目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第25話 高瀬美月として、あなたが好き
次に会ったら。
ちゃんと。
伝えよう。
そう決めた。
――はずだった。
「……無理」
私は。
朝から。
ソファに突っ伏していた。
陽向から届いたメッセージ。
『今日夜行く』
たったそれだけ。
いつもなら。
「今日何作ろうかな」
くらいなのに。
今日は違う。
今日。
言う。
陽向が好きだって。
高瀬美月として。
好きになったって。
「……言える?」
自分に聞く。
答えは。
「無理かもしれない……」
情けない。
昨日。
鏡の前では。
あんなにはっきり言えたのに。
本人を前にしたら。
絶対。
無理。
いや。
でも。
言うって決めた。
「よし」
私は。
身体を起こす。
「言う」
数秒後。
「……やっぱり怖い」
また。
ソファに沈んだ。
◇◇◇
夕方。
私は。
いつもより。
少しだけ丁寧に。
夕食を作っていた。
煮込みハンバーグ。
サラダ。
スープ。
陽向の好きなもの。
「……」
鍋を混ぜながら。
ふと思う。
これ。
完全に。
好きな人のために作ってる。
顔が。
熱くなる。
「何歳だと思ってるの、私……」
三十四歳。
結婚していた。
子どもも五人いる。
恋愛なんて。
もう。
自分には関係ないと思っていた。
それなのに。
今。
好きな人が来るから。
ハンバーグを作りながら。
緊張している。
不思議。
でも。
少しだけ。
嬉しかった。
こんな気持ち。
まだ。
私の中に残っていたんだ。
恋をする。
そんな自分が。
まだいたんだ。
◇◇◇
ピンポーン。
「……っ!」
来た。
一気に。
心臓が。
速くなる。
私は。
一度深呼吸して。
玄関へ向かった。
ドアを開ける。
「よ」
陽向。
いつもの。
帽子。
パーカー。
笑顔。
でも。
今日は。
顔を見た瞬間。
胸の奥が。
はっきり言った。
――好き。
私は。
ほんの一瞬。
固まった。
「……美月?」
「え?」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫」
「顔赤くない?」
「暑い」
「今日寒いけど」
「料理してたから!」
「ふーん?」
怪しまれてる。
まずい。
「と、とにかく入って」
「はいはい」
陽向が。
靴を脱ぐ。
その横顔を見て。
また。
胸が鳴った。
今日。
言えるのかな。
◇◇◇
「うまっ!」
陽向が。
煮込みハンバーグを食べて。
いつものように。
大きな声を出す。
「これヤバい!」
「大げさ」
「いやマジで」
「店出せる」
「前も聞いた」
「じゃあ俺専属」
「それ店じゃないじゃん」
「じゃあ俺ん家住む?」
「っ!?」
フォークが。
止まった。
陽向も。
「あ」
という顔。
「いや!」
慌てる。
「飯の話!」
「分かってる!」
「今の深い意味ない!」
「分かってるって!」
二人とも。
顔が赤い。
何。
この空気。
昨日までなら。
もっと普通に流せた。
でも。
お互い。
もう。
分かり始めているから。
一言一言が。
変に。
意味を持つ。
「……食べよ」
「うん」
急に。
静かになる。
でも。
数秒後。
陽向が。
耐えきれないように笑った。
「何?」
「いや」
「美月も意識してんだなと思って」
「……」
図星。
「陽向だって」
「俺は」
少し間。
「してるよ」
「……」
さらっと。
言わないで。
心臓が。
もたない。
◇◇◇
食事を終える。
洗い物も。
終わる。
でも。
私は。
まだ。
言えない。
ソファに座る。
陽向も。
隣。
テレビ。
ついている。
でも。
内容なんて。
全く入ってこない。
今。
言う?
いや。
CMになってから?
何でタイミングを。
テレビ基準で考えてるの。
「……美月」
「何!?」
声が。
裏返った。
陽向が。
びっくりする。
「いや」
「今日ずっと変だけど」
「何か言いたいことある?」
「……」
分かりやすすぎた。
逃げる?
