目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第19話 この気持ちは、誰のもの?

陽向と一緒にいると。

楽しい。

落ち着く。

笑える。

そして。

最近。

それだけじゃなくなってきた。

「……」

私は。

一人。

ソファに座りながら。

自分の胸に手を当てていた。

ドクン。

ドクン。

思い出しているだけで。

心臓が。

少し速くなる。

昨日。

陽向が言った。

――俺、美月といると楽なんだよな。

その言葉。

何度思い出しても。

嬉しい。

嬉しくて。

顔が緩みそうになる。

「……ダメ」

私は。

両手で頬を押さえた。

何がダメなのか。

自分でも。

よく分からない。

でも。

このまま。

この気持ちに。

浮かれてはいけない気がした。

だって。

私の中には。

一ノ瀬紗良の記憶がある。

紗良の。

陽向への恋心が。

残っている。

陽向に触れられると。

胸が苦しくなる。

近くにいると。

嬉しい。

誰かと陽向が仲良くしている姿を想像すると。

少し。

嫌だと思う。

でも。

それは。

本当に私?

「……分かんないよ」

小さく呟く。

私は。

陽向のファンだった。

ずっと好きだった。

でも。

それは。

アイドルに向ける好き。

だったはず。

恋人になりたいとか。

結婚したいとか。

本気で。

そんなことを考えていたわけじゃない。

テレビで笑っていてくれたら。

幸せだった。

ライブで楽しそうなら。

嬉しかった。

なのに。

今は。

違う。

もっと。

そばにいたい。

陽向に。

『美月』

と呼ばれたい。

仕事が終わったら。

ここに来てほしい。

私が作ったご飯を。

美味しいと食べてほしい。

疲れた日は。

ここで休んでほしい。

そして。

私のことを。

もっと。

知ってほしい。

「……これって」

私は。

自分の胸を押さえる。

「恋なのかな」

言った瞬間。

ドクン。

心臓が。

大きく鳴った。

「……」

やっぱり。

そうなの?

