タイム アフター タイム 甘夏とハッサクは、ノスタな恋をする。
♯2027年4月 再会、そして再生
「ブホッ! イテッ!」
誰かがぼくのベッドの上にドスンと乗っかった。
犯人はミカン以外に考えられないけど。
「どこへやった?」
「な、なんの話?」
「アタシのボールペン……アーニャの」
「え、知らないよ?」
「いや、犯人は絶対、オニイだ……アタシの部屋でこないだ『これ、いいな』って言ってカチャカチャやってたじゃない」
「……そうだっけ?」
「捜査令状はとってある。これから家宅捜索を開始する」
「おいおいちょっと待て、勝手にうら若き男性の部屋に入ってひっかき回すな」
妹はベッドからぼくの勉強机に移動し、ノートやらマンガやらごちゃごちゃ積んであるものをひっくり返し始めた。
「ほら、あったー!」
「……それはよかったな」
「よかったな、じゃないだろ、犯人のくせに! だいたいアタシ今日、入学式なんだよ。これがないと学校に行けないじゃん」
「おう、入学おめでとう! わが松ヶ丘中にようこそ」
「オニイもそろそろ起きなよ! アタシを学校まで連れてってくれる約束でしょ?」
「そんな約束したっけ?」
「した」
「母さんは?」
「入学式に間にあうように行くって」
そう返事しながら、ミカンはぼくのリュックにつけてあるキーホルダーをいじっている。
「それ、そんなに欲しいのか? あげてもいいよ。入学祝いに」
「いらない、こんなキモイの。入学祝いならもっと可愛いの買ってよ……ほら早く起きな」
そう言うとバタンとドアを閉め、出て行った。
〇
ぼくはミカンを連れて、団地の歩道を歩く。
道の両側に植えられた桜の樹からハラハラと花びらが舞い落ちる。
赤羽台周辺は、団地の敷地内も並木道も公園も、この季節は桜の花でいっぱいになる。
明るく華やいだ景色と空気。ここに住んでいるぼくたちだけの、この季節だけの楽しみだ。
甘夏は、あれからここに来たことはあるのだろうか。
空を見上げ、手のひらに花びらをひとひら、ふたひらと乗せる、そんな彼女の姿をぼくは幻視する。
中学を卒業する甘夏。高校に入学する甘夏。高校を卒業する甘夏。大学に入ったばかりの甘夏。社会人になった甘夏。でもそれは、理屈で考えれば過去の出来事、過去の姿だ。ぼくが生まれる前の。
もう、甘夏の人生と交わることはないのだろうか。彼女と一緒に満開の桜の木を見上げることはできないのだろうか。
立ち止まる。
ぼくは……幻の彼女の姿の真似をし、次々と舞い落ちてくる花びらに向かって手を伸ばす……こうやって見上げていれば、涙がこぼれないし。
ふいに、霞がかった青空に向けて伸ばしている小さな手がぼくの視界に入った。
横を向いたらミカンが立っていた。ぼくの恰好を真似しながら。
「でもさ」
「なにが『でもさ』なのかな?」
「いや、オニイってちょっと変わったよね」
「そうかな? どんな風に?」
「うーん……前よっかアタシに優しくなった」
その言葉に驚いて妹の顔を見ると、彼女はプイッとそっぽを向いたが、耳タブが少し赤くなっていた。
「えー? ミカンが生まれたときから、妹思いの兄だと自負していたんだけどな」
「そんなことないぞ。すぐ兄妹ゲンカをふっかけてきたし、かと思えば放置プレイだったり」
「放置プレイ……で、いつごろからぼくは変わったんだろうか?」
「そうだね、一年くらい前……ほら、なんかオニイ、ちょっとふさぎ込んでて暗い時期があったじゃない? あのあとくらいかな」
「そんなことあったけ? じゃあぼくは、少なくとも一年近くは優しいお兄さんなんだ」
「なんかその言い方、キモイ……それからさ、ちょっと物足りない」
「え、優しいんならいいじゃないか? なにが物足りないっていうんだ?」
「うまく言えないけどさ……もっと感情出していいんだよ。アタシのこと怒ったり、笑ったり、からかったりも」
「そうなんだ……ミカンに対して自分で気づかないうちに、慎重になったり臆病になったりしているのかも知れない」
その理由は、妹がいない世界に行ったことがあるからだ、という言葉を吞みこんだ。
「それは余計な気遣いってものじゃないか?……そうか、アタシが素敵なレディーになってきたからか!」
「……まあ、そういうことでいいよ」
ミカンは一瞬頬をふくらませたが、すぐに真顔に戻った。
「でもさ」
「今度はなんの『でもさ』?」
「……やっぱりなんか、足んないんだよね」
「この際だから、ぼくに足りないことがあるんなら、なんでもおっしゃって下さいませ」
「いやーそういうことじゃないんだよねえ」