いや。
もう。
決めた。
「ある」
私が言うと。
陽向の表情が。
一瞬で。
真面目になった。
「……そっか」
テレビを。
消した。
部屋が。
静かになる。
余計に。
緊張する。
「言って」
「……」
私は。
膝の上で。
手を握った。
「この前」
「うん」
「私」
ゆっくり。
言葉を選ぶ。
「自分の気持ちが」
「紗良さんのものなのか」
「私のものなのか」
「分からないって言ったよね」
「うん」
陽向は。
何も急かさない。
「だから」
「ずっと考えた」
「うん」
「陽向が来ると嬉しいのは」
「紗良さんの気持ちなのか」
「陽向が帰ると寂しいのも」
「……うん」
「触られたらドキドキするのも」
陽向の耳が。
少し。
赤くなる。
私も。
絶対。
同じ。
「誰かと仲良くしてたら嫌だなって思うのも」
「……」
「全部」
胸に手を置く。
「紗良さんの恋が」
「残ってるからなのかなって」
陽向が。
静かに聞いている。
「でも」
私は。
顔を上げた。
「違った」
陽向の目が。
少し大きくなる。
「少なくとも」
「今、私が感じてる気持ちは」
「紗良さんの記憶が出てこなくても」
「ちゃんと」
「ここにある」
胸を押さえる。
「陽向が」
「美月って呼んでくれたとき」
「嬉しかった」
「泣いてたら」
「何でもない顔じゃないって」
「見つけてくれたときも」
「……」
「壊したマグカップより」
「私が怪我してないか心配してくれたときも」
陽向の表情が。
少しだけ。
柔らかくなる。
「私の好きなもの」
「一緒に探してくれたときも」
「歌を褒めてくれたときも」
「疲れたって」
「私の前で言ってくれたときも」
全部。
思い出せる。
全部。
高瀬美月として。
出会ってからの。
陽向との記憶。
「私ね」
涙が。
少し。
滲んだ。
「陽向のこと」
言える。
今なら。
言いたい。
「アイドルだから好きだったんじゃない」
「……」
「最初は」
少し笑う。
「最推しだったけど」
陽向も。
少し笑った。
「でも今は」
私は。
まっすぐ。
陽向を見る。
「ただの陽向が」
「好き」
静かな部屋。
自分の声だけが。
はっきり聞こえた。
「高瀬美月として」
一度。
息を吸う。
「天城陽向が好き」
言えた。
とうとう。
言えた。
◇◇◇
陽向は。
何も言わない。
「……」
え。
長い。
怖い。
「陽向?」
「……」
「何か」
「待って」
陽向が。
両手で顔を覆った。
「……無理」
「え!?」
無理!?
「無理って何!?」
「違う!」
陽向が。
顔を上げる。
真っ赤。
「嬉しすぎて無理!」
「……」
今度は。
私が。
固まる。
「心臓ヤバい」
陽向が。
胸を押さえる。
「マジで」
「……」
「美月」
呼ばれる。
いつもより。
少し低い声。
「俺も」
心臓が。
跳ねる。
「美月が好き」
分かっていた。
たぶん。
そうだろうって。
それでも。
本人の口から。
聞くのは。
全然違った。
「紗良じゃない」
陽向が続ける。
「美月」
涙が。
落ちた。
「俺が好きになったのは」
「高瀬美月」
「……うん」
「飯作って」
「笑って」
「すぐ謝って」
「でも最近ちょっと減って」
泣きながら。
笑ってしまう。
「歌うと」
「めちゃくちゃ楽しそうで」
「俺が疲れてるの」
「気づいてくれて」
「……」
「一緒にいると」
陽向が。
少しだけ。
息を吐く。
「俺が俺でいられる」
その言葉。
一番。
嬉しい。
「だから」
陽向が。
少し近づく。
「好き」
「……うん」
「めちゃくちゃ好き」
涙が。
また。
溢れる。
「そんな」
「何?」
「二回も言わなくていい」