でも。

「私の……?」

その答えだけが。

分からなかった。

◇◇◇

夕方。

スマートフォンが鳴った。

画面を見る。

陽向。

ただ名前が出ただけで。

胸が跳ねる。

「……ほら」

私は。

スマートフォンを睨んだ。

「こういうの」

以前なら。

推しから連絡が来る。

それだけで。

そりゃ大事件だった。

でも。

今のドキドキは。

そういうものとは。

少し違う。

通話ボタンを押す。

「もしもし」

『美月?』

声。

それだけで。

また。

胸が鳴る。

「うん」

『今日何してる?』

「特に何も」

『暇?』

「まあ」

『じゃあそっち行っていい?』

いつもなら。

『いいよ』

と。

すぐ答える。

でも。

今日は。

少しだけ。

迷った。

「……どうした?」

『え?』

「なんか今、間あった」

本当に。

よく気づく。

「別に」

『またそれ?』

「……」

『何かあった?』

「何もないよ」

『その言い方絶対何かある』

「ないって」

『じゃあ行って聞くわ』

「え!?」

『今から行く』

「ちょっと待って!」

『じゃ後で』

切れた。

「……もう」

私は。

スマートフォンを見る。

強引。

でも。

来てくれることが。

嬉しい。

「……重症」

ソファに。

顔を埋めた。

◇◇◇

一時間もしないうちに。

インターホンが鳴った。

「はーい」

玄関を開ける。

「よ」

陽向。

いつもの。

キャップに。

ラフな服装。

それだけなのに。

今日だけ。

妙に。

かっこよく見える。

「……」

「何?」

「何でもない」

「また?」

「本当に何でもない!」

「今日変じゃない?」

「陽向に言われたくない」

「俺今日めっちゃ普通だけど」

笑いながら。

部屋へ入ってくる。

私は。

その後ろ姿を見る。

やっぱり。

胸が。

ざわざわする。

どうしよう。

意識した瞬間。

全部。

おかしくなる。

◇◇◇

「美月」

「何?」

「今日、マジで変」

陽向が。

ソファから。

じっと私を見ている。

「変じゃない」

私は。

少し離れた場所に座っていた。

いつもなら。

隣に座るのに。

今日は。

一人分以上。

間が空いている。

「何でそんな遠いの?」

「遠くない」

「遠いよ」

陽向が。

自分と私の間を指差す。

「いつもここじゃん」

自分の隣。

「今日はここでいい」

「何で?」

「何でも」

「何でもって何?」

陽向が。

じりっと。

こっちへ寄る。

「ちょっと」

「何?」

「近い」

「いつもこれくらいだけど」

「今日は近いの!」

「意味分かんねぇ」

さらに。

少し近づく。

「陽向!」

「だから何なんだって!」

「近い!」

「何で急に!?」

陽向が。

こちらを覗き込む。

「……熱ある?」

「ない!」

額に。

手が伸びてくる。

「っ!」

触れられた瞬間。

身体が。

びくっとした。

胸が。

ドクンッ!

ものすごい音を立てる。

「……?」

陽向が。

手を止めた。

「美月?」

「……」

近い。

顔が。

近い。

陽向の手が。

まだ。

額にある。

昔なら。

『推しの手が!』

と。

大騒ぎしたかもしれない。

でも今は。

それより。

触れていることそのものが。

恥ずかしい。

陽向だから。

「……離して」

私は。

小さく言った。

陽向が。

すぐに手を離す。

「ごめん」

「……ううん」

「本当にどうした?」

心配そうな顔。

その顔を見て。

また。

胸が苦しくなる。

「……分かんない」

正直に。

答えた。

「何が?」

「自分でも」

私は。

膝の上で。

手を握る。

「最近」

「うん」

「陽向がいると」

言える?

無理。

「いると?」

「……変になる」

「俺、何かした?」

「してない」

「じゃあ何?」

陽向が。

本気で困っている。

私は。

顔を逸らす。

「だから分かんないの」

「……」

少し。

沈黙。

そして。

陽向が。

思いもしないことを聞いた。

「紗良?」

「え?」

「紗良の記憶とか」

胸が。

ぎゅっとなる。

「また何か出てる?」

「あ……」

そうだ。

陽向は。

そっちだと思う。

当然。

「……違う」

私は。

首を振った。

「今日は何も」

「じゃあ?」

答えられない。

陽向への気持ちが。

もしかしたら恋かもしれないなんて。

本人に。

言えるわけがない。

「……ごめん」

「また謝る」

「だって」

「無理に言わなくていいけど」

陽向は。

少しだけ。

私から離れた。

「美月が嫌なら」

「近づかない」

胸が。

ズキン。

嫌。

違う。

嫌だからじゃない。

「……違う!」

思わず。

陽向の腕を掴んだ。

「え?」

二人とも。

固まる。

私が。

陽向を掴んでいる。

「……」

「美月?」

「ご、ごめん」

慌てて離す。

でも。

今度は。

陽向のほうが。

私の手首を。

軽く掴んだ。

「嫌じゃない?」

「……うん」

「じゃあ何?」

陽向の指。

触れているところから。

熱が広がる。

その瞬間だった。

◇◇◇

『陽向』

知らない声。

いや。

もう知っている。

紗良。

視界が変わる。

夜。

陽向の部屋。

二人。

ソファ。

陽向が。

疲れたように眠っている。

紗良が。

その寝顔を見つめている。

そっと。

手を伸ばす。

でも。

触れる直前。

止める。

『……好き』

心の中。

『触りたい』

『抱きしめたい』

『でも』

『そんなことしたら』

『もう幼なじみではいられない』

紗良の胸が。

苦しい。

近くにいる。

誰より近い。

なのに。

一番欲しい距離には。

行けない。

『陽向』

『好き』

『ずっと好き』

◇◇◇

「……っ!」

私は。

陽向の手を振り払った。

「美月!?」

息が。

苦しい。

胸を押さえる。

「また?」

陽向が。

すぐに気づく。

「紗良の記憶?」

私は。

ゆっくり。

頷いた。

「……うん」

「何見た?」

言えない。

「……」

「美月?」

私は。

陽向から。

視線を逸らした。

「陽向が」

「俺?」

「寝てた」

「いつ?」

「分かんない」

私は。

胸を押さえる。

まだ。

紗良の感情が。

残っている。

触れたい。

好き。

苦しい。

「紗良さんが」

声が。

小さくなる。

「陽向に触ろうとして」

「……」

「できなかった」

陽向の表情が。

変わる。

「どうして?」

「……好きだったから」

静かになった。

陽向も。

何も言わない。

「幼なじみじゃ」

私は。

紗良の感情を。

言葉にする。

「いられなくなるのが怖かったんだと思う」

「……」

「ずっと」

「陽向に触れたかった」

口にするたび。

胸が痛む。

そして。

分からなくなる。

今。

私の胸にある。

この苦しさ。

それは。

紗良の感情?

