付き合ったら、もっと距離感がおかしくなった
第2部 ――昨日までと同じなのに
街を歩く。
昨日までと、何も変わらない。
隣を歩く彼も。
見慣れた街並みも。
時々聞こえてくる車の音も。
全部、昨日までと同じ。
なのに。
私はずっと落ち着かなかった。
繋いでいた手が離れて、少しだけ寂しいと思った自分に気づいてしまう。
それをごまかすように、鞄の持ち手を握り直した。
隣を見る。
彼は何も気にしていないようだった。
目に入ったものに興味を示しては、少し立ち止まる。
気になる店があれば覗き込み。
面白いものを見つければ、子どもみたいに嬉しそうに笑う。
その無邪気さは、昨日までと何も変わらない。
むしろ。
付き合ったことで、余計にそれが目につくようになった。
目尻がくしゃっと下がる。
口元が大きく開く。
笑うと、少しだけ身体まで揺れる。
その笑い方を見るたびに。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
(……可愛い)
そう思って。
すぐに否定する。
いや。
可愛いとか。
今さら何を。
付き合う前から知っていた。
この人は、こういう人だった。
堅実そうなのに、妙なところで無邪気で。
しっかりしているように見えるのに、たまに子どもみたいに笑って。
そういうところが。
私はずっと好きだった。
……。
「好きだった」。
その言葉が頭に浮かんで。
私は足を止めそうになった。
今は。
好きな人ではなく。
恋人なのだ。
その事実が、まだ少しだけ不思議だった。
⸻
昼過ぎ。
小さな店に立ち寄る。
彼はメニューを眺めながら、何を頼むか真剣に悩んでいた。
その横顔をぼんやり眺める。
普段は柔らかい表情をしているのに。
何かを選んでいるときだけ、妙に真剣になる。
眉間に少しだけ皺が寄る。
視線が落ちる。
唇がわずかに動く。
そんな些細な変化まで気になってしまう。
昨日までなら。
たぶん、気にも留めなかった。
でも今は。
一つ一つが妙に愛おしい。
「……何見てるの?」
不意に顔を上げられた。
「別に」
反射的に目を逸らす。
彼は少しだけ笑った。
それ以上は何も言わなかった。
そのことに、なぜかほっとする。
⸻
店を出る。
少し歩いたところで、彼が足を止めた。
道端に、小さな猫がいた。
しゃがみ込む。
警戒されないように、少し距離を空けたまま眺めている。
その姿があまりにも真剣で。
思わず笑ってしまった。
すると彼がこちらを振り返る。
少しだけ不満そうな顔。
でも。
すぐに笑う。
その笑顔を見て。
また思う。
可愛い。
でも。
その横顔を見ていると。
ふと。
かっこいい、とも思う。
その二つが、私の中でうまく分けられない。
可愛いのに。
ふとした瞬間だけ、どうしようもなくかっこいい。
その境目が曖昧なところが。
たぶん。
私は好きだった。
⸻
夕方になる。
空が少しずつ橙色に染まっていく。
歩く速度も、自然とゆっくりになる。
帰る時間が近づいている。
そう思った瞬間。
胸の奥が少しだけ沈んだ。
付き合ったばかりなのに。
もう帰るのが寂しい。
そんな自分に気づいて。
少し笑ってしまう。
昨日までだって、帰ればよかった。
会えなくなれば、それまでだった。
それでも。
今日は違う。
帰ったあとも。
彼は恋人だ。
DMを送ってもいい。
電話をしてもいい。
また会う約束だってできる。
それなのに。
今、隣にいる時間が終わってしまうことが惜しい。
なんだか。
不思議だった。
⸻
駅へ向かう道。
夕暮れの中を、並んで歩く。
しばらくすると。
彼の肩が、ほんの少しだけこちらに寄った。
歩幅が合う。
腕が触れそうになる。
一度。
二度。
そして三度目。
今度は、離れなかった。
肩が触れる。
それだけなのに。
胸が騒ぐ。
昨日までなら。
こんな距離。
何とも思わなかったはずなのに。
私は少しだけ彼の方へ寄った。
ほんの少しだけ。
彼も何も言わない。
ただ。
そのまま歩いている。
言葉はない。
でも。
その沈黙が嫌じゃなかった。
むしろ。
心地よかった。
⸻
駅が見えてくる。
もうすぐ、今日が終わる。
そう思ったとき。
彼の手が、また私の手に触れた。
今度は私から握った。
ほんの少しだけ。
彼の指が絡む。
それだけで。
胸の奥が満たされていく。
付き合う前は。
この人が何を考えているのか分からなかった。
付き合ってからも。
まだ分からないことはたくさんある。
それでも。
少しずつ知っていけばいい。
無邪気なところも。
堅実なところも。
可愛いところも。
たまに見せる、かっこいいところも。
昨日まで知らなかった部分を。
これから一つずつ。
知っていけばいい。
そう思った。
⸻
駅で別れる。
最後まで、会話は少なかった。
でも。
帰り道。
スマホを見る。
まだ繋いだ手の感覚が残っている気がして。
思わず、小さく笑った。
そして。
自分でも驚くほど自然に。
次に会える日を考えていた。
