冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される
爪
倒れたライラはフォルテリア城の一室に運び込まれた
医師達は何度も脈を取り、閉じられた瞳を診て、薬を調合する。けれど、その甲斐もなくライラは目を覚まさないまま3日が経った。
医師達から返ってきた言葉は、前に倒れた時と変わらなかった。
「命に別状はございません。ただ……目を覚まされない理由が分かりませぬ」
そう言った医師に暇を出すべきかという考えが一瞬過ったが、ルシアンは小さく頷いて、その思考を追い出した。彼は王城から呼び寄せた名医と評判の医者で、彼も世話になったことがあった。
(冷静にならないと駄目だな)
ルシアンは自分に言い聞かせる。ライラを思うがあまり、過激な思考になっている自覚はあった。
静かな部屋に沈黙が落ちる。
ベッドの上ではライラが穏やかな寝息を立てていた。
苦しそうな様子はなく、呼吸も脈も正常で身体的には異常がない。それに安堵しつつも、どれだけ呼びかけても開かない瞼に、焦りが募る。
ルシアンはベッド脇へ腰掛けると、静かにその手を握った。
(また守れなかった……)
祭りへ連れて行ったのは自分だ。
楽しそうに目を輝かせたライラの笑顔が脳裏に浮かぶ。楽しそうに巻き菓子を頬張る姿を見て、そんな風に、いつだって笑っていて欲しいと思った。
(なのに、結局、無理をさせた)
「……本当に君は優し過ぎる」
優しく呟いたルシアンの声は、眠るライラには届かない。
「……自分より俺を守ろうとした」
実際、ライラの助けがなければ、あの魔物を倒すまでの被害は大きかったはずだ。
ルシアンはそっと、ライラの頬に指先で触れた。静寂がまた部屋を包み込む。
――コンコン
そこへ控えめなノックが響いた。
「失礼します」
入ってきたのはカイルだった。
その表情はいつも通り変わらない。
だが僅かに眉間へ皺が寄っている。
「何か分かったかい?」
カイルは首を横に振ることで答えた。そのままライラの眠るベッドへ歩み寄る。
「触れても、よろしいでしょうか」
ルシアンが頷くと、カイルはライラの左手を静かに取った。
魔力を流し込み、慎重に探る。
(また魔力量が増えている……)
人間が持てる魔力量というものは決まっている。幼少期から大人になるにつれ量は増えるものだが、ライラの持つ魔力量は、倒れて以来、日に日に増えていた。
その時カイルの目に、何か黒いものが映った。思わずライラの左手を持ち上げる。
「カイル?どうしたんだい?」
「ライラ殿下の爪が……」
ルシアンがライラの爪を見つめる。薬指の爪の先端だけが僅かに黒く変色している。
一見すると光の加減にも見えたが、違う。まじまじとルシアンが観察すると、ライラの薬指の先端は黒曜石のような艶を帯びていた。
「……これは」
ルシアンの瞳が細められる。その手は確かめるようにライラの指先へ触れる。それは彼女が持つには似つかわしくない硬さを持っていた。まるで磨かれた鉱石のような。……あるいは、魔物の爪のような。
「これは何だ?」
「……分かりません」
カイルは首を振る。数多の魔法書を読んだカイルだが、こんな症状は初めて知った。
ルシアンは再びライラを見た。
眠る表情は穏やかなままで、何も変わらないように見える。
けれど、こんなにも静かなのに。……身体だけが少しずつ変わっていく。
(何が君を蝕んでいる?)
