目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第27話 初めまして、お母さん

数日後。

マネージャーから。

一本の電話が入った。

『一ノ瀬さん、例のブランド企画なんですが』

「はい」

その瞬間。

胸が。

嫌なほど速く鳴った。

『共演モデルが正式に決まりました』

「……」

聞く前から。

分かっていた。

いや。

そうであってほしいと。

願っていた。

『高瀬星さんも参加されます』

「……っ」

やっぱり。

星。

私の娘。

「そう……ですか」

やっと。

それだけ答える。

『撮影は来週です。詳しい資料、あとで送りますね』

「はい」

『一ノ瀬さん?』

「はい?」

『大丈夫ですか?』

また。

その言葉。

いつもの癖なら。

すぐに。

大丈夫です。

そう答える。

でも。

私は。

一度。

息を吸った。

「……少し緊張してます」

『久しぶりの大人数撮影ですからね』

「はい」

マネージャーは。

そう受け取った。

それでいい。

「でも」

私は。

星の名前が書かれた資料を見つめながら。

「頑張ります」

電話を切った。

そして。

すぐに。

陽向へ。

メッセージを送った。

『星、決まった』

既読。

ほとんど。

一瞬だった。

『撮影?』

「うん」

『いつ?』

日付を送る。

すると。

すぐに。

『その日、終わったら空けとく』

「……」

私は。

スマートフォンを見つめる。

『仕事は?』

『夕方まで。そのあと行ける』

そして。

続けて。

『大丈夫じゃなくなったら連絡して』

胸が。

きゅっとなる。

「うん」

それだけ。

返した。

今は。

まだ。

大丈夫じゃない。

でも。

それを。

隠さなくてもいい人がいる。

そのことが。

少しだけ。

心強かった。

◇◇◇

撮影前日。

予想通り。

眠れなかった。

「……寝なきゃ」

ベッドに入って。

目を閉じる。

でも。

浮かんでくるのは。

星の顔。

生まれた日のこと。

初めて。

私の指を握った。

小さな手。

「ママ」

と。

初めて呼んだ日。

転んで。

泣きながら。

私のところへ走ってきた日。

髪を結んで。

学校へ送り出した朝。

一緒に。

陽向が出ているテレビを見て。

笑った夜。

全部。

昨日のことみたいに。

思い出せる。

「星……」

会いたい。

抱きしめたい。

でも。

明日。

私は。

それをしてはいけない。

一ノ瀬紗良として。

高瀬星と。

初めて会う。

「……できるかな」

スマートフォンが。

震えた。

午前零時を過ぎている。

陽向。

『寝てる?』

私は。

少し迷ってから。

『寝てない』

電話が。

すぐに鳴った。

「もしもし」

『やっぱり』

「何が?」

『絶対寝てないと思った』

「……」

図星。

『怖い?』

陽向が。

静かに聞く。

私は。

布団の中で。

小さく丸くなる。

「うん」

『そっか』

「会いたかったのに」

『うん』

「明日にならなきゃいいって」

「ちょっと思ってる」

電話の向こう。

陽向は。

何も否定しなかった。

『それくらい怖いんだな』

「……うん」

『じゃあ』

少し間。

『明日の目標、一個だけにしよ』

「目標?」

『うん』

「何?」

『星ちゃんに会う』

「……それだけ?」

『それだけ』

「ちゃんと仕事しないと」

『仕事は美月じゃなくても、一ノ瀬紗良の身体が覚えてる部分あるんだろ?』

「うん」

『だったら』

陽向の声が。

柔らかくなる。

『母親として完璧に我慢するとか』

『泣かないとか』

『自然に振る舞うとか』

『全部やろうとしなくていい』

胸が。

少し。

楽になる。

『明日はただ』

『会えた』

『それで百点』

「……陽向」

『何?』

「会ったら」

声が震える。

「触りたくなると思う」

『うん』

「名前も」

「昔みたいに呼びそう」

『うん』

「ママだよって」

『言いたくなるよな』

「……うん」

涙が。

頬を伝う。

でも。

陽向は。

『言っちゃダメ』

とも。

『我慢しろ』

とも。

言わなかった。

ただ。

分かってくれた。

「……ありがとう」

『何が?』

「聞いてくれて」

『彼氏なんで』

「そういうときだけ言う」

『いつでも彼氏ですけど?』

少し。

笑ってしまう。

『笑った』

「笑うよ」

