『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

第十一話 ――結ばれた愛、その先に芽生えたもの――

目を覚ました時、最初に目に入ったのは、見慣れない白い天井だった。

薄く開いたカーテンの向こうから、朝の光が柔らかく差し込んでいる。

どこか遠くで、車の走る音が聞こえた。

自宅ではない。

そう気づくまでに、ほんの数秒かかった。

「……ここ……」

まだ眠りの残る頭で瞬きを繰り返す。

枕から顔を上げた瞬間。

昨夜の記憶が、途切れ途切れの映像のように蘇ってきた。

パーティー。

賑やかな会場。

勧められるまま口にしたカクテル。

いつもより少しだけ甘くて、飲みやすかった。

そのあと、急に熱くなった身体。

妙に距離を詰めてきた知らない男。

逃げようとした私の腕を取った手。

そして――。

駆けつけた遼河さん。

『綾乃、俺のそばにいろ』

「…………」

嫌な予感がした。

いや。

嫌な予感というより。

思い出したくない。

けれど、記憶というものは、そういう時ほど律儀だった。

控室へ連れて行かれて。

水を飲まされて。

一人になるのが嫌で、遼河さんに隣へ座ってもらった。

肩にもたれた。

シャツの袖を掴んだ。

それから。

『どこにも行かないで』

「……っ」

私は勢いよく両手で顔を覆った。

「……何してるの、私……」

布団の中へ沈み込みたい。

このまま存在ごと消えてしまいたい。

酔っていた。

確かに酔っていた。

普段の自分なら、絶対に言わないようなことまで口にしていた。

それなのに。

最悪なことに。

ほとんど全部、覚えている。

忘れていたなら、まだ救いがあった。

昨日の私は酔っていたから知らない。

そう言い張れた。

けれど。

覚えている。

遼河さんの表情も。

声も。

触れられた手の温度も。

そして――。

『ずっと……』

そこから先。

どうしても言えなかったことまで。

思い出した瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

たった一言だった。

好き。

それだけ。

十三年間、何度も心の中では呼んだ言葉。

本人がいない場所なら、何度だって認められた。

でも。

本人を目の前にすると、どうしても声にならなかった。

酔った勢いさえ借りたのに。

最後の一歩だけは越えられなかった。

「……ほんと、何やってるんだろ」

布団へ顔を埋めかけた、その時だった。

「起きたか」

低く、聞き慣れた声がした。

身体が固まった。

今度こそ、心臓が止まったと思った。

恐る恐る顔を上げる。

窓際に置かれたソファ。

そこに。

遼河さんがいた。

昨日のシャツ姿のまま。

ネクタイは外され、袖も少しだけ捲られている。

膝の上に置いていたノートパソコンを、ちょうど閉じたところだった。

「……何でいるの」

思わず出た言葉に、遼河さんが眉を上げた。

「いたら困るか」

「そういう意味じゃなくて……」

慌てて視線を逸らし、改めて部屋を見回した。

ベッド。

ソファ。

テーブル。

窓の向こうには、朝の東京。

「ここ……ホテル?」

「ああ。昨日の会場と同じホテルだ」

遼河さんは何でもないことのように答えた。

「お前をあの状態で一人で帰せるわけないだろ」

「……遼河さんは?」

「そこで寝た」

ソファを顎で示す。

その言葉を聞いた瞬間。

知らず知らずのうちに詰めていた息が、ふっと抜けた。

疑っていたわけではない。

遼河さんが、正常な判断のできない私に何かするような人ではないことくらい知っている。

むしろ。

だからこそ。

恥ずかしい。

何もされていない。

何もされていないのに。

自分からあれだけくっついて。

行かないでと頼んで。

袖まで掴んでいた。

「……最悪」

「何がだ」

「聞かないでください」

「聞こえたから聞いた」

「独り言です」

「声に出してる時点で独り言になってない」

「朝からうるさいです」

いつものやり取り。

なのに。

いつもとは全然違う。

遼河さんは小さく息を吐くと、テーブルに置いてあったペットボトルを一本取って、私へ差し出した。

「水」

「……ありがとうございます」

受け取る。

冷たいボトルが、手のひらに心地よかった。

「気分は」

「少し頭が重いくらいです」

「吐き気は?」

「ないです」

「眩暈」

「ない」

「ならいい」

それだけ確認すると。

遼河さんは、私の前にある椅子へ座った。

近すぎず。

遠すぎず。

いつもなら何とも思わない距離。

今日は、その数十センチが妙に意識された。

昨夜までなら。

この人と黙っていても平気だった。

幼い頃から知っている。

何年離れていても。

再会してから何度腹を立てても。

不思議と沈黙が苦になったことはなかった。

なのに今日は。

無理だった。

聞きたいことが多すぎる。

確認したいこともある。

そして何より。

聞いたあと、自分がどうなるのかが怖かった。

ペットボトルを両手で包み込みながら、私はラベルの文字ばかり眺めていた。

遼河さんも急かさなかった。

その沈黙が逆に。

逃げ道をなくしていく。

「……昨日のこと」

ようやく口にすると。

遼河さんが静かに私を見た。

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