付き合ったばかりなのに。
もう。
次が楽しみだった。
昨日までと、何も変わらない。
隣を歩く彼も。
見慣れた街並みも。
時々聞こえてくる車の音も。
全部、昨日までと同じ。
なのに。
私はずっと落ち着かなかった。
繋いでいた手が離れて、少しだけ寂しいと思った自分に気づいてしまう。
それをごまかすように、鞄の持ち手を握り直した。
隣を見る。
彼は何も気にしていないようだった。
目に入ったものに興味を示しては、少し立ち止まる。
気になる店があれば覗き込み。
面白いものを見つければ、子どもみたいに嬉しそうに笑う。
その無邪気さは、昨日までと何も変わらない。
むしろ。
付き合ったことで、余計にそれが目につくようになった。
目尻がくしゃっと下がる。
口元が大きく開く。
笑うと、少しだけ身体まで揺れる。
その笑い方を見るたびに。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
(……可愛い)
そう思って。
すぐに否定する。
いや。
可愛いとか。
今さら何を。
付き合う前から知っていた。
この人は、こういう人だった。
堅実そうなのに、妙なところで無邪気で。
しっかりしているように見えるのに、たまに子どもみたいに笑って。
そういうところが。
私はずっと好きだった。
……。
「好きだった」。
その言葉が頭に浮かんで。
私は足を止めそうになった。
今は。
好きな人ではなく。
恋人なのだ。
その事実が、まだ少しだけ不思議だった。
⸻
昼過ぎ。
小さな店に立ち寄る。
彼はメニューを眺めながら、何を頼むか真剣に悩んでいた。
その横顔をぼんやり眺める。
普段は柔らかい表情をしているのに。
何かを選んでいるときだけ、妙に真剣になる。
眉間に少しだけ皺が寄る。
視線が落ちる。
唇がわずかに動く。
そんな些細な変化まで気になってしまう。
昨日までなら。
たぶん、気にも留めなかった。
でも今は。
一つ一つが妙に愛おしい。
「……何見てるの?」
不意に顔を上げられた。
「別に」
反射的に目を逸らす。
彼は少しだけ笑った。
それ以上は何も言わなかった。
そのことに、なぜかほっとする。
⸻
店を出る。
少し歩いたところで、彼が足を止めた。
道端に、小さな猫がいた。
しゃがみ込む。
警戒されないように、少し距離を空けたまま眺めている。
その姿があまりにも真剣で。
思わず笑ってしまった。
すると彼がこちらを振り返る。
少しだけ不満そうな顔。
でも。
すぐに笑う。
その笑顔を見て。
また思う。
可愛い。
でも。
その横顔を見ていると。
ふと。
かっこいい、とも思う。
その二つが、私の中でうまく分けられない。
可愛いのに。
ふとした瞬間だけ、どうしようもなくかっこいい。
その境目が曖昧なところが。
たぶん。
私は好きだった。
⸻
夕方になる。
空が少しずつ橙色に染まっていく。
歩く速度も、自然とゆっくりになる。
帰る時間が近づいている。
そう思った瞬間。
胸の奥が少しだけ沈んだ。
付き合ったばかりなのに。
もう帰るのが寂しい。
そんな自分に気づいて。
少し笑ってしまう。
昨日までだって、帰ればよかった。
会えなくなれば、それまでだった。
それでも。
今日は違う。
帰ったあとも。
彼は恋人だ。
DMを送ってもいい。
電話をしてもいい。
また会う約束だってできる。
それなのに。
今、隣にいる時間が終わってしまうことが惜しい。
なんだか。
不思議だった。
⸻
駅へ向かう道。
夕暮れの中を、並んで歩く。
しばらくすると。
彼の肩が、ほんの少しだけこちらに寄った。
歩幅が合う。
腕が触れそうになる。
一度。
二度。
そして三度目。
今度は、離れなかった。
肩が触れる。
それだけなのに。
胸が騒ぐ。
昨日までなら。
こんな距離。
何とも思わなかったはずなのに。
私は少しだけ彼の方へ寄った。
ほんの少しだけ。
彼も何も言わない。
ただ。
そのまま歩いている。
言葉はない。
でも。
その沈黙が嫌じゃなかった。
むしろ。
心地よかった。
⸻
駅が見えてくる。
もうすぐ、今日が終わる。
そう思ったとき。
彼の手が、また私の手に触れた。
今度は私から握った。
ほんの少しだけ。
彼の指が絡む。
それだけで。
胸の奥が満たされていく。
付き合う前は。
この人が何を考えているのか分からなかった。
付き合ってからも。
まだ分からないことはたくさんある。
それでも。
少しずつ知っていけばいい。
無邪気なところも。
堅実なところも。
可愛いところも。
たまに見せる、かっこいいところも。
昨日まで知らなかった部分を。
これから一つずつ。
知っていけばいい。
そう思った。
⸻
駅で別れる。
最後まで、会話は少なかった。
でも。
帰り道。
スマホを見る。
まだ繋いだ手の感覚が残っている気がして。
思わず、小さく笑った。
そして。
自分でも驚くほど自然に。
次に会える日を考えていた。
付き合ったばかりなのに。
もう。
次が楽しみだった。