「何で?」
「恥ずかしい」
「俺はもっと言える」
「やめて」
「美月好き」
「もう!」
私は。
泣きながら笑った。
陽向も。
笑う。
そして。
ふと。
陽向が。
手を伸ばす。
頬に。
触れる。
私は。
動けなかった。
いや。
動かなかった。
「……美月」
「うん」
「触っていい?」
前は。
勝手に。
額に触れてきたのに。
今日は。
聞く。
私は。
小さく。
頷いた。
「うん」
陽向の手が。
頬を包む。
温かい。
胸が。
速く鳴る。
でも。
怖くない。
今度は。
逃げたくない。
「……顔」
陽向が。
少し困ったように笑う。
「紗良なんだよな」
「……うん」
その言葉で。
ほんの少し。
現実に戻る。
私は。
目を伏せた。
「だから」
「?」
陽向が。
続ける。
「俺も最初」
「混乱した」
「……」
「美月を見てるのか」
「紗良を見てるのか」
「分かんなくなるときもあった」
胸が。
少し痛む。
でも。
聞かなきゃ。
「でも今」
陽向の親指が。
涙を拭う。
「こうやって触ってる相手」
「ちゃんと美月だって分かる」
「……」
「俺の中では」
「もう」
「全然違う」
涙が。
また。
出た。
「そっか」
「うん」
「よかった」
本当に。
それだけ。
◇◇◇
陽向が。
ゆっくり。
顔を近づける。
その瞬間。
私は。
息を止めた。
キス。
する?
このまま。
陽向の唇が。
近づく。
心臓が。
壊れそう。
でも。
あと。
ほんの少しのところで。
私は。
陽向の胸に。
手を置いた。
「……待って」
陽向が。
すぐに止まる。
「……ごめん」
「違う」
私は。
首を振る。
嫌じゃない。
むしろ。
したい。
そう思っている。
でも。
「まだ」
自分の顔に触れる。
「これ」
「……」
「紗良さんの身体だから」
陽向は。
何も言わず。
私を見る。
「好きって言うのは」
「私の気持ちだから」
「ちゃんと言えた」
「うん」
「でも」
声が。
少し震える。
「キスとか」
「それ以上のことは」
「……」
「紗良さんの身体を」
「私が勝手に使っていいのかなって」
陽向の表情が。
少しだけ。
曇る。
「美月」
「ごめん」
「謝んなくていい」
すぐに。
言われた。
「分かった」
陽向は。
少し離れた。
寂しい。
ほんの少し。
でも。
安心もした。
「待つよ」
「……」
「美月が」
「ちゃんと大丈夫って思えるまで」
「うん」
「だから」
陽向が。
少しだけ笑う。
「今はこれ」
手。
差し出される。
「え?」
「手」
「……」
私は。
その手を見る。
そして。
自分の手を。
重ねた。
陽向が。
ゆっくり。
指を絡める。
恋人繋ぎ。
「……っ」
これだけで。
充分。
心臓。
大変なことになっている。
「美月」
「何?」
「これもダメ?」
「……」
私は。
繋がれた手を見る。
「これは」
少し笑う。
「いい」
陽向の顔が。
一気に明るくなる。
「よっしゃ」
「そんな喜ぶ?」
「喜ぶ」
「子どもみたい」
「好きな子と手繋げたんだけど?」
「っ……!」
その言い方。
ずるい。
「もう黙って」
「えー」
でも。
手は。
離れなかった。
◇◇◇
しばらく。
二人で。
何も言わず。
手を繋いでいた。
静か。
でも。
昨日までとは。
違う。
好き。
ちゃんと。
伝わっている。
陽向も。
私が好き。
それが。
まだ。
信じられない。
「ねえ」
私が。
小さく聞く。
「何?」
「これって」
「うん」
「付き合う……ってこと?」
陽向が。
私を見る。
「美月は?」
「え?」
「俺と付き合いたい?」
また。
私に聞く。
どうしたい?
