目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第21話 この恋だけは、私の気持ちで

『今日仕事終わったら行っていい?』

陽向から届いたメッセージを見ながら。

私は。

しばらく返信できずにいた。

会いたい。

そう思う。

昨日は。

あんなに悩んでいたのに。

陽向から連絡が来ただけで。

顔が見たいと思ってしまう。

「……これは」

私は。

自分の胸に手を当てた。

「私の気持ち……だよね?」

もちろん。

誰も答えてくれない。

でも。

今までとは。

少しだけ違った。

紗良の記憶が流れ込んできたときの感情は。

もっと。

切ない。

胸を締めつけられるような。

長い年月を積み重ねた。

深い想い。

それに比べて。

今の私の気持ちは。

もっと。

新しい。

陽向から連絡が来た。

嬉しい。

今日会える。

楽しみ。

何を作ろう。

何を話そう。

そんな。

小さくて。

温かい気持ち。

これは。

紗良が抱えていた恋とは。

少し違う。

「……うん」

私は。

ようやく返信した。

『いいよ』

すぐに既読がつく。

『やった!』

そして。

『今日何食べる?』

「……やっぱりご飯なんだ」

思わず笑ってしまった。

『まだ決めてない』

『じゃあ俺肉食いたい』

『この前も肉だったじゃん』

『肉は毎日いける』

『子どもみたい』

『34歳です』

「知ってるよ」

一人。

スマートフォンに向かって笑う。

こういう。

くだらないやり取り。

紗良の記憶には。

ない。

少なくとも。

これは。

今の私と陽向の時間。

そう思えた。

◇◇◇

その日の夕方。

私は。

スーパーに来ていた。

帽子とマスク。

すっかり。

一ノ瀬紗良として外へ出る格好にも慣れてきた。

今夜は。

陽向の希望通り。

肉料理。

「唐揚げにしようかな」

鶏肉を手に取る。

陽向。

絶対喜びそう。

そう思った瞬間。

自然に。

口元が緩んだ。

「……」

私は。

自分で。

少し驚いた。

誰かのために。

料理を考える。

それは。

前の人生でも。

毎日のようにしていた。

子どもたちが喜ぶもの。

夫が好きなもの。

家族が食べられるもの。

でも。

あの頃とは。

少し違う。

今日は。

『作らなきゃ』

じゃない。

陽向が喜ぶ顔を。

見たい。

だから。

作りたい。

「……何か」

小さく笑う。

「全然違うな」

義務ではなく。

自分がしたいからする。

たったそれだけで。

こんなに気持ちが違う。

私は。

鶏肉をカゴに入れた。

そのとき。

近くにいた若い女の子たちの会話が聞こえてきた。

「ねえ、今日ASTERの配信あるよね?」

「ある! 陽向くん出るやつ!」

思わず。

足が止まる。

「陽向くんマジで好き」

「分かる! 彼氏だったら絶対楽しいよね」

「絶対毎日笑わせてくれそう!」

少し前の私なら。

心の中で。

『分かる!』

と。

全力で同意していたと思う。

でも。

今は。

胸の奥に。

小さな違和感。

何だろう。

「……」

その女の子が続ける。

「陽向くんと付き合える人いいなー」

ドクン。

胸が。

少しだけ。

嫌な鳴り方をした。

私は。

その場から。

そっと離れた。

「……今の何?」

別に。

普通のファンの会話。

陽向は。

人気アイドル。

好きだという女性なんて。

何万人。

何十万人といる。

私だって。

その一人だった。

なのに。

――陽向くんと付き合える人いいな。

その言葉が。

妙に。

引っかかった。

「……嫉妬?」

小さく呟く。

まさか。

でも。

考えてみる。

もし。

陽向に。

好きな女性ができたら?

その人の家に。

仕事終わりに行くようになって。

一緒にご飯を食べて。

疲れたら。

その人の前で寝て。

その人に。

『一緒にいると楽』

と言う。

「……嫌だ」

口から。

出ていた。

自分で。

固まる。

「……嫌なの?」

胸に問いかける。

嫌。

だった。

陽向が。

私ではない誰かと。

今みたいな時間を過ごすのを。

想像しただけで。

胸が苦しい。

その瞬間。

頭の奥に。

また。

紗良の日記の言葉が浮かんだ。

――誰かのものにならないで。

「……違う」

私は。

首を振る。

これは。

紗良の気持ち?

