未来の見えない恋をしよう
 この世界では、未来を見ることのできる占い師は珍しくない。
 けれど、リリアにはひとつだけ、人には言っていない秘密があった。
 他人の未来は見えるのに、自分自身の未来だけは、どうしても見えない。

 幼い頃からそうだった。
 明日の天気も、客の恋の行方も、旅人がどちらの道を選べば無事に目的地へ辿り着けるのかも分かる。
 けれど、自分が明日何をしているのか。誰と出会い、誰を好きになり、どんな人生を歩むのか。
 水晶玉は、何も教えてくれなかった。

「また来たんですか?」

「また来ました」

 夕暮れ時。
 店の扉を開けて入ってきた青年に、リリアは思わずため息をついた。
 青年の名はアルト。
 近くの騎士団に勤めているらしく、仕事帰りになると、こうして時々店へ顔を出す。

「今日は何を占えばいいんです?」

「恋愛運」

「また?」

「また」

 アルトは悪びれもせず、リリアの向かいに腰を下ろした。
 もう三度目だ。
 一度目も恋愛運。
 二度目も恋愛運。
 そして今日も恋愛運。

「そんなに気になる人がいるなら、直接本人に聞いた方が早いと思いますけど」

「それができたら苦労してないんですよね……はは」

 苦笑する彼を横目に、リリアは水晶玉へ手をかざした。
 淡い光が揺れる。
 未来を見るとき、いつもなら光の向こうに断片的な情景が浮かぶ。
 誰かと笑う姿。
 雨の降る道。
 花束。
 手紙。
 けれど。

「……また、見えません」

 白い霧。
 それだけだった。
 リリアは眉を寄せる。

「本当に?」

「本当です。アルトさんだけ、おかしいんですよ」

「俺ですか?」

「正確には、恋愛に関する未来だけです。他のことなら見えるのに」

 先日、彼が探していた失くし物の場所はきちんと見えた。
 仕事で怪我をする未来も見えたから、注意するよう伝えた。
 それなのに、恋のことになると何も見えない。

「占い師として自信なくします……」

「そんなに落ち込まなくても」

「だって三回目ですよ?」

 むっとして水晶玉を睨んでいると、アルトがふっと笑った。

「それなら」

「はい?」

「俺が誰を好きなのかも、分からないんですか?」

「……分かりませんね」

「そっか」

 なぜか少し嬉しそうだった。
 リリアは不審に思いながら顔を上げる。

「何ですか、その顔」

「いや。安心しました」

「何がです?」

「当てられたら格好悪いなと思ってたんですよ」

「恋をすることは格好悪いことじゃないでしょう」

「そうじゃなくて」

 アルトの声が少しだけ低くなった。
 いつも気楽そうに話す彼が、珍しく視線を泳がせている。
 それから、覚悟を決めたようにリリアを見た。

「好きなのは、あなたです。リリアさん」

「……え?」

 意味を理解するまで、少し時間がかかった。

「私?」

「うん」

「……いつから?」

「随分と前から」

「じゃあ、三回も恋愛運を占わせたのって」

「あなたとの未来は見えるのかと思いまして」

「…………」

 頬が一気に熱くなる。
 リリアは逃げるように水晶玉へ目を落とした。
 それでも、白い霧しか見えない。

「どうして……」

 ぽつりと呟く。

「どうしてアルトさんの恋だけ、見えないんでしょう」

 すると彼は少し考えてから、机越しに手を差し出した。

「もしかしたら」

「?」

「俺の未来に、あなたがいるから?」

 息が止まった。
 自分自身の未来は見えない。
 それなら。

「……そんな」

「違うかもしれないけど」

 彼は笑った。

「ですが。未来が見えないなら、それでもいいと思いますよ」

 差し出された手は、そのままだった。

「これから一緒に決めればいいんですから」

 リリアは、その手を見つめた。
 未来が分からないことは、ずっと怖かった。
 誰かの人生には答えを出せるのに、自分の人生には答えがない。
 いつだって、それが不安だった。
 けれど今だけは。
 分からない未来が、少しだけ楽しみに思えた。
 リリアはそっと、アルトの手に自分の手を重ねる。

「……では、占い師としてひとつだけ忠告しておきます」

「何?」

「未来は保証できませんからね」

「知っています」

 彼が指を絡める。

「だから、あなたと作るんですよ。未来を」

 水晶玉の中には、相変わらず何も映らない。
 ただ白い光だけが、静かに揺れている。
 リリアはそれを見つめて、初めて笑った。
 未来が見えないことを、こんなにも嬉しいと思ったのは。
 きっと、今日が初めてだった。
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