いつも。
陽向は。
そこを。
私に返す。
「……付き合いたい」
言った。
自分の気持ちで。
「陽向と」
陽向が。
笑った。
すごく。
嬉しそうに。
「じゃあ」
繋いだ手を。
少し強く握る。
「今日から彼女」
「……」
彼女。
その言葉に。
変な感じ。
私が。
天城陽向の。
彼女?
「いや待って」
「何?」
「本当に?」
「何が?」
「私が?」
「美月が」
「陽向の?」
「俺の」
「……」
「理解追いついてる?」
「全然」
陽向が。
声を上げて笑う。
「あはははっ!」
「笑わないで!」
「だって!」
「十年以上推してた人の彼女って!」
「やっぱそこ戻るんだ」
「戻るよ!」
「じゃあ」
陽向が。
少しだけ。
悪い顔で笑う。
「最推しと付き合えた感想は?」
「……」
私は。
数秒考えて。
「夢なら起こさないでほしい」
「俺が起こさない」
「何それ」
「ずっと夢にしとけば?」
陽向が。
笑う。
胸が。
また。
温かくなる。
でも。
私は。
繋いだ手を見ながら。
少しだけ。
真面目な声で言った。
「陽向」
「ん?」
「一つだけ」
「うん」
「私」
「子どもたちのこと」
「忘れられない」
「……うん」
「これからも」
「会いたいって思うし」
「母親でいたいって」
「思うと思う」
「うん」
「それでも」
「いい?」
陽向は。
考えることもなく。
答えた。
「忘れなくていい」
胸が。
ぎゅっとなる。
「美月が子ども大事なの」
「俺知ってるし」
「……」
「それごと美月でしょ」
「うん」
「俺と付き合うからって」
「前の人生なかったことにしなくていい」
涙が。
また。
出そうになる。
「……ありがとう」
「うん」
「あと」
陽向が。
少し笑う。
「星ちゃんたちのこと」
「俺も」
「少しずつ知りたい」
私は。
顔を上げた。
「……いいの?」
「美月の大事なもんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ知りたい」
また。
その言葉。
知りたい。
私のことを。
私の好きなものを。
私の大切なものを。
全部。
「……陽向」
「ん?」
「好き」
今度は。
自然に。
言えた。
陽向が。
一瞬。
固まる。
「……もう一回」
「嫌」
「何で!?」
「恥ずかしい」
「俺言ったじゃん!」
「それは陽向が勝手に」
「美月!」
「ふふっ」
私は。
笑った。
陽向も。
少し不満そうにしながら。
笑った。
そして。
繋いだ手は。
最後まで。
離れなかった。
◇◇◇
その夜。
陽向が帰ったあと。
私は。
玄関のドアに。
背中を預けた。
「……彼女」
小さく。
呟く。
顔が。
にやける。
止められない。
でも。
同時に。
鏡を見る。
一ノ瀬紗良の顔。
「……紗良さん」
少しだけ。
胸が痛む。
あなたが。
ずっと。
好きだった人。
私は。
その人と。
恋人になった。
罪悪感が。
ないわけじゃない。
でも。
今日。
陽向は。
ちゃんと。
言ってくれた。
好きなのは。
高瀬美月だと。
そして。
私も。
自分の心で。
選んだ。
だから。
この恋を。
なかったことにはしたくない。
「……ごめんね」
でも。
すぐに。
首を振る。
違う。
謝るだけじゃ。
きっと。
また同じ。
「紗良さん」
私は。
鏡を見ながら。
言った。
「あなたの恋を」
「奪うつもりはない」
「でも」
胸に手を当てる。
「私も」
「幸せになりたい」
日記にあった。
紗良の言葉。
――誰かの幸せばかりじゃなくて。
――自分も幸せになりたい。
「私も」
「そう思っていいよね」
その瞬間。
頭の奥が。
ほんの少し。
温かくなった気がした。
痛みではない。
記憶でもない。
ただ。
何かに。
包まれたような。
優しい感覚。
そして。
一瞬だけ。
聞こえた気がした。
――うん。
「……?」
私は。
振り返る。
誰もいない。
気のせい。
たぶん。
