恋と夢と愛と
美味しそうな唇してるなぁ。
リップ、何使ってるんだろ。
キスシーンのリハで、顔が近付き思った。
相手役の野津くんは、売れっ子の人気アイドルで、多忙なはずなのに肌荒れ知らず。
色白で毛穴、何処ですか……?って、感じ。
現在、撮影中の作品は、王道の恋愛ドラマ。
私と野津くんのダブル主演で、学校を舞台に繰り広げられる、少女漫画原作のお話である。
三歳からこの仕事をしているが、キスシーンの経験は今まで無かった。
「黒河さん、お疲れ様です。」
「うわぁ〜!ありがとう。」
無事、クランクアップして、野津くんから差し出された花束を受け取った。
野津くんは先に撮り終わっていたので、わざわざ来てくれて感無量だ。
衣装の制服では無く、私服を着ていてお洒落さん。
なんか良い香りまでするし。
最後の挨拶をしてお開きとなった。
明日には、また新しい現場に行く。
それを何度も繰り返して来た。
初めてのキスシーンの感想としては、マシュマロみたいに柔らかかったな、であった。
撮影後も野津くんとは、雑誌の取材や番宣で顔を合わせた。
「黒河さんは子役の頃から、大活躍されていますが今回、初めてラブストーリーに挑戦と言う事になりますよね。撮影は如何でしたか?」
アナウンサーからの質問に、私は微笑みを浮かべた。
「これまでは、私が一番年下な現場が多かったので新鮮でした。芸歴の長いベテランらしく、引っ張れたかなと思います。野津くんとダブル主演なのは心強かったです。」
隣の野津くんに視線を向けると、いえいえ、こちらこそと謙遜した。
野津くんは初共演の感想を聞かれた。
「とても勉強になりました。立ち振る舞いと言いますか、気遣いが素晴らしかったです。」
例えば、どんなところがと追加の質問。
「僕の大好物を差し入れしてくれました。」
共演者の好きな食べ物をリサーチして、差し入れするのは定番だった。
「何が大好物なんですか?」
アナウンサーは、興味津々に聞いた。
「……苺です。」
照れた様に言う野津くんは、可愛いと思った。
美人な女性アナウンサーも私と同じ事を思ったみたいで、可愛らしいですねとコメントを残した。
「最後に見どころをお願いします。」
「「甘酸っぱい恋愛模様に注目して、是非、ご覧下さい。」」
カメラに手を振って、情報番組のインタビューは終了した。
インタビューが放送後、野津くんのファンはアナウンサーを攻撃した。
アナウンサーのくせにでしゃばりすぎとか、お前の感想求めてねぇよとか、色目使い過ぎだよヤリマンとか、散々だった。
ドラマが放送されたら、私も叩かれるんだろうな。
情報が解禁されてから、私が相手役では不満だと、そんな声はチラホラ聞こえていた。
ドラマの放送がスタートして、視聴率は好調な走りを見せた。
野津くんと私のダブル主演で、他の主要キャストは何度も共演経験のある永遠に、雑誌の専属モデルを務めるアリサちゃん。
永遠は演技力に定評のある、私と同じく子役出身の実力者。
アリサちゃんは演技初挑戦ながら、見事に演じ切った。
撮影期間、四人で良く一緒にいたので仲が深まった。
永遠とは昔からの仲だけど。
ライブに招待されて、会場に足を運んだ。
関係者席に案内されて、スタッフから渡されたペンライトを振った。
隣にはアリサちゃんがいて、いつ見てもアリサちゃんは綺麗だ。
髪が艶々で鼻がスッとしていて、ヒールを履いていなくても背が高い。
モデルさんだもん。
綺麗な人が努力してるから、もっと綺麗になるんだろうなと。
撮影期間、弁当を一緒に食べた時、アリサちゃんは揚げ物と炭水化物を残していた。
差し入れには手を付けなかった。
永遠は映画の撮影で地方に行っていて、今日は欠席だった。
ステージでの野津くんは、とてもキラキラしていて、アイドルが天職だと思った。
アイドルとしての顔を初めて見た。
「咲さんって、永遠さんと付き合ってるんですよね。」
アリサちゃんの発言に、私はげんなりとした。
弁当を食べ終わり、撮影が再開する前にトイレに行った時の事。
「……その噂、信じてる人いるんだ。」
永遠は私の一つ年上で、私と兄妹の役、同級生のクラスメイトや、先輩の役を演じた経験がある。
恋人役は今のところ無かった。
実際に永遠は高校の先輩で、芸能科の学校に通う時期が二年被っていた。
芸能界に長くいて、色んな人を見て来た。
永遠は昔から変わらない。
変わらないでいてくれる。
「付き合ってないんですか?」
「付き合ってないよ。」
「お似合いなのに、勿体無いですね。」
「あはは、ありがとう。」
アリサちゃんに、乾いた笑みを返した。
永遠と付き合って、男女の仲になるのは想像が付かない。
永遠とは映画を観に行ったり、ご飯を食べに行くだけ。
永遠が何処に住んでるとか、知らないし。
子役時代に実家の方に、遊びに行ったりはした。
野津くんとアリサちゃんが、隣同士で並ぶと絵になる。
二人共、高身長で美男美女。
お似合いだと思う。
野津くんとアリサちゃんの噂は、今のところ聞こえて来なかった。
「あっ。もう、返信来てる。」
風呂から上がり髪をタオルで拭きながら、リビングに置いていたスマホを手に取ると通知が。
ライブの後、楽屋挨拶に行った。
SNS用に写真を撮って解散して、ドラマの公式SNSにアップされた。
私は招待してくれてありがとう、とっても楽しかったよと、お礼のメールを野津くんに送った。
永遠は元から連絡先を知っていて、野津くんとアリサちゃんとは、撮影が始まって少ししてから交換した。
内容はこちらこそ、来て下さり有り難うございました。楽しんで頂けたのなら幸いですと。
それから今度、ご飯に行きませんかとお誘いだった。
文面から察するに、永遠とアリサちゃんも誘って、四人でって事だよね。
みんなで予定合わせて行こうね!