また。

分からなくなる。

でも。

今日は。

逃げずに考えることにした。

今。

紗良の記憶が。

何も出てこなかったとしても。

私は。

女の子たちの会話を聞いて。

嫌だった。

だったら。

この感情は。

少なくとも。

私の中にもある。

「……そっか」

私は。

ゆっくり息を吐いた。

少しずつ。

分かってきている。

◇◇◇

夜。

ピンポーン。

インターホンが鳴る。

「来た」

自分でも。

分かる。

声が少し弾んでいる。

玄関を開ける。

「ただいまー!」

「また普通にただいまって言う」

「もういいじゃん」

陽向が。

大きな紙袋を持っている。

「何それ?」

「差し入れ」

「また?」

「今日はちゃんと意味ある」

部屋に入り。

陽向が。

紙袋をテーブルへ置く。

「はい」

出てきたのは。

箱。

「……何?」

「開けて」

「私に?」

「うん」

少し。

ドキドキしながら。

箱を開ける。

「……あ!」

中には。

綺麗なチーズケーキ。

「これ……」

「好きなんでしょ?」

陽向が。

得意そうに笑う。

「チーズケーキ」

胸が。

大きく鳴った。

「美月メモ?」

「正解」

「本当に使ってるんだ……」

「言ったじゃん」

「でも」

ケーキを見る。

「わざわざ?」

「今日仕事先の近くに有名な店あったから」

「……」

「美月好きだったなって思って」

それだけ。

それだけなのに。

泣きそうになった。

「……ありがとう」

「お」

陽向が笑う。

「ごめんじゃなくて、ありがとう言えた」

「そこ褒める?」

「成長」

「子ども扱い」

でも。

嬉しい。

本当に。

嬉しい。

私の好きなものを。

覚えていてくれた。

そして。

自分がいない場所で。

私のことを。

思い出してくれた。

その事実が。

ケーキそのものより。

嬉しかった。

「陽向」

「ん?」

「私も」

「?」

「今日、陽向のこと考えたよ」

言ってから。

恥ずかしくなる。

「え?」

陽向が。

目を丸くする。

「何それ」

「唐揚げ」

「唐揚げ?」

「陽向、肉食べたいって言ってたから」

キッチンを指す。

「作った」

陽向の顔が。

一気に明るくなる。

「マジ!?」

「うん」

「やった!!」

その反応。

本当に。

分かりやすい。

私は。

思わず笑う。

この顔が。

見たかった。

そう。

思った。

◇◇◇

「うまっ!」

陽向が。

唐揚げを口に入れた瞬間。

大きな声を出す。

「美月、これマジでうまい!」

「よかった」

「外カリカリ!」

「二度揚げしたから」

「最高!」

「そんな喜ぶ?」

「だってうまい!」

私は。

陽向を見ながら。

笑う。

幸せ。

その言葉が。

自然に。

頭に浮かんだ。

怖くなって。

すぐに消そうとした。

でも。

今日は。

消さなかった。

今。

私は。

幸せ。

それでいい。

「……美月?」

「何?」

「また見てる」

「え?」

「俺のこと」

「……見てない」

「見てた」

「唐揚げ食べてるなって」

「それ見てんじゃん」

陽向が笑う。

「何?」

「……嬉しいだけ」

私は。

今度は。

ちゃんと言った。

「何が?」

「美味しそうに食べてもらえるの」

陽向が。

少しだけ。

目を細める。

「じゃあもっと食う」

「それは意味違う」

「おかわり!」

「早いよ!」

また。

二人で笑う。

◇◇◇

食事を終え。

買ってきてくれたチーズケーキを。

二人で食べる。

「おいしい……!」

思わず。

声が出た。

「そんなに?」

「うん!」

「買ってきてよかった」

陽向が。

本当に嬉しそうに言う。

その顔を見て。

私は。

思う。

私が喜ぶと。

陽向も喜ぶ。

陽向が喜ぶと。

私も嬉しい。

それは。

紗良の恋心を知らなくても。

今。

ここで。

二人の間に生まれた感情。

「……ねえ、陽向」

「ん?」

今日は。

一つ。

聞きたいことがあった。

スーパーで。

女の子たちの話を聞いてから。

ずっと。

気になっていること。

「好きな人」

陽向の手が。

止まった。

「……え?」

「いるの?」

しん。

部屋が。

静かになった。

「急に何?」

「なんとなく」

「なんとなくで聞く?」

「嫌ならいいけど」

「……」

陽向が。

フォークを置いた。

そして。

私を見る。

「何で気になるの?」

心臓が。

ドクン。

そこ。

聞く?

「……ファンとして」

また。

逃げた。

陽向の眉が。

少し上がる。

「便利だな、それ」

「何が?」

「何でもファンで逃げられる」

「逃げてない」

「じゃあ」

陽向が。

少し身を乗り出す。

「俺に好きな人いたらどう思う?」

「……」

今度は。

私が。

答えに詰まる。

本当のこと。

言える?