そう。
思った。
でも。
なぜか。
胸が。
少しだけ。
軽くなっていた。
ちゃんと。
伝えよう。
そう決めた。
――はずだった。
「……無理」
私は。
朝から。
ソファに突っ伏していた。
陽向から届いたメッセージ。
『今日夜行く』
たったそれだけ。
いつもなら。
「今日何作ろうかな」
くらいなのに。
今日は違う。
今日。
言う。
陽向が好きだって。
高瀬美月として。
好きになったって。
「……言える?」
自分に聞く。
答えは。
「無理かもしれない……」
情けない。
昨日。
鏡の前では。
あんなにはっきり言えたのに。
本人を前にしたら。
絶対。
無理。
いや。
でも。
言うって決めた。
「よし」
私は。
身体を起こす。
「言う」
数秒後。
「……やっぱり怖い」
また。
ソファに沈んだ。
◇◇◇
夕方。
私は。
いつもより。
少しだけ丁寧に。
夕食を作っていた。
煮込みハンバーグ。
サラダ。
スープ。
陽向の好きなもの。
「……」
鍋を混ぜながら。
ふと思う。
これ。
完全に。
好きな人のために作ってる。
顔が。
熱くなる。
「何歳だと思ってるの、私……」
三十四歳。
結婚していた。
子どもも五人いる。
恋愛なんて。
もう。
自分には関係ないと思っていた。
それなのに。
今。
好きな人が来るから。
ハンバーグを作りながら。
緊張している。
不思議。
でも。
少しだけ。
嬉しかった。
こんな気持ち。
まだ。
私の中に残っていたんだ。
恋をする。
そんな自分が。
まだいたんだ。
◇◇◇
ピンポーン。
「……っ!」
来た。
一気に。
心臓が。
速くなる。
私は。
一度深呼吸して。
玄関へ向かった。
ドアを開ける。
「よ」
陽向。
いつもの。
帽子。
パーカー。
笑顔。
でも。
今日は。
顔を見た瞬間。
胸の奥が。
はっきり言った。
――好き。
私は。
ほんの一瞬。
固まった。
「……美月?」
「え?」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫」
「顔赤くない?」
「暑い」
「今日寒いけど」
「料理してたから!」
「ふーん?」
怪しまれてる。
まずい。
「と、とにかく入って」
「はいはい」
陽向が。
靴を脱ぐ。
その横顔を見て。
また。
胸が鳴った。
今日。
言えるのかな。
◇◇◇
「うまっ!」
陽向が。
煮込みハンバーグを食べて。
いつものように。
大きな声を出す。
「これヤバい!」
「大げさ」
「いやマジで」
「店出せる」
「前も聞いた」
「じゃあ俺専属」
「それ店じゃないじゃん」
「じゃあ俺ん家住む?」
「っ!?」
フォークが。
止まった。
陽向も。
「あ」
という顔。
「いや!」
慌てる。
「飯の話!」
「分かってる!」
「今の深い意味ない!」
「分かってるって!」
二人とも。
顔が赤い。
何。
この空気。
昨日までなら。
もっと普通に流せた。
でも。
お互い。
もう。
分かり始めているから。
一言一言が。
変に。
意味を持つ。
「……食べよ」
「うん」
急に。
静かになる。
でも。
数秒後。
陽向が。
耐えきれないように笑った。
「何?」
「いや」
「美月も意識してんだなと思って」
「……」
図星。
「陽向だって」
「俺は」
少し間。
「してるよ」
「……」
さらっと。
言わないで。
心臓が。
もたない。
◇◇◇
食事を終える。
洗い物も。
終わる。
でも。
私は。
まだ。
言えない。
ソファに座る。
陽向も。
隣。
テレビ。
ついている。
でも。
内容なんて。
全く入ってこない。
今。
言う?
いや。
CMになってから?
何でタイミングを。
テレビ基準で考えてるの。
「……美月」
「何!?」
声が。
裏返った。
陽向が。
びっくりする。
「いや」
「今日ずっと変だけど」
「何か言いたいことある?」
「……」
分かりやすすぎた。
逃げる?