そう言ってミカンは伸ばしている自分の手の先を見つめ、眩しそうに片目をつぶった。
「ここにもう一本、伸ばした手があってもいいんじゃないか……っていうよりも、あったんじゃないかってね……そう思うんだ」
「え……それは誰の手かな?」
「うーん、わかんない。ただ、なんとなく」
ぼくはこっちの世界に帰ってきて真っ先にミカンに「甘夏はどうした?」と聞いた。そのときの答えは「誰それ? 夢でも見たの? オニイ寝ぼけてるだろ」だった。
「さ、遅刻するからもう行こうよ」とミカンに手を引っ張られたので、ゆっくりと歩き始める。
その花道の先で男女の中学生が待っていた。アケとトモとヒカリとカズヤだ。
三年生のクラス替えで四人とは別々のクラスになってしまったけど、なにせ幼稚園からのクサレ縁なので、今朝もこうやって一緒に学校に行く。
「ミカンちゃん、入学おめでとう!」
「制服かわいー! 似合ってるうー」
「入学式、新入生の挨拶するんだって⁉ すごーい、優等生!」
「ありがとうございます、ハイ、がんばります!」
『なんだよ、いい子ぶって。家庭内での悪行を全部ばらしてやろうか?』
ぼくが妹にそうアイコンタクトすると、『やれるものなら、やってみろ』と迎撃ビームを送り返してきた。
登校グループにミカンが加わった。
でも。
そこにいるはずの、あの子の姿はない。
ぼくは2026年に戻った。目が覚めたら、1984年の世界に迷い込んだあの日の翌朝だった。そこは以前となにも変わらなかった。妹はちゃんといたし、団地は建て替えたあとの新しい建物だったし、中学の名前は、前と同じ松ヶ丘中だ。
でも、ぼくの家の隣の隣の表札は、『小日向』ではなく『佐久間』だった。団地中どこを探しても、学校中、どこを探しても『小日向 甘夏』の名前は見つからなかった。
ミカンに聞いても、母さんに聞いても、父さんに聞いても、アケやトモやヒカリやカズヤに聞いても、みんなの記憶に甘夏はない。カズヤなんか、『そんな子知らないぜ、ひょっとしてハッサク、妄想でいよいよバーチャル彼女を創り上げたんじゃないの?』と言い出す始末。
なんでぼくだけが憶えていて、みんなの記憶には残っていないのだろう?
それに、あのウォークマンを使ってアマナツは戻ってくると言ってくれたのに、なんでここにいない? やっぱり気が変わったのだろうか。
そして今、2027年の春を迎えた。1984年のころとはまったく景色が変わってしまった赤羽には、彼女を探す手がかりはもうなにもないと思えた。
あとは……あそこだけ。でも、まるでトラウマになったみたいに、そこに行くのが怖くて、どうしても足が向かなかった。
ぼくとアマナツが、この世界から消えた場所、『ノスタルジックワールド19XX』。
午前中の入学式で下校となるその日、ぼくは団地を抜け、赤羽台トンネルの階段を降り、赤羽駅のコンコースを抜けて、再開発エリアに向かった。
〇
入場券を買い、各国のアトラクションには目もくれず、日本の昭和ゾーン『JAPAN198X』の中の展示コーナーに直行する。
一番奥のウォークマンの展示スペースに、その人はいた。十か月前と同じように。
若いカップルに液晶モニターを使って、にこやかにウォークマンの歴史を紹介している。
「……1983年には、カセットテープのケースと同じ大きさの製品が発売されました……」
そう。まさにぼくがクリスマス・イブに買って、今の世界に戻ってくるときに聴いていたものだ。それにはヘッドフォン端子が一つしかない。
一通りのプレゼンが終わり、カップルがその場を離れた。
説明していたベテランのスタッフさんが、モニターの画面を切り替え、展示台の脇に戻ってきた。
ぼくは学校のリュックを上げ、キーホルダーを見せる。
その人はそれに気づき、口を小さく開け、手をあてて驚いた。
ぼくが近づくと、再び笑みを取り戻し、目を細める。
あのときは気づかなかった胸に着けているネームプレートを見る。
『小日向』。
「お帰りなさい」
「やっぱり、君だったんだね」
「いつわかったの?」
「つい最近……もっと早く気づけばよかった」
「こんなおばさんになってちゃ、わかるわけないよね」
「……」
ぼくは、そのあとの会話をどう続けていいか迷った。だから、当たり障りのない質問をしてみた。
「元気だった?」
「うん」
「お母さんとお父さんは?」
「もうずいぶん歳をとったけど、今も元気に暮らしてるよ。父の生まれ故郷の仙台に住んでる……私も一度そっちに引っ越した」
「そうだったんだ」
そして、これは聞くべきかどうか、迷った。
「アマナツ」
「?」