嫌。

そんなの。

言えるわけがない。

「幸せなら……」

言いかける。

それは。

昔の私。

ファンだった頃の。

模範解答。

陽向が幸せなら。

それでいい。

そう思っていた。

でも。

今。

口にしようとしたら。

胸が苦しくなった。

「……美月?」

「分かんない」

正直に答えた。

「え?」

「前なら」

私は。

フォークを見つめる。

「陽向が幸せならいいって」

「本当に思ってた」

「……」

「好きな人ができても」

「結婚しても」

「幸せならそれでいいって」

陽向は。

何も言わない。

「でも今」

「うん」

「なんか」

言葉を探す。

「素直にそう思えるか」

「……」

「分かんない」

言ってしまった。

顔が。

熱い。

陽向が。

じっと私を見ている。

「……何その顔」

「いや」

「何?」

「それって」

陽向が。

何か言おうとする。

「やっぱいい」

「何!」

「いや」

少し笑う。

でも。

耳が。

赤い。

「陽向?」

「美月は?」

「え?」

突然。

返された。

「好きな人」

心臓が。

止まりそうになる。

「……いない」

反射的に答える。

陽向の顔が。

一瞬。

何か。

微妙な表情をした。

「……そっか」

「何?」

「別に」

「何その反応」

「何でもない」

また。

陽向が逃げる。

でも。

私は。

気づかなかった。

その『いない』に。

陽向が。

ほんの少し。

がっかりしていたことに。

◇◇◇

食後。

テレビを見る。

でも。

私は。

さっきの会話が。

頭から離れなかった。

好きな人。

私は。

いないと言った。

嘘?

いや。

まだ。

分からない。

好き。

そう認めるには。

私は。

怖い。

だって。

私が陽向を好きだと思っても。

その中に。

紗良の気持ちが。

どれくらい混ざっているか。

分からない。

それに。

陽向にとって。

私は。

紗良の身体にいる人。

もし。

私が。

好き。

なんて言ったら。

陽向は。

どう思う?