いや。
もう。
決めた。
「ある」
私が言うと。
陽向の表情が。
一瞬で。
真面目になった。
「……そっか」
テレビを。
消した。
部屋が。
静かになる。
余計に。
緊張する。
「言って」
「……」
私は。
膝の上で。
手を握った。
「この前」
「うん」
「私」
ゆっくり。
言葉を選ぶ。
「自分の気持ちが」
「紗良さんのものなのか」
「私のものなのか」
「分からないって言ったよね」
「うん」
陽向は。
何も急かさない。
「だから」
「ずっと考えた」
「うん」
「陽向が来ると嬉しいのは」
「紗良さんの気持ちなのか」
「陽向が帰ると寂しいのも」
「……うん」
「触られたらドキドキするのも」
陽向の耳が。
少し。
赤くなる。
私も。
絶対。
同じ。
「誰かと仲良くしてたら嫌だなって思うのも」
「……」
「全部」
胸に手を置く。
「紗良さんの恋が」
「残ってるからなのかなって」
陽向が。
静かに聞いている。
「でも」
私は。
顔を上げた。
「違った」
陽向の目が。
少し大きくなる。
「少なくとも」
「今、私が感じてる気持ちは」
「紗良さんの記憶が出てこなくても」
「ちゃんと」
「ここにある」
胸を押さえる。
「陽向が」
「美月って呼んでくれたとき」
「嬉しかった」
「泣いてたら」
「何でもない顔じゃないって」
「見つけてくれたときも」
「……」
「壊したマグカップより」
「私が怪我してないか心配してくれたときも」
陽向の表情が。
少しだけ。
柔らかくなる。
「私の好きなもの」
「一緒に探してくれたときも」
「歌を褒めてくれたときも」
「疲れたって」
「私の前で言ってくれたときも」
全部。
思い出せる。
全部。
高瀬美月として。
出会ってからの。
陽向との記憶。
「私ね」
涙が。
少し。
滲んだ。
「陽向のこと」
言える。
今なら。
言いたい。
「アイドルだから好きだったんじゃない」
「……」
「最初は」
少し笑う。
「最推しだったけど」
陽向も。
少し笑った。
「でも今は」
私は。
まっすぐ。
陽向を見る。
「ただの陽向が」
「好き」
静かな部屋。
自分の声だけが。
はっきり聞こえた。
「高瀬美月として」
一度。
息を吸う。
「天城陽向が好き」
言えた。
とうとう。
言えた。
◇◇◇
陽向は。
何も言わない。
「……」
え。
長い。
怖い。
「陽向?」
「……」
「何か」
「待って」
陽向が。
両手で顔を覆った。
「……無理」
「え!?」
無理!?
「無理って何!?」
「違う!」
陽向が。
顔を上げる。
真っ赤。
「嬉しすぎて無理!」
「……」
今度は。
私が。
固まる。
「心臓ヤバい」
陽向が。
胸を押さえる。
「マジで」
「……」
「美月」
呼ばれる。
いつもより。
少し低い声。
「俺も」
心臓が。
跳ねる。
「美月が好き」
分かっていた。
たぶん。
そうだろうって。
それでも。
本人の口から。
聞くのは。
全然違った。
「紗良じゃない」
陽向が続ける。
「美月」
涙が。
落ちた。
「俺が好きになったのは」
「高瀬美月」
「……うん」
「飯作って」
「笑って」
「すぐ謝って」
「でも最近ちょっと減って」
泣きながら。
笑ってしまう。
「歌うと」
「めちゃくちゃ楽しそうで」
「俺が疲れてるの」
「気づいてくれて」
「……」
「一緒にいると」
陽向が。
少しだけ。
息を吐く。
「俺が俺でいられる」
その言葉。
一番。
嬉しい。
「だから」
陽向が。
少し近づく。
「好き」
「……うん」
「めちゃくちゃ好き」
涙が。
また。
溢れる。
「そんな」
「何?」
「二回も言わなくていい」