「なんであのあと、追っかけて来てくれなかったの?」
「私もこっちの世界に帰ろうと思ったんだけど、ウォークマン、消えちゃってた。ハハハ……アレ、ハッサクと一緒にタイムスリップして未来へ飛んでったわけじゃないのか……どこに行っちゃったんだろうね」
「そうだったんだ……ごめん。気が変わったんじゃないかって、君を疑ってた」
「まあそう思うよね、普通……今さらいいよ」
「でも、過ぎちゃった時間は取り戻せない」
「そんなのいいよ。私だって無駄に生きてきたわけじゃないんだから……それに、本当に戻る気があれば、また試してみればよかったわけだし……お小遣いをためてウォークマンとテープを買って、君がやったみたいにね」
「……どうして、そうしなかったの?」
「ごめん……私、ウソついた。やっぱり、ハッサクが言う通り、気が変わっていたんだと思う……うまくできっこないよねって言い訳して、これが運命なんだって言い聞かせて……それを自分で変えようという、強い気持ちも勇気も、ずっと持てなかった……私自身の絵の具も筆も持てなかった……だから、私が悪いの。本当にごめんなさい」
彼女は頭を下げ、そう謝った。しばらくそのまま顔を上げなかった。
お母さんがいてくれる人生、お母さんがいないことがわかっている人生。あれからもきっと甘夏は思い悩んだに違いない。
「もうちょっと、ちゃんと話す……ハッサクと原宿の竹下通りにデートに行ったとき、人混みに飲まれて君とはぐれてしまったことがあったんだけど……憶えてるかな?」
「うん、憶えている」
「……そのとき、思ったんだ。未来からはじき出されて、過去の世界に飛ばされても、そこに自分は同化できない……何者にもなれないんだって……だからすごく怖かった」
「多分、そうじゃないかと思ってた」
「わかってくれてたんだ……だから、あの世界には母がいてくれたけど、ここにはいられないって思ったんだ」
「そうだったんだ……なのに、なぜ……」
甘夏は顔を上げて笑みを浮かべた。
「でもね、ハッサクが戻ってしまってからすごく落ち込んでたんだけど、だんだん変わってきた。私もこの世界の一員になれるかも知れないって。それは、もちろん両親が可愛がってくれたっていうのもあるけど、アケ、タマ、ヒカリ……そしてカズヤたちがいてくれたのが大きいんだと思う」
「そうだよね……ところでカズヤたちはどうしているんだろう?」
「そうね……高校はみんな別々になっちゃったしね」
そう言いながら、甘夏は片手を上げて、展示ゾーンの入口あたりに向かって手を振った。それに気づいて笑顔で手を振り返したのは、確かこの『JAPAN 198X』に入場したときに、ゾーン全体の説明や司会進行をしてくれた女性だ。気のせいか、昭和でも令和でも放送部員だったヒカリに、どこか似ているような気もする。
ぼくは甘夏に目線を戻した。
「なにも君を責められない。だいたい、すべての原因を作ったのは、ぼくだ」
「でも、こうやってハッサクは私に会いに来てくれた」
「そう言ってくれてありがとう……でも、できれば、君からも会いに来てほしかったな。ぼくの居場所、わかってたわけだし」
「いやいや! 仙台から東京に戻って来たとき、ちゃんと赤羽台に行ったんだよ。エリマキコアラを返しに……でも、ちょっと早すぎたかな。小っちゃいハッサクに『おばさん、誰?』って言われたもん」
「うわ! そうだったんだ……そっちもごめん」
ぼくはリュックからぶら下がっているキーホルダーを握りしめる。
「だからね、待つことにしたの。ハッサクがこっちの世界に帰ってくるときを。私に気づいてくれるときを」
平日の昼過ぎだからか、展示コーナーは閑散としている。
アマナツはウォークマンの展示台の脇にあるハイカウンター席にぼくを座らせ、隣に腰かけた。
「あのとき……ぼくがここでウォークマンを聴いてみたいって言ったとき、なんで君は、ぼく……ぼくとアマナツを止めてくれなかったのかな? しかも、シンディ・ローパーを勧めた。こうなることがわかっていたのに」
説明スタッフさんは少しの間、黙り込んだ。
「それも謝らないとね、ごめんなさい。理由は二つあって。一つは、私のエゴ……『君たち』が1984年の世界に行ってくれないと、私が消えてしまうと思ったから」
「えーと……ややこしいけど確かにそうなるよね……で、もう一つは?」
「それは、私が経験して知っていたから」
「?」
「1984年に素敵な時間が待っていることを。私とハッサクが過ごした、忘れられない思い出……私はそれを胸に、今まで生きてきた……そして、また会うことができた」
