君がいる夜
「ただいま〜」
電気の付いているリビングの扉を開けながら、中にいる人物に声を掛ける。
「おかえり〜」
リビングにいた人物は、帰ってきた自分に気がつき返事をした。
「恒ちゃん遅かったね」
「うん、生徒に捕まってた」
「人気者の先生は大変だね〜」
「いや、ただ友達みたいにしか思ってないよ、アイツらは」
そう答えて、鞄をソファの脇に置き、首元のネクタイを緩めながら冷蔵庫の方へ向かう。
冷えた麦茶の入ったポットを手に取り、グラスへ注ぐと一気に半分ほど飲んだ。
冷たい麦茶が乾いた喉を通っていく。
あぁ、生きかえる。
一日中冷房の効いた校舎にいたはずなのに、駅から家まで歩いただけで、シャツがじっとりと背中に張りついていた。
「お、今日は麻婆豆腐?」
ポットを冷蔵庫へ戻す際、ラップがされた皿に麻婆豆腐が。
「恒ちゃん、手洗ったらご飯よそって」
テレビを見ていた恋人・美里がソファから立ち上がりキッチンへ向かう。
了解、と返事をしてキッチンに置いてある手洗い用のハンドソープを手のひらに出す。
その後ろでは、電子レンジの扉が閉まる音が響き、低い機械音がリビング中に響いた。
コップやご飯茶碗など、今までひとつしか無かったものが2つへと増えていき、仕事から帰れば明かりがついている部屋。
「そういえば、美里のご両親って何が好き?手土産どうしようか悩んでて」
「うーん…、なんでも食べるからなんでも良いよ」
ダイニングテーブルで向かい合いながら食事をしていると、ふと1カ月後に恋人の両親へ挨拶に伺う際の手土産について思い出す。
目の前の恋人は、あまり興味ないのかどこか適当に返事を返す。
「もう少し、真剣に考えてくれるとー…」
つけっぱなしにしているTVからはニュースが流れる。
『お伝えしているとおり現在、◯◯地域では、活発な雨雲により断続的に大雨が降り続いています。住んでいる自治体の情報をー…』
「あ、分かった。美里は餡子が好きだから、あそこの和菓子屋さんのどら焼きは?」
「それ、ただ私の好きな食べ物じゃん」
ニュースの内容は自分達の耳に届いておらず、手土産についてあれこれ頭を悩ませる。
