沈黙のシークレット・コード

第1話:秘密の指図と、最初の約束


放課後の教室は、西日がオレンジ色のカーテンを染め上げて、どこか気だるい静けさに包まれていた。



黒板の端には、担任の几帳面な字で明日の時間割が残っている。



「ねえ、翔太郎」



窓際の席に座る高田翔太郎(たかだ しょうたろう)の背中を、伊原夏音(いはら かのん)は服の裾をちょっと引っ張ることで呼び止めた。



「ん? どうしたの、夏音」



振り返った翔太郎に、夏音は素早く小指だけを立てる。 ――2人だけのひみつ。



クラスの誰もが、今の2人は「ただのクラスメート」だと思っている。



去年の1年2組のとき、席が近くてなんとなく話すようになり、いつの間にか惹かれ合って、夏が終わる頃に付き合い始めた。



それから半年。周りにバレないように、ひそやかに恋を育ててきた。



「ねえ、これ」



夏音は自分の胸をトントンと2回たたく。 ――私は貴方の味方! 信じてるよ。



「……なにそれ、急に」



翔太郎が少し照れくそうに頬をかいた。



2人だけのルールは、周りの目を盗んで想いを伝えるための、大切な魔法だ。



誰にも気づかれないように交わす合図が、夏音にとっては世界で一番甘い時間だった。



「だーめ。秘密のルールだもん」



夏音はイタズラっぽく笑うと、目の下をトントンと叩いた。 ――ずっと見てた。



「俺も、見てたけどさ」



翔太郎が小声でボソッと言った瞬間、教室の扉がガラッと開き、野球部の友人が大声で「翔太郎! 買い出し行くぞ!」と入ってきた。



夏音は慌ててほっぺを4回トントンと叩く。 ――バレそう!



その瞬間、翔太郎はあっと表情を引き締め、「お、おう、すぐ行く!」と立ち上がった。



去り際、翔太郎の背中に向かって、夏音はこっそり手のひらを見せる。 ――また明日!



二人の秘密は、まだ誰にも破られていないはずだった。
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