「何で?」
「恥ずかしい」
「俺はもっと言える」
「やめて」
「美月好き」
「もう!」
私は。
泣きながら笑った。
陽向も。
笑う。
そして。
ふと。
陽向が。
手を伸ばす。
頬に。
触れる。
私は。
動けなかった。
いや。
動かなかった。
「……美月」
「うん」
「触っていい?」
前は。
勝手に。
額に触れてきたのに。
今日は。
聞く。
私は。
小さく。
頷いた。
「うん」
陽向の手が。
頬を包む。
温かい。
胸が。
速く鳴る。
でも。
怖くない。
今度は。
逃げたくない。
「……顔」
陽向が。
少し困ったように笑う。
「紗良なんだよな」
「……うん」
その言葉で。
ほんの少し。
現実に戻る。
私は。
目を伏せた。
「だから」
「?」
陽向が。
続ける。
「俺も最初」
「混乱した」
「……」
「美月を見てるのか」
「紗良を見てるのか」
「分かんなくなるときもあった」
胸が。
少し痛む。
でも。
聞かなきゃ。
「でも今」
陽向の親指が。
涙を拭う。
「こうやって触ってる相手」
「ちゃんと美月だって分かる」
「……」
「俺の中では」
「もう」
「全然違う」
涙が。
また。
出た。
「そっか」
「うん」
「よかった」
本当に。
それだけ。
◇◇◇
陽向が。
ゆっくり。
顔を近づける。
その瞬間。
私は。
息を止めた。
キス。
する?
このまま。
陽向の唇が。
近づく。
心臓が。
壊れそう。
でも。
あと。
ほんの少しのところで。
私は。
陽向の胸に。
手を置いた。
「……待って」
陽向が。
すぐに止まる。
「……ごめん」
「違う」
私は。
首を振る。
嫌じゃない。
むしろ。
したい。
そう思っている。
でも。
「まだ」
自分の顔に触れる。
「これ」
「……」
「紗良さんの身体だから」
陽向は。
何も言わず。
私を見る。
「好きって言うのは」
「私の気持ちだから」
「ちゃんと言えた」
「うん」
「でも」
声が。
少し震える。
「キスとか」
「それ以上のことは」
「……」
「紗良さんの身体を」
「私が勝手に使っていいのかなって」
陽向の表情が。
少しだけ。
曇る。
「美月」
「ごめん」
「謝んなくていい」
すぐに。
言われた。
「分かった」
陽向は。
少し離れた。
寂しい。
ほんの少し。
でも。
安心もした。
「待つよ」
「……」
「美月が」
「ちゃんと大丈夫って思えるまで」
「うん」
「だから」
陽向が。
少しだけ笑う。
「今はこれ」
手。
差し出される。
「え?」
「手」
「……」
私は。
その手を見る。
そして。
自分の手を。
重ねた。
陽向が。
ゆっくり。
指を絡める。
恋人繋ぎ。
「……っ」
これだけで。
充分。
心臓。
大変なことになっている。
「美月」
「何?」
「これもダメ?」
「……」
私は。
繋がれた手を見る。
「これは」
少し笑う。
「いい」
陽向の顔が。
一気に明るくなる。
「よっしゃ」
「そんな喜ぶ?」
「喜ぶ」
「子どもみたい」
「好きな子と手繋げたんだけど?」
「っ……!」
その言い方。
ずるい。
「もう黙って」
「えー」
でも。
手は。
離れなかった。
◇◇◇
しばらく。
二人で。
何も言わず。
手を繋いでいた。
静か。
でも。
昨日までとは。
違う。
好き。
ちゃんと。
伝わっている。
陽向も。
私が好き。
それが。
まだ。
信じられない。
「ねえ」
私が。
小さく聞く。
「何?」
「これって」
「うん」
「付き合う……ってこと?」
陽向が。
私を見る。
「美月は?」
「え?」
「俺と付き合いたい?」
また。
私に聞く。
どうしたい?