その時だった。部屋の外から足音が近付いてきて、ノックの音がした。
「入りなさい、セレーヌ」
「陛下、フォルテリア騎士団より.本日の魔物討伐報告が届きました」
ルシアンは差し出された書類を受け取り目を通す。その眉が僅かに動いた。
「……また減っているね」
「……はい」
魔物の目撃数、討伐数。
どれも例年の同月より大幅に少ない。
「偶然では、ないでしょう。魔の森の闇魔力が、日に日に薄くなっています。ライラ殿下が初めて吸収の魔法を使った日からです」
「……その代償が、この姿と眠り続けることだとでも?」
冷静に言葉を継いだカイルに、八つ当たりのような言葉がルシアンから溢れた。それに答える声はなく、静寂だけが流れた。
しばらくして、ルシアンはゆっくり立ち上がった。
「カイル、セレーヌ」
「はい」
「俺は王家の書庫へ行く。……その間、ライラを頼めるかい?」
「承りました」
そこはノクティス王家の王と後継者のみが許される書庫だ。数多くの魔法書を読んだカイルが知らないとなれば、縋れるのは、その書庫だとルシアンは思った。
ルシアンの紫の瞳が切なくライラを見た。
「必ず記録を探してみせる」
その声には、王としての威厳と。
……一人の男として、愛する人を救いたいという強い願いが宿っていた。
ルシアンは最後にもう一度ライラの手を優しく握った。
「待っていて、ライラ。君だけは、絶対に失わない」
静かな部屋に、その誓いだけが残った。
医師達は何度も脈を取り、閉じられた瞳を診て、薬を調合する。けれど、その甲斐もなくライラは目を覚まさないまま3日が経った。
医師達から返ってきた言葉は、前に倒れた時と変わらなかった。
「命に別状はございません。ただ……目を覚まされない理由が分かりませぬ」
そう言った医師に暇を出すべきかという考えが一瞬過ったが、ルシアンは小さく頷いて、その思考を追い出した。彼は王城から呼び寄せた名医と評判の医者で、彼も世話になったことがあった。
(冷静にならないと駄目だな)
ルシアンは自分に言い聞かせる。ライラを思うがあまり、過激な思考になっている自覚はあった。
静かな部屋に沈黙が落ちる。
ベッドの上ではライラが穏やかな寝息を立てていた。
苦しそうな様子はなく、呼吸も脈も正常で身体的には異常がない。それに安堵しつつも、どれだけ呼びかけても開かない瞼に、焦りが募る。
ルシアンはベッド脇へ腰掛けると、静かにその手を握った。
(また守れなかった……)
祭りへ連れて行ったのは自分だ。
楽しそうに目を輝かせたライラの笑顔が脳裏に浮かぶ。楽しそうに巻き菓子を頬張る姿を見て、そんな風に、いつだって笑っていて欲しいと思った。
(なのに、結局、無理をさせた)
「……本当に君は優し過ぎる」
優しく呟いたルシアンの声は、眠るライラには届かない。
「……自分より俺を守ろうとした」
実際、ライラの助けがなければ、あの魔物を倒すまでの被害は大きかったはずだ。
ルシアンはそっと、ライラの頬に指先で触れた。静寂がまた部屋を包み込む。
――コンコン
そこへ控えめなノックが響いた。
「失礼します」
入ってきたのはカイルだった。
その表情はいつも通り変わらない。
だが僅かに眉間へ皺が寄っている。
「何か分かったかい?」
カイルは首を横に振ることで答えた。そのままライラの眠るベッドへ歩み寄る。
「触れても、よろしいでしょうか」
ルシアンが頷くと、カイルはライラの左手を静かに取った。
魔力を流し込み、慎重に探る。
(また魔力量が増えている……)
人間が持てる魔力量というものは決まっている。幼少期から大人になるにつれ量は増えるものだが、ライラの持つ魔力量は、倒れて以来、日に日に増えていた。
その時カイルの目に、何か黒いものが映った。思わずライラの左手を持ち上げる。
「カイル?どうしたんだい?」
「ライラ殿下の爪が……」
ルシアンがライラの爪を見つめる。薬指の爪の先端だけが僅かに黒く変色している。
一見すると光の加減にも見えたが、違う。まじまじとルシアンが観察すると、ライラの薬指の先端は黒曜石のような艶を帯びていた。
「……これは」
ルシアンの瞳が細められる。その手は確かめるようにライラの指先へ触れる。それは彼女が持つには似つかわしくない硬さを持っていた。まるで磨かれた鉱石のような。……あるいは、魔物の爪のような。
「これは何だ?」
「……分かりません」
カイルは首を振る。数多の魔法書を読んだカイルだが、こんな症状は初めて知った。
ルシアンは再びライラを見た。
眠る表情は穏やかなままで、何も変わらないように見える。
けれど、こんなにも静かなのに。……身体だけが少しずつ変わっていく。
(何が君を蝕んでいる?)
その時だった。部屋の外から足音が近付いてきて、ノックの音がした。
「入りなさい、セレーヌ」
「陛下、フォルテリア騎士団より.本日の魔物討伐報告が届きました」
ルシアンは差し出された書類を受け取り目を通す。その眉が僅かに動いた。
「……また減っているね」
「……はい」
魔物の目撃数、討伐数。
どれも例年の同月より大幅に少ない。
「偶然では、ないでしょう。魔の森の闇魔力が、日に日に薄くなっています。ライラ殿下が初めて吸収の魔法を使った日からです」
「……その代償が、この姿と眠り続けることだとでも?」
冷静に言葉を継いだカイルに、八つ当たりのような言葉がルシアンから溢れた。それに答える声はなく、静寂だけが流れた。
しばらくして、ルシアンはゆっくり立ち上がった。
「カイル、セレーヌ」
「はい」
「俺は王家の書庫へ行く。……その間、ライラを頼めるかい?」
「承りました」
そこはノクティス王家の王と後継者のみが許される書庫だ。数多くの魔法書を読んだカイルが知らないとなれば、縋れるのは、その書庫だとルシアンは思った。
ルシアンの紫の瞳が切なくライラを見た。
「必ず記録を探してみせる」
その声には、王としての威厳と。
……一人の男として、愛する人を救いたいという強い願いが宿っていた。
ルシアンは最後にもう一度ライラの手を優しく握った。
「待っていて、ライラ。君だけは、絶対に失わない」
静かな部屋に、その誓いだけが残った。