と、返信した。
「……え?」
野津くんからは、二人で行きましょうと返って来た。
これは、……デートのお誘いッ?!?!
どんなに外見が整っていようとも、中身まで良いとは限らない。
綺麗な顔をしていても、表情が魅力的では無いというか、意地の悪い性格が透けて見える事が。
醜くて汚い部分は、なるべく隠して見せないで欲しい。
世間からは人望の厚い、慕われてる人物像だとしても、業界内の評判は最悪だったり。
監督やプロデューサーには、媚を売り良い顔をするが、マネージャーを含め、周囲のスタッフには高圧的でパワハラセクハラは当たり前。
台本は覚えて来ない、楽屋に籠って出て来ない。
お騒がせな我儘女優なんかも。
前にアイドルと共演した時は、舐めてるとしか思えない態度でムカついた。
野津くんは礼儀正しくて、ファン思いなアイドルの印象が強いから、二人だけでご飯に誘われたのは意外……。
恋愛禁止、では無いからこれまでもあったんだろう。
恋愛の一つや二つ、経験して無い方が不自然に思えた。
人気の売れっ子アイドルで、死ぬ程モテるから。
私生活のプライベートまで、縛られる必要は無いけど気を付けないと。
野津くんの方が忙しいから、空いてる日にちを教えてもらって、予定は直ぐに決まった。
野津くんが予約してくれてご飯に。
住所が送られて来て、直接店で待ち合わせだ。
……何を着て行こうか。
デートに着て行ける服は持ち合わせがない。
現場では衣装が用意されてるので、普段は着替えが楽な格好ばかりしていた。
新しい服を買って、気合いが入ってると思われるのは恥ずかしい……。結局、普段着で行く事にした。
店に到着してインターホンを押して、野津くんの名前を出すと、ドアが開いていらっしゃいませ、ご案内致しますと、中に通された。
店内は薄暗く、ゆったりとした音楽が流れていて雰囲気が良い。
上品でありながら、高級店なのが一目で分かる作り。
客同士が顔を合わせない、完全個室の焼肉屋さんで芸能人、企業の会長や社長の御用達である。
事務所の社長に連れられたり、スポンサーとの会食で何度か来ていた。
「ごめん、待った?」
野津くんはもう来ていて、私が個室に入るとスマホをテーブルに置いた。
「待ってませんよ。ついさっき着いたところです。」
「なら良かった。」
野津くんと対面する席に腰掛けると、メニューを渡してくれた。
「野津くんはお酒飲む人?」
ドリンクメニューを見ながら聞いた。
「飲みますけど、明日早いのでやめておきます。」
「じゃあ、私もやめとこっかな。」
遠慮せずに飲んで下さい、と言われたが一人で飲んでも楽しく無いので、ソフトドリンクにする。
後の注文はお任せした。
野津くんはサラダを取り分けて、肉まで焼いてくれた。
私の方が年上で芸歴も長いから、気を遣ってくれたんだろう。
デザートのアイスまで食べて、満腹になった。
先輩らしく私がご馳走しようとしが、自分から誘ったので払わせて下さいと、野津くんが出した。
今度は私が奢るよと、またご飯に行く事に。
……デート、では無かった。
最近観た、映画やドラマの話ばかりで甘い雰囲気は一切無く。
野津くんは純粋に、ただご飯を食べたかっただけ。
勘違いして恥ずかしい……。
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