海から届いたお守り

大丈夫だから

介護福祉士として働き始めて一年が経った頃。

凪沙の様子が、少しずつ変わっていった。

仕事では今まで通り頑張っていた。

利用者さんのことを大切にして、頼まれれば一生懸命応えようとする。

けれど、家に帰ると何もする気になれない日が増えていった。

朝になっても起き上がれない。

体が重くて、何をするにもつらい。

「今日は……仕事、行かんと」

そう思っても、布団から出られない。

そんな日が何日も続いた。

かと思えば、急に気持ちが高ぶって、夜遅くまで動き続けたり、次々と予定を入れたりすることもあった。

その繰り返しに、凪沙自身も戸惑っていた。

「私……なんかおかしいんかな」

樹は、そんな凪沙を心配していた。

「最近、ずっときつそうやけど……大丈夫?」

「うん……大丈夫」

そう答えるものの、凪沙の顔には疲れが出ていた。

やがて、仕事にも影響が出始めた。

凪沙は病院へ行くことにした。

診察を受け、これまでの体調の変化について話す。

そして、専門的な診察を受けるために紹介状を書いてもらった。

一カ所目。

二カ所目。

それでも、なかなかはっきりとした答えは出なかった。

そして三カ所目の病院。

そこで、これまでの症状や気分の波、生活の様子などを詳しく話した。

診察を終えた先生から告げられた言葉に、凪沙は驚いた。

「双極性障害の可能性が高いと思います」

さらに、ADHDの特性についても説明を受けた。

凪沙は、しばらく言葉が出なかった。

自分でも、どう受け止めたらいいのか分からない。

病院を出たあと、樹に電話をした。

「樹……」

「どうした?」

「病院でね……双極性障害って言われた」

樹は黙って聞いていた。

「それと、ADHDもあるって……」

「そっか」

「私、これからどうしたらいいんかな……」

電話の向こうで、樹が静かに息を吐いた。

「凪沙」

「うん」

「もう、無理して介護の仕事せんでいいよ」

「でも……」

「介護が好きなのは分かっちょる。でも、それで凪沙が体調崩してしまうなら、無理して続けんでいい」

凪沙は何も言えなかった。

「利用者さんのことを大事にしたいって思うのも分かる。でも、一番大事なのは凪沙自身やけん」

「……樹」

「僕が養うから」

凪沙が驚いて黙る。

樹は、まっすぐに言った。

「僕が働く。日鉄でちゃんと働いちょるけん」

「でも……」

「大丈夫だから」

樹の声は優しかった。

「凪沙が一人で全部頑張らんでいい」

しばらく沈黙が続いた。

そして樹は、少し緊張しながら続けた。

「凪沙」

「うん」

「……結婚しよう」

凪沙は言葉を失った。

高校生の頃から、ずっと一緒に過ごしてきた。

進路に悩んだときも、仕事を始めてからも、お互いのことを支えてきた。

そして樹は、ずっと心の中に持っていた気持ちを、今ようやく言葉にした。

「僕は、凪沙と一緒にいたい」

「病気になったからとか、介護の仕事ができなくなったからとか、そういう理由じゃない」

「ずっと凪沙のことが好きで、大事だから」

凪沙の目から涙がこぼれた。

「……私でいいん?」

「凪沙がいい」

樹は迷わず答えた。

「これから病院に通うことになっても、調子が悪い日があっても、一緒に考えていけばいい」

「僕が全部なんとかする、じゃなくてさ」

「二人でやっていこう」

凪沙は涙を拭きながら、小さく頷いた。

「……うん」

「ありがとう」

樹は安心したように笑った。

「大丈夫やけん」

その言葉に、凪沙はもう一度頷いた。

これから先、簡単なことばかりではない。

けれど、二人はもう、自分たちだけで抱え込む必要はなかった。

一緒に生きていく。

その未来を、二人は初めてはっきりと見つめ始めていた。
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