ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~
その日の午後。
講義を終えた俺は、なんとなく大学内を歩いていた。
法学部棟の前を通った。
凛はいなかった。
中庭にもいなかった。
学食を覗いても見つからなかった。
「……いねえな。」
口に出してから、自分でも首を傾げた。
別に約束をしているわけでもなかった。
凛に用事があるわけでもなかった。
ただ、今日はまだ一度も喋っていなかった。
スマホを取り出した。
美奈とのトーク画面を開いた。
『美奈。』
すぐに既読がついた。
『なに?』
『凛ちゃん今どこ?』
少し間が空いた。
『なんで?』
『喋ろうと思って。』
『凛と?』
『うん。』
『夏樹さ。』
『なに。』
『凛に嫌がられてる自覚ある?』
『あるよ。』
『あるんだ。』
失礼な。
嫌がられていることくらい分かっている。
そのあと、美奈から、
『たぶん図書館。さっきまで一緒にいた。』
と返事が来た。
『ありがと。』
スマホをしまおうとすると、もう一件届いた。
『そんなに凛と喋りたいなら、甘いものでも食べに連れてってあげれば?凛、甘いもの好きだよ。』
「へえ。」
意外だった。
なんとなく、ブラックコーヒーとか飲んでそうなのに。
俺はそのまま図書館へ向かった。
図書館の前まで行くと、ちょうど凛が出てきたところだった。
黒髪に、今日も落ち着いたモノトーンの服。
遠くからでもすぐ分かった。
小さいから。
「凛ちゃーん。」
俺は手を振りながら、声をかけた。
凛がこちらを見た。
俺だと分かった瞬間、その足が止まった。
「……なぜいるんですか。」
「凛ちゃんに会いに来た。」
「怖いです。」
即答だった。
「ひどくね?」
「私は今まで、あなたに今日ここへ来るとは一言も言っていません。」
「美奈に聞いた。」
凛の眉がぴくっと動いた。
「私の居場所を?」
「うん。」
「わざわざ?」
「うん。」
凛が数秒黙った。
それから、一歩だけ俺から離れた。
「……ストーカーですか?」
「違うって。」
「私の友人から居場所を聞き出して、わざわざ待ち伏せしていたんですよね?」
「待ち伏せはしてねえよ。今来たとこ。」
「大差ありません。」
「あるだろ。」
「ありません。」
凛が歩き始めた。
俺もその横に並んだ。
「どこ行くの?」
「帰ります。」
「もう?」
「講義は終わりましたから。」
「暇?」
「その質問をする人は大抵、ろくな用事がありません。」
「クレープ食いに行かない?」
凛の足が、ほんの少しだけ止まった。
分かりやす。
「……行きません。」
「甘いもん好きなんだろ?」
凛がゆっくり俺を見た。
「美奈ですね。」
「うん。」
「本当に余計なことしか言いませんね、あの人。」
「クレープ嫌い?」
「嫌いとは言っていません。」
「じゃあ行こうぜ。」
「好きだからといって、あなたと食べに行く理由にはなりません。」
「俺がおごる。」
「…………。」
凛が黙った。
俺は思わず笑った。
「今迷った?」
「迷っていません。」
「絶対迷ったじゃん。」
「迷っていません。」
「じゃ、行かない?」
凛はしばらく無言だった。
やがて小さくため息をついた。
「……クレープを食べたら帰ります。」
「行くんじゃん。」
「うるさいです。」
大学から少し歩いたところにあるクレープ屋へ向かった。
店の前には女子大生らしい客が何人か並んでいた。
メニューを見上げた凛の目が、さっきまでより少しだけ真剣になった。
「何食う?」
「……いちご。」
即答だった。
「めっちゃ好きじゃん。」
「何がですか。」
「クレープ。」
「別に。」
「即答だったけど。」
「メニューを見る前から決めていただけです。」
「それ余計好きなやつじゃん。」
凛は無視した。
俺はチョコバナナ、凛はいちごのクレープを注文した。
クレープを受け取ると、凛はベンチに腰を下ろした。
俺もその隣に座った。
凛がクレープを一口食べた。
「どう?」
「おいしいです。」
いつもと同じ無表情。
――のはずなんだけど。
なんとなく、さっきより目が柔らかい。
もう一口。
そのあとも黙々と食べている。

「……凛ちゃん。」
「なんですか。」
「猫みたいだな。」
凛の動きが止まった。
「……はい?」
「普段めっちゃ警戒してるのに、甘いもんあると大人しくなるし。」
「餌付けされた覚えはありません。」
「でも今、めっちゃ機嫌いいじゃん。」
「気のせいです。」
そう言いながら、またクレープを食べた。
「やっぱ猫じゃん。」
「しつこいです。」
凛が俺を睨んだ。
でも手に持ったクレープは離さなかった。
なんか。
こうして見ると、小動物っぽい。
いや。
やっぱ猫だな。
警戒心強くて、近づくと嫌そうな顔するくせに。
好きなものがあると、ちょっとだけ大人しくなる。
俺はクレープを食べている凛を見ながら、なんとなく思った。
――かわいいな、こいつ。
「……さっきから何を見ているんですか。」
「凛ちゃん。」
「それは分かっています。」
「クレープ食ってるなと思って。」
「見れば分かります。」
「うん。」
「……気持ち悪いので見ないでもらえますか。」
「ひど。」
俺が笑うと、凛は呆れたようにため息をついた。
それでも、帰るとは言わなかった。