それとも。

私?

「……美月」

陽向が。

小さく呼ぶ。

私は。

顔を上げられない。

「私」

「うん」

「分かんなくなった」

「何が?」

涙が。

出そうになる。

「どこからが」

声が震える。

「私なのか」

陽向が。

黙る。

「陽向が近いと」

「ドキドキして」

「触られたら」

「嬉しくて」

「……」

「陽向が来るって言うと」

「楽しみで」

「帰ると」

「寂しくて」

もう。

止まらなかった。

「でも」

「それが」

涙が。

落ちる。

「私の気持ちなのか」

「紗良さんの気持ちなのか」

「分からない」

陽向は。

何も言わなかった。

「だって」

「紗良さん」

胸を押さえる。

「こんなに陽向のこと好きだった」

「……」

「その気持ちが」

「私の中に残ってる」

「だったら」

「私が今感じてることも」

「全部」

「紗良さんの気持ちかもしれないじゃん」

怖かった。

もし。

そうなら。

私は。

何を信じればいい?

「私は」

涙を拭う。

「陽向のこと」

そこまで言って。

止まる。

好き。

その一言を。

言えなかった。

「……ごめん」

私は。

立ち上がった。

「ちょっと一人になりたい」

「美月」

「今日は」

陽向を見る。

「帰ってもらっていい?」

陽向の目が。

少しだけ。

揺れた。

でも。

「……分かった」

それ以上。

何も言わなかった。

◇◇◇

玄関。

陽向が。

靴を履く。

「美月」

「何?」

私は。

少し離れて立っている。

「一個だけ」

「……うん」

陽向が。

私を見る。

「紗良の気持ちが残ってるのは」

「俺にも分かる」

「……うん」

「でも」

少し。

言葉を選ぶ。

「美月が笑うときと」

「紗良が笑ってたとき」

「全然違う」

私は。

目を瞬いた。

「怒り方も」

「泣き方も」

「飯食って喜ぶ顔も」

「歌ってるときも」

「……」

「全部」

陽向が。

少しだけ笑う。

「俺には美月に見えるよ」

胸の奥が。

大きく揺れた。

「だから」

「?」

「全部が全部」

「紗良の気持ちってことは」

少しだけ。

困ったように。

笑った。

「ないんじゃない?」

「……陽向」

「まあ」

ドアに手をかける。

「俺には分かんないけど」

「……」

「でも」

最後に。

もう一度。

私を見る。

「美月が何感じても」

「無理に今答え出さなくていいんじゃない?」

そして。

「またな」

静かに。

ドアが閉まった。

◇◇◇

一人になった部屋。

私は。

玄関の前に。

しばらく立っていた。

――俺には美月に見えるよ。

その言葉。

嬉しかった。

すごく。

「……これも?」

私は。

胸に手を当てた。

陽向に。

美月として見てもらえて。

こんなに嬉しい。

この気持ちも。

紗良なの?

分からない。

でも。

一つだけ。

考えてみる。

紗良の記憶が。

出てくる前。

高瀬美月だった頃。

私は。

陽向のことが好きだった。

ファンとして。

ずっと。

応援していた。

そして。

今。

知った。

テレビでは見えなかった陽向。

疲れた陽向。

不器用な陽向。

優しい陽向。

子どもみたいに笑う陽向。

その人を。

もっと知りたいと思ったのは。

誰?

「……私?」

小さく。

呟く。

答えは。

まだ出なかった。

ただ。

私は。

初めて。

自分自身に問いかけた。

もし。

一ノ瀬紗良の記憶が。

一つもなかったとしても。

私は。

今の陽向を。

好きになっていただろうか。

その答えを。

知るためには。

きっと。

もう少し。

自分の気持ちと。

向き合わなければならなかった。
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