きみはフレームの外で笑う
4.
イライラしながら店を出ると、鞄の中でスマートフォンが震えた。
同僚で仲良しの愛子からメッセージが届いている。
《今日、飲みに行かない?》
ちょうど良かった。
今は誰かに話を聞いて欲しい気分だったから。
《行く。聞いてほしいことある》
定時を過ぎた頃、市役所近くの雰囲気の良い居酒屋で愛子と合流。
愛子は同じ年に入社した同期で、今は住民課にいる。部署は違っても、週に一度は一緒に昼食を食べるくらいには仲がいい。
背は私より5センチほど低く、目がくりくりと大きくて明るめのストレートボブと、形の良い口から見える八重歯が特徴的。
さっぱりとした性格で一緒にいて心地いい。
「じゃあお疲れ様!」
『お疲れ様〜』
注文したビールが届き、まずは乾杯。
ひとくち口に含むと透き通るような爽快感と特有の苦味が喉を通り幸せな気分になる。
「で、何があったの?」
こういう時の愛子は本当に鋭いな。
『今日。駅前のケーキ屋さんに行ってきた。』
「取材やつね。あのイケメンパティシエに会ったの?」
『会ったよ。
ありえないくらい感じ悪かったんだけど本当に!何あれ!』
あの怪訝そうな表情と重たいため息が何度も脳裏によぎる。
横を見ると愛子は大爆笑しながらお通しの冷奴をつまんでいる。何笑ってんのよ。
「へー!感じ悪かったの?顔は?」
『かっこよかった!』
「褒めてる時の顔じゃないよ。」
『だって思いっきり取材断られたもん。』
自分が思ってる以上にムスッとしてたみたいで、愛子が凄く楽しそう。
私は注文した砂肝のアヒージョをつつきながらビールをもう一度飲む。
『写真は絶対に嫌だって。取材も断られた。』
「顔が売りなのに?」
『それ本人の前で言ったら本当にまずい。
顔を載せたいみたいなこと言ったら雰囲気変わったもん。』
あの冷たい三白眼……思いだそうとしただけでも震える。
本当に嫌なんだなって感じたもんな。
「何があったんじゃない?」
『そうなんだろうね。でも、初対面で聞ける感じじゃなかった。』
運ばれてきた塩唐揚げを器に取り、ひと口食べるとサクッとした食感と塩麹とニンニクの旨みが口いっぱいに広がる。
やっぱりここの唐揚げ美味しい。
「じゃあ特集はなしなの?」
『それはない。絶対に澤田さんを説得してみせる。
諦めませんって言ったもん私』
「え!?そんなこと言ったの?キャラじゃないね」
本当にそう思う。
今までの私だったら、断られたら別の企画をすぐに考えていた。
こんなにひとつの事に執着するのは初めてだったから自分でも驚く。
「美雪強いね。ガンバ!」
『笑ってんじゃないよ本当。絶対面倒な女って思われたって……』
「案外面白ぇ女とか思われてるかもよ?」
愛子はニヤニヤしながらレモンを唐揚げを頬張ると、あっ美味しいと呟く。
面白ぇ女って……5回生まれ変わっても言わなそうな人ですが。
『あんな素敵なケーキを作る人なのに、見てるだけで取材しないなんてもったいないよ。』
「美雪あそこのケーキ食べたの?」
『ううん、まだだけど。』
「 え!1回買って食べてみなよ。
桃のレアチーズタルトめちゃくちゃ絶品だよ。」
しれっと抜け駆けして食べたことあるの暴露してるし……
ていうかいつの間に行ったんだ。
「顔だけじゃなくてその人が作ったものを紹介したいんでしょ? だったらまず、美雪がちゃんと知らないと」
『……そうだよね。』
愛子はそう言いながら大ジョッキの生を注文していたので、私も負けじと大ジョッキのジントニックを注文する。
やっぱり愛子とは食べる量も、呑む量も一緒だからご飯に行っていて楽しい。
『明日買ってみる。』
「私のも買って〜」
『自分で買え。』
笑いながらもう一つ唐揚げを取る。
街の天才パティシエ・澤田聖都という人物を伝える記事。
そのためにはまず、彼が作ったケーキを知るところから始めなきゃね。