『じゃあ今日はそれでよし』

「何それ」

『寝ろ』

「眠れなかったら?」

『また電話して』

「陽向寝れないじゃん」

『一日くらい平気』

「それはダメ」

『じゃあ一緒に寝落ちする?』

「電話繋いだまま?」

『うん』

「……子どもみたい」

『美月が寝るまで』

「……」

少し。

嬉しい。

「じゃあ」

「ちょっとだけ」

『はい』

その夜。

陽向の。

「まだ起きてる?」

という声を。

何度か聞きながら。

私は。

いつの間にか。

眠っていた。

◇◇◇

撮影当日。

スタジオには。

たくさんの人がいた。

モデル。

スタイリスト。

ヘアメイク。

カメラマン。

スタッフ。

私は。

一ノ瀬紗良として。

挨拶をしていく。

「おはようございます」

「よろしくお願いします」

普通に。

できている。

大丈夫。

そう思っていた。

そのとき。

スタジオの入口が。

少し騒がしくなった。

「おはようございます!」

若い。

女の子の声。

身体が。

固まった。

分かる。

振り返る前から。

分かってしまう。

この声。

何年。

聞いてきたと思ってるの。

私は。

ゆっくり。

振り返った。

「……」

そこに。

いた。

星。

少し。

背が伸びている。

髪も。

以前より長い。

私が知っている娘より。

ほんの少し。

大人びて見える。

でも。

笑ったとき。

口元が。

あの頃と同じ。

「……星」

声が。

出そうになった。

慌てて。

唇を噛む。

ダメ。

今。

呼んだら。

私は。

一ノ瀬紗良。

星にとって。

知らない女性。

「高瀬さん、こちら一ノ瀬紗良さんです」

スタッフが。

星を連れてくる。

近づいてくる。

一歩。

また一歩。

私の娘が。

私のところへ。

「初めまして」

星が。

少し緊張しながら。

頭を下げる。

「高瀬星です」

「……」

返事を。

しなきゃ。

「一ノ瀬……」

喉が。

詰まる。

「紗良です」

やっと。

言えた。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

星が。

顔を上げる。

目が。

合った。

その瞬間。

星の表情が。

少しだけ。

変わった。

「……?」

私を。

じっと見る。

あの日と。

同じ。

遠くから。

目が合ったときと。

同じ顔。

「どうしたの?」

スタッフが。

星に聞く。

「え?」

「あ、いえ」

星が。

少し。

困ったように笑った。

「なんか……」

心臓が。

止まりそうになる。

「一ノ瀬さん」

星が。

もう一度。

私を見る。

「初めて会った気がしなくて」

「……っ」

息が。

止まった。

聞きたかった。

でも。

聞いたら。

泣いてしまう。

「そう?」

私は。

精一杯。

笑った。

「はい」

星が。

首を傾げる。

「どこかで会ったことあります?」

「……ないと」

声が。

震えそうになる。

「思うよ」

本当は。

何千回。

何万回と。

会っている。

朝。

起こした。

髪を整えた。

ご飯を作った。

抱きしめた。

叱った。

笑った。

泣いた。

ずっと。

そばにいた。

でも。

今は。

「初めまして」

それしか。

言えない。

「そっか」

星が。

少し不思議そうに笑った。

その笑顔を見た瞬間。

泣きそうになった。

でも。

今は。

仕事。

私は。

爪が食い込むくらい。

手を握った。

◇◇◇

撮影が始まった。

今回は。

世代の違う女性たちが。

同じブランドの洋服を。

それぞれの着こなしで表現する企画。

星は。

若いモデルたちの中でも。

一番。

経験が浅いらしい。

「高瀬さん、もう少し肩の力抜いて!」

「はい!」

カメラマンの声。

星の顔が。

少し。

硬い。

分かる。

緊張してる。

昔から。

真面目な子。

失敗しちゃいけないと思うと。

余計に。

身体が固くなる。

「もうちょっと自然に笑って」

「はい」

でも。

うまくいかない。

スタッフの空気が。

少しずつ。

重くなる。

私は。

見ていられなかった。

「……星」

呼びそうになる。

ダメ。

でも。

身体が。

先に動いた。

「高瀬さん」

私は。

星の近くへ行く。

「はい!」

緊張した顔。

昔。

習い事の発表前にも。

こんな顔をしていた。

私は。