いつも。
陽向は。
そこを。
私に返す。
「……付き合いたい」
言った。
自分の気持ちで。
「陽向と」
陽向が。
笑った。
すごく。
嬉しそうに。
「じゃあ」
繋いだ手を。
少し強く握る。
「今日から彼女」
「……」
彼女。
その言葉に。
変な感じ。
私が。
天城陽向の。
彼女?
「いや待って」
「何?」
「本当に?」
「何が?」
「私が?」
「美月が」
「陽向の?」
「俺の」
「……」
「理解追いついてる?」
「全然」
陽向が。
声を上げて笑う。
「あはははっ!」
「笑わないで!」
「だって!」
「十年以上推してた人の彼女って!」
「やっぱそこ戻るんだ」
「戻るよ!」
「じゃあ」
陽向が。
少しだけ。
悪い顔で笑う。
「最推しと付き合えた感想は?」
「……」
私は。
数秒考えて。
「夢なら起こさないでほしい」
「俺が起こさない」
「何それ」
「ずっと夢にしとけば?」
陽向が。
笑う。
胸が。
また。
温かくなる。
でも。
私は。
繋いだ手を見ながら。
少しだけ。
真面目な声で言った。
「陽向」
「ん?」
「一つだけ」
「うん」
「私」
「子どもたちのこと」
「忘れられない」
「……うん」
「これからも」
「会いたいって思うし」
「母親でいたいって」
「思うと思う」
「うん」
「それでも」
「いい?」
陽向は。
考えることもなく。
答えた。
「忘れなくていい」
胸が。
ぎゅっとなる。
「美月が子ども大事なの」
「俺知ってるし」
「……」
「それごと美月でしょ」
「うん」
「俺と付き合うからって」
「前の人生なかったことにしなくていい」
涙が。
また。
出そうになる。
「……ありがとう」
「うん」
「あと」
陽向が。
少し笑う。
「星ちゃんたちのこと」
「俺も」
「少しずつ知りたい」
私は。
顔を上げた。
「……いいの?」
「美月の大事なもんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ知りたい」
また。
その言葉。
知りたい。
私のことを。
私の好きなものを。
私の大切なものを。
全部。
「……陽向」
「ん?」
「好き」
今度は。
自然に。
言えた。
陽向が。
一瞬。
固まる。
「……もう一回」
「嫌」
「何で!?」
「恥ずかしい」
「俺言ったじゃん!」
「それは陽向が勝手に」
「美月!」
「ふふっ」
私は。
笑った。
陽向も。
少し不満そうにしながら。
笑った。
そして。
繋いだ手は。
最後まで。
離れなかった。
◇◇◇
その夜。
陽向が帰ったあと。
私は。
玄関のドアに。
背中を預けた。
「……彼女」
小さく。
呟く。
顔が。
にやける。
止められない。
でも。
同時に。
鏡を見る。
一ノ瀬紗良の顔。
「……紗良さん」
少しだけ。
胸が痛む。
あなたが。
ずっと。
好きだった人。
私は。
その人と。
恋人になった。
罪悪感が。
ないわけじゃない。
でも。
今日。
陽向は。
ちゃんと。
言ってくれた。
好きなのは。
高瀬美月だと。
そして。
私も。
自分の心で。
選んだ。
だから。
この恋を。
なかったことにはしたくない。
「……ごめんね」
でも。
すぐに。
首を振る。
違う。
謝るだけじゃ。
きっと。
また同じ。
「紗良さん」
私は。
鏡を見ながら。
言った。
「あなたの恋を」
「奪うつもりはない」
「でも」
胸に手を当てる。
「私も」
「幸せになりたい」
日記にあった。
紗良の言葉。
――誰かの幸せばかりじゃなくて。
――自分も幸せになりたい。
「私も」
「そう思っていいよね」
その瞬間。
頭の奥が。
ほんの少し。
温かくなった気がした。
痛みではない。
記憶でもない。
ただ。
何かに。
包まれたような。
優しい感覚。
そして。
一瞬だけ。
聞こえた気がした。
――うん。
「……?」
私は。
振り返る。
誰もいない。
気のせい。
たぶん。
そう。
思った。
でも。
なぜか。
胸が。
少しだけ。
軽くなっていた。