紗良の想いを利用している。

そう思われたら。

嫌だ。

絶対に。

それだけは。

嫌だった。

「……陽向」

「ん?」

テレビを見たまま。

返事をする。

「もし」

「うん」

「私が」

声が。

少し震える。

「紗良さんの記憶を使って」

「?」

「陽向に近づいたら」

陽向が。

こちらを見る。

「嫌?」

「どういう意味?」

「例えば」

胸の前で。

指を握る。

「紗良さんしか知らないこととか」

「紗良さんが陽向を好きだった気持ちとか」

「そういうのを使って」

「……」

「陽向に好きになってもらおうとしたら」

陽向の顔から。

笑顔が消えた。

「美月」

「うん」

「それするつもりなの?」

「しない!」

すぐに。

答えた。

「絶対しない」

「……」

「だから」

私は。

真っ直ぐ。

陽向を見る。

「ちゃんと決めておきたいの」

「何を?」

「紗良さんの気持ちは」

胸に手を当てる。

「紗良さんのもの」

「……」

「私のものじゃない」

陽向が。

静かに聞いている。

「だから」

「もし私が」

一瞬。

言葉が。

詰まる。

「……誰かを好きになるなら」

『誰か』

陽向のことだと。

きっと。

二人とも分かっている。

でも。

まだ。

名前にはできない。

「高瀬美月として」

私は。

続ける。

「ちゃんと好きになりたい」

「……」

「紗良さんの恋を」

「自分の恋みたいにして」

「誰かを手に入れるのは嫌」

陽向は。

しばらく。

何も言わなかった。

それから。

「……美月って」

「何?」

少し。

困ったように笑う。

「変なとこ真面目だよな」

「変って何」

「いや」

陽向が。

ソファに身体を預ける。

「でも」

私を見る。

「俺は」

「うん」

「美月が美月じゃなくなるとは」

「思ってないよ」

胸が。

跳ねる。

「紗良の記憶があっても」

「……」

「紗良の気持ちが残ってても」

「美月は美月」

また。

その言葉。

「だって」

陽向が笑う。

「紗良、唐揚げ二度揚げとか絶対しないし」

「そこ?」

「美月はする」

「料理で判断するの?」

「あと歌うとめっちゃ楽しそう」

「……」

「褒めたらすぐ顔赤くする」

「それ言わなくていい」

「すぐ謝る」

「最近減った」

「『でも』多い」

「それも減ってる!」

陽向が。

笑う。

私も。

少し笑ってしまう。

「だから」

陽向が。

ほんの少しだけ。

声を落とした。

「俺が見てるのは」

「……」

「ちゃんと美月だよ」

胸が。

痛いくらい。

鳴った。

「……ありがとう」

「うん」

「それ言ってもらえるの」

私は。

ゆっくり息を吐く。

「すごく嬉しい」

「……そっか」

陽向が。

少しだけ。

視線を逸らした。

その横顔が。

なぜか。

照れているように見えた。

◇◇◇

陽向が帰る時間。

玄関まで。

見送る。

「じゃあ」

「うん」

「チーズケーキありがと」

「また美月メモ増やしとく」

「何を?」

「唐揚げ好き」

「それ陽向でしょ?」

「あ、そうだった」

「自分メモ作りなよ」

「じゃ美月が作って」

「何で!」

二人で笑う。

陽向が。

靴を履く。

そして。

ドアを開ける前に。

「美月」

「何?」

「さっき」

少し。

真面目な顔。

「誰かを好きになるなら」

「……うん」

「美月として好きになりたいって言ったじゃん」

心臓が。

一瞬で。

速くなる。

「……言った」

陽向が。

私を見る。

「それ」

「?」

「ちゃんと分かったら」

少し間を置く。

「俺にも教えて」

「……え?」

何を?

誰を好きになったか?

「何で?」

また。

聞いてしまう。

陽向自身も。

一瞬。

答えに困ったようだった。

「……気になるから」

「誰を好きになるか?」

「うん」

「何で?」

「だから!」

陽向が。

少しだけ。

焦ったように笑う。

「俺、美月のこと知りたいって言ったじゃん」

「……それだけ?」

私の口から。

勝手に。

そんな言葉が出た。

陽向が。

固まる。

私も。

固まる。

「……」

「……」

「じゃあな!」

急に。

陽向が。

ドアを開けた。

「ちょっと陽向!」

「仕事早いから!」

「明日休みって言ってたじゃん!」

「あっ」

「嘘下手!」

「じゃ!」

そのまま。

逃げるように。

出ていった。

「……何なの」

閉じたドアを見ながら。

私は。

胸を押さえる。

ドクン。

ドクン。

速い。

今日。

何度。

この音を聞いただろう。

そして。

今の鼓動は。

紗良の記憶とは。

何の関係もない。

「……私だ」

小さく。

呟く。

陽向が。

誰を好きになるのか気になった。

陽向が。

私の好きな人を気にしてくれたのが。

嬉しかった。

陽向に。

ちゃんと美月を見ていると言われて。

胸がいっぱいになった。

これは。

全部。

今日。

高瀬美月として。

陽向と過ごした中で。

生まれた感情。

「……紗良さん」

私は。

自分の胸に手を置いた。

「少しずつ」

「分かってきたかもしれない」

あなたが。

陽向を愛していた気持ちは。

あなたのもの。

そして。

私がこれから。

誰かを好きになるなら。

それは。

私のもの。

この恋だけは。

誰かからもらったものじゃなく。

自分自身の心で。

見つけたい。

そう思った。

◇◇◇

その頃。

マンションを出た陽向は。

車に乗ったものの。

すぐにはエンジンをかけられずにいた。

「……」

ハンドルに。

額をつける。

『それだけ?』

美月の声が。

頭から離れない。

何で。

あんなこと聞かれて。

答えられなかった?

美月が。

誰を好きになるか。

知りたい。

理由。

本当に。

ただ。

美月のことを知りたいから?

もし。

美月が。

『好きな人できた』

と言って。

その相手が。

自分じゃない男だったら?

想像する。

美月が。

知らない男の話をしながら。

今日みたいに笑う。

その男のために。

唐揚げを作る。

好きなものを覚える。

その男に。

『一緒にいると楽』

と言われる。

「……」

胸の奥が。

ざわついた。

ものすごく。

面白くない。

「……は?」

自分自身に。

声が出る。

「何で?」

そして。

もう一度。

想像する。

美月が。

誰かに。

『好き』

と言う。

「……嫌だな」

ぽつり。

言ってから。

固まった。

「…………え?」

自分の口から。

出た言葉。

嫌。

美月が。

他の誰かを好きになるのが。

嫌。

「いやいやいや」

陽向は。

一人で。

首を振る。

「待て待て」

相手は。

美月。

紗良の身体にいる女性。

まだ。

出会って。

それほど経っていない。

なのに。

「……俺」

胸に。

手を当てる。

「美月のこと……」

その続きを。

言おうとして。

陽向は。

止めた。

まだ。

認められなかった。

でも。

確実に。

何かが。

変わり始めていた。
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