そう。ほんの少しだけね」
私は立ち上がると髪を後ろで結び直し、キッチンへ入った。
ミトンをはめる。
「よいしょ」
寸胴鍋を持ち上げると、ずしりと腕へ重みが伝わった。
大きなボウルの上へガーゼを重ね、ゆっくりと鍋の中身を注いでいく。
さらさら、と黄金色の液体が静かな音を立てて流れ落ちた。
「おぉ……」
誰かが感嘆の声を漏らす。
野菜くずしか入っていなかった鍋から現れたのは、琥珀色に輝く透き通ったブイヨンだった。
濁りはない。
湯気とともに野菜の甘い香りが優しく広がる。
私は削った岩塩をひとつまみ。
黒胡椒を少々。
木べらで静かにかき混ぜた。
それだけ。
それ以上、何も足さない。
「なんだこれは?」
ギルは首を傾げる。
「ハーブティーみたいじゃないか。本当にこれがスープなのか?」
「そうよ」
私は小さな器へ注ぎ、ギルへ差し出した。
「ブイヨンというの。味見してみて」
ギルは恐る恐る器を受け取る。
湯気の向こうで香りを嗅ぐと、驚いたように目を丸くした。
「いい匂いだ……」
ゆっくりと口をつける。
一口。
二口。
そのまま動きが止まった。
「……ギルさん?」
私が声を掛けると、彼は震える手で器を見つめた。
「なんだ……これは」
目尻に涙を浮かべながら、もう一度スープを口へ運ぶ。
優しい甘み。
角うさぎの旨み。
野菜が持つ自然な香り。
すべてが溶け合い、身体の奥までじんわりと染み渡っていく。
ギルは勢いよく顔を上げた。
「なんだこれは!」
食堂中へ響くほど大きな声だった。
「こんな美味いスープは、生まれて初めてだ!」