これからの色

第5話

気がつくと、自分から早紀に声をかけづらくなっていた。
心の中に小川のようなものができていた。
ひょいと勢いよく飛ばないといけないような、そんな感じ。
それ以外はいつもどおり。
授業を受けて、放課後図書室に残って、閉館時間になったら校舎を出る。
そして、いっしょに帰れそうな時は、早紀と帰る。
変わったのは、俺の心の中だけ。

「テスト、どうだった?」
早紀がいつものように隣で俺を見上げる。
「まあまあだった」
「私もまあまあ」
「そっか」
「テストばっかで嫌になっちゃう。この土日、また模試だし。まあ、仕方ないんだけど」
「うん」
「かと言って、なかなかお出かけもできないよね。なんか勉強しなきゃいけないのに、っていう後ろめたさがあって」
「そうだね」
「受験終わったら、お出かけしようね」
その言葉に一瞬戸惑った。
いつもだったら、嬉しいのに。
「……うん」
俺、即答できてないじゃん。

いっしょに各駅停車の電車に乗る。
俺は次の駅で乗り換え。
「また明日」
「うん」
電車を降りて振り返る。
扉越しに早紀が笑顔で手を振っている。
つられるように手を振った。
どうしてだろう。
早紀がいつもより遠く感じた。

ベッドに寝転がる。
腕を目頭に当てた。
俺、どうした?
なんだろう、この気持ち。
早紀と話すの、今までもっと楽しかったのに。
チロがベッドに上がってきた。
頭を撫でる。
「困ったな」
チロは俺の顔を舐めた。
「優しいな、チロは」
チロを抱きしめた。

数日、心の中に溜まったたくさんの小石を抱えて過ごしていたけど、いよいよ抱えきれなくなった。
『明日、ちょっと話せる?』
早紀にメッセージを送った。
『うん。どうしたの?』
どう返そう。
しばらく考えて、
『直接話したい』
とだけ返した。

放課後、いつもどおり閉館になった図書室を出て昇降口へ行くと、早紀が待っていた。
「待たせてごめん」
「ううん」
並んで歩く。
校門を出ていつもどおり駅へ向かおうとする早紀に、
「……少し寄り道してもいい?」
と右を指差した。
「うん」
早紀はいつもより口数が少なかった。

川の堤防を歩く。
川風を感じる。
空は茜色。
カラスが鳴いていた。
電車がゆっくりと鉄橋に近づく。
草むらにいた鳥が羽ばたいた。
「びっくりしたのかな」
鳥を目で追う。
「そうだね」
早紀は鳥を目で追った後、俺の横顔を見つめた。
静かな時間が流れる。
電車の音は遠ざかっていた。

「俺さ」
そこまで言って、次の言葉が出てこない。

「うん」
早紀は言葉を待っている。
俺はふぅと息を吐いた。

「最近さ……自分でもよくわかんないんだけど」
「うん」

うつむく。
自分の黒いスニーカーと並んで歩く紺色のスニーカーが目に入った。

「かっこいい、とか、似合う、とか言われると、なんか……苦しくて」
「え?」

早紀が戸惑っているのがわかった。
「私も言っちゃってたよね……」
「違う。早紀が悪いとかじゃなくて」
「どういうこと?」
唇をきゅっと結んだ。

「……うまく言えないんだけど」
「うん」
「俺は、すごく普通なのに……」
「うん」
「こんなこと、自分で言うのなんだけど……」
スニーカーを見つめる。
「かっこいいって言われる」
「うん」
「なんにも、かっこいいことなんかしてるつもりないのに」
「……」
「みんな、俺のことそうやって見る……」
「……ごめん」
「違う。早紀を責めたいんじゃない」
「でも……」
そう言うと早紀は黙った。

「私……歩のこと、ちゃんと見てるよ」
「うん……でも……苦しい」

川風が通り抜ける。

「俺、早紀と図書室で話してた時間、好きだった」
「うん」
「でも最近は……どんな話をしてても、最後には『かっこいい』になってる気がして……」
「……」

夕日が沈みかけている。
空のグラデーションが切ない。
その時、学ランの袖をきゅっと掴まれた。
足を止める。

「じゃあ、私は……なんて言えばよかったの?」
早紀は、困惑した顔で俺を見上げる。
「……わからない」
目を合わせられなかった。
「私……歩が笑ってくれたら嬉しい。かっこいいって思ったら伝えたい」
「うん」
「……それじゃ、ダメかな?」

早紀の視線が、つらい。
「だめじゃない、けど……」
自分でもうまく言葉にできなかった。

川はとうとうと流れている。

早紀は袖を掴んでいた手をそっと離した。

俺はもう、その手を握れなかった。
< 5 / 7 >

この作品をシェア

pagetop