無意識に。

言った。

「大丈夫」

「……」

「失敗しても」

「やり直せるから」

星の目が。

少し大きくなる。

「肩」

私は。

自分の肩を。

軽く上下させる。

「一回、力抜いて」

「息吐いて」

「……はい」

星が。

ふうっと。

息を吐く。

「そう」

「それで」

その瞬間。

昔の癖で。

手が。

星の頭へ伸びかけた。

「……っ」

止める。

頭を。

撫でそうになった。

いつも。

緊張している星に。

していたみたいに。

私は。

慌てて。

手を下ろす。

「……?」

星が。

その手を見る。

「あ、ごめんね」

「いえ」

そして。

私は。

思わず。

続けてしまった。

「星ならできるよ」

しん。

自分の中だけ。

時間が止まった。

「……」

やってしまった。

高瀬さん。

じゃない。

星。

呼び捨て。

「……あ」

私が。

慌てて言い直そうとすると。

星が。

じっと。

私を見ていた。

「……今」

「ご、ごめんなさい」

「名前」

「つい……」

何て。

言い訳する?

プロフィールを見て。

読み方を知っていた。

それで。

いい。

なのに。

星は。

小さな声で言った。

「……ママみたい」

「……っ」

心臓を。

掴まれたようだった。

「え?」

聞き返した声が。

震えた。

星自身も。

少し驚いたように。

笑う。

「すみません」

「変ですよね」

「何か」

星が。

目を伏せる。

「ママも」

「緊張してるとき」

「同じこと言ってくれてたから」

涙が。

出そうになる。

ダメ。

泣くな。

今は。

まだ。

「……そうなんだ」

どうにか。

笑う。

「うん」

星が。

少し寂しそうに笑った。

「もう、いないんですけど」

「……」

知ってる。

私だから。

「……そっか」

それしか。

言えなかった。

でも。

胸の中では。

何度も。

叫んでいた。

ここにいるよ。

星。

ママ。

ここにいるよ。

◇◇◇

撮影が再開された。

星は。

さっきより。

自然に笑えていた。

「いいね!」

「その表情!」

カメラマンの声。

私は。

少し離れたところから。

見ていた。

誇らしい。

すごいね。

頑張ったね。

言いたい。

撮影が終わったら。

抱きしめたい。

でも。

できない。

だから。

せめて。

誰にも見えないところで。

小さく。

拍手した。

「……よくできました」

昔と同じ。

母親の声で。

誰にも。

聞こえないように。

◇◇◇

休憩。

私は。

人の少ない廊下へ出た。

限界だった。

トイレへ。

行こうと思った。

でも。

途中で。

歩けなくなる。

壁に。

背中を預ける。

「……っ」

涙が。

溢れた。

会えた。

星に。

会えた。

話した。

声も。

聞けた。

頑張っている姿も。

見られた。

嬉しい。

本当に。

嬉しい。

なのに。

苦しい。

あんなに近くにいたのに。

触れられなかった。

ママって。

言えなかった。

「……星」

口を押さえる。

声を出したら。

止まらなくなる。

そのとき。

「一ノ瀬さん?」

「……!」

慌てて。

涙を拭く。

振り返る。

星だった。

「どうしたの?」

私は。

顔を隠す。

「ちょっと、目にゴミ入って」

苦しすぎる。

星が。

心配そうに。

近づいてくる。

「大丈夫ですか?」

「うん」

「本当に?」

「……うん」

私が。

何度も言ってきた。

大丈夫。

その言葉を。

娘にまで。

使っている。

星が。

少し。

私の顔を見る。

そして。

「一ノ瀬さん」

「何?」

「変なこと聞いていいですか?」

嫌な。

いや。

期待してしまうような。

予感。

「うん」

星が。

少し迷ってから。

言った。

「私のこと」

「前から知ってました?」

「……」

「なんで?」

「だって」

星は。

首を傾げる。

「初めてなのに」

「すごく」

言葉を探す。

「私のこと知ってる人みたいに話すから」

「……」

何も。

言えない。

「それに」

「?」

「なんか」

星が。

胸元を押さえる。

「一ノ瀬さんの近くにいると」

「変なんです」

「変?」

「安心するっていうか」

涙が。

また。

出そうになる。

「……懐かしいっていうか」

その一言。

私の胸を。

貫いた。

星。

分かるの?

顔は。

違うのに。

声も。

違うのに。

「私も」

口から。

言葉が出そうになる。

私も。

あなたを。

ずっと知ってる。

あなたが。

生まれた日から。

でも。

言えない。

私は。

ただ。

笑った。

「もしかしたら」

「?」

「相性がいいのかもね」

「……相性?」

「うん」

「私も」

喉が。

苦しい。

「星ちゃんといると」

「すごく」

泣かないように。

笑う。

「大切にしたいって思うから」

星の目が。

少し。

大きくなった。

「……」

言いすぎた。

そう思った。

でも。

星は。

少し照れたように。

笑った。

「嬉しいです」

そして。

「私」

「?」

「一ノ瀬さんのこと」

星が。

柔らかく笑う。

「好きかも」

「……っ」

「え?」

「変な意味じゃなくて!」

慌てて。

星が手を振る。

「憧れるっていうか」

「もっと話したいっていうか」

「……うん」

私の涙が。

とうとう。

一滴。

落ちた。

「一ノ瀬さん?」

「ごめん」

笑う。

「嬉しくて」

今の涙だけは。

それで。

いいと思った。

「私も」

私は。

星を見つめる。

「もっと話したい」

本当は。

話したいこと。

山ほどある。

学校どう?

ちゃんと食べてる?

夜。

眠れてる?

弟たちとは。

仲良くしてる?

パパは?

寂しくない?

ママがいなくなって。

泣いた?

聞きたい。

でも。

今日は。

それでいい。

会えた。

話せた。

陽向が言った。

それで。

百点。

「また」

星が。

笑う。

「撮影で会えたらいいですね」

「……うん」

私は。

頷いた。

「また会おうね」

今度は。

母親ではなく。

一ノ瀬紗良として。

それでも。

また。

あなたのそばに。

行けるなら。

◇◇◇

撮影が終わったのは。

夕方だった。

スタジオを出る。

スマートフォンを見る。

陽向から。

『終わった?』

『近くにいる』

私は。

すぐに。

『終わった』

と送った。

数分後。

見慣れた車。

私は。

助手席へ乗り込んだ。

「お疲れ」

陽向の顔を見た瞬間。

もう。

ダメだった。

「……陽向」

「うん」

「会えた」

涙が。

落ちる。

陽向は。

何も聞かず。

腕を広げた。

私は。

自分から。

その胸へ。

飛び込んだ。

「星に」

「うん」

「会えたよ」

「うん」

「話した」

「うん」

「すごく」

声が。

震える。

「大きくなってた」

「そっか」

「頑張ってた」

「うん」

「私ね」

陽向の服を。

握る。

「頭撫でそうになった」

「……うん」

「星って呼んじゃった」

「うん」

「ママみたいって」

「言われた」

陽向の腕が。

少し強くなる。

「……そっか」

「それから」

涙と一緒に。

笑う。

「初めて会った気がしないって」

「懐かしいって」

陽向が。

何も言わず。

私の背中を撫でる。

「分かってないよ」

「うん」

「星は」

「私がママだって」

「知らない」

「うん」

「でも」

私は。

顔を上げる。

「何か」

「感じてくれたのかな」

陽向は。

少し笑った。

「俺は」

「?」

「あると思う」

「……本当に?」

「だって」

陽向が。

涙を。

指で拭ってくれる。

「母親って」

「顔だけじゃないだろ」

その言葉に。

また。

涙が。

溢れた。

「声が違っても」

「姿が違っても」

「美月が星ちゃん見てる目とか」

「話し方とか」

「そういうの」

少し照れたように。

笑う。

「子どものほうが」

「案外気づくんじゃない?」

「……陽向」

「何?」

「今日」

私は。

泣きながら笑った。

「百点だった?」

陽向が。

一瞬。

目を丸くする。

そして。

ものすごく優しく。

笑った。

「百点」

「……うん」

「いや」

少し考えて。

「二百点」

「増えた」

「会えたし」

「仕事もしたし」

「ちゃんと帰ってきたし」

「……うん」

「よく頑張りました」

陽向の手が。

私の頭を。

優しく撫でる。

その瞬間。

我慢していたものが。

全部。

溢れた。

「……頑張った」

私は。

子どもみたいに。

陽向の胸で。

泣いた。

「うん」

「すごく頑張った」

「うん」

「抱きしめなかった」

「うん」

「ママって言わなかった」

「うん」

「ちゃんと」

声が。

崩れる。

「初めましてって言った」

陽向は。

何も否定しない。

ただ。

何度も。

背中を撫でてくれた。

その日。

私は。

娘と。

二度目の。

『初めまして』

をした。

一度目は。

星が生まれた日。

小さな身体を。

初めて腕に抱いたとき。

そして。

二度目は。

私は母親であることを。

名乗れないまま。

娘の前に立った。

でも。

それでも。

星は。

私を見て。

言った。

――初めて会った気がしない。

その言葉だけで。

今は。

十分だった。

きっと。

親子だった時間は。

姿が変わったくらいで。

全部。

消えてしまうものじゃない。

私は。

そう。

信じたかった。
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