「もっと早く会いたかった……」
「ハハハ、私がおばさんになる前に?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「『私がオバさんになっても』って曲が出たとき、君はまだ生まれてなかったよね。それ聴いてほしかったな……あ、今でもネットで聴けるか」
「?」
「フフフ、冗談よ」
そう言ってワンレン・ボディコン制服の女性はさびしそうに微笑んだ。
「話が変わるけど、ぼくがこっちの世界に戻ってみたら、君は家族ごと消えてしまっていた。ひょっとして1984年の世界では、ぼくはもちろん、ぼくの家族もいなくなっていたのかな?」
「うん、気がついたら、今井家はいつのまにか、いなくなってた。そして誰もそのことを気にしてなかった……私以外に」
「不思議だ、いったいどうなっているんだろう?」
アマナツは立ち上がるとウォークマンの展示台に近づき、製品を手にとった。
「それは不思議よね……でも私、ここでの仕事を始めてから、こうじゃないかなって思っていることがあるの」
「?」
「カセットテープ」
「?」
「巻き戻して再生できる」
「え?」
「私たちのこの不思議な現象、うまく説明できるかわからないけど……パラレルワールドみたいに、ハッサクや私がそれぞれの世界に何人もいるわけじゃなくて、存在するのは一人だけ。たった一人のハッサクが時間を巻き戻して、もう一度やり直すの。過去をちょっとずつ上書きし直しながらね……時間と空間がもつれあった世界を」
「時間と、空間が、もつれあった……か」
「そう。ラノベ好き、アナログ好きなハッサクにはピッタリなお話でしょ、あはは」
ぼくはアマナツの大胆な説に驚いた。と同時に、以前彼女がここの説明員として語った『カセットテープの音楽が、普段見ている景色をガラッと変えてしまったのですから』という言葉を思い出した。
「あ、アナログといえば……ちょっと待ってて」
と言うとアマナツはその場を離れ、『Staff Only』というプレートの貼られたドアを開けて出ていってしまった。
一分もかからずに戻ってきた彼女が手にしていたのは、黄色いノート。
「それは、ぼくたちの交換日記⁉」
「そうよ、憶えていてくれたんだ」
「もちろん……ひょっとして、いつも持ち歩いているの?」
「そうよ、肌身離さず……なんてね、今日はたまたまバッグに入れていた。さすがにボロボロ、ヨレヨレになっちゃったね」
そう言って彼女はぼくにノートを手渡した。
ページをめくる。最後のページにたどり着いた。それを横からのぞいていた彼女がぼくの目を見つめた。
「あの日、クリスマス・イブの日……ハッサクとの待ち合わせまでに時間があったから書いてみたの」
「読んでいい?」
「好きなだけどうぞ……でもまさか、本当にハッサクに読んでもらえるときがやってくるなんて思ってもいなかったわ」
――――
12月24日 木曜
甘夏からハッサクへ
いよいよ元いた世界に戻ることになったね。
大丈夫。全然後悔してないよ。
グリコじゃんけんで三連敗したら、ああ、これが私の運命なんだって、なんかスッキリした。
でもね正直、本当にうまく帰れるのかな、不安がないと言えば、ウソになる。
いろいろと考えてしまうんだよね。
二人とも一緒に帰れればいいんだけど、
うまくいかないで二人とも帰れなかったり、私だけ帰れてハッサクがこっちに残ったり……これ、サイアクだね。
あと、ハッサクは帰れたけど私だけが残ってしまったり。
こういうこと考えちゃいけないなと思うんだけど、こうやって待っている間にどうしてもよくないことが頭に浮かんでしまう。そして、もしそうなってしまったら、どうすればいいんだろうって。
ハッサクは十分わかってると思うけど、私すぐに迷っちゃったり諦めたりするから、もしもうまくいかなかったら、そのまま立ち止まってしまうかも知れない。
でも、思うんだ。ハッサクは、そんな私の前を歩いて、振り向いてくれて、いつも引っぱってきてくれた。
例えばあの日。
私をちゃんと見つけてくれて、手を引いて、竹下通りの混雑からブラームスの小径に連れ出してくれたように。
だから、今回うまくいかなくても、ハッサクならなんとかしてくれる。また私を見つけて一緒に歩いてくれるって信じてる。
うん、信じてるよ。
あ、もうすぐ待ち合わせの時間だ。
このノートに書いたことが、ただの取り越し苦労になりますように。
さあ! 出発のときがやってきた!
――――
「そうか……そういうことなら」
「どうかしたの?」
ぼくが動かなくちゃ、いけないんだ。
「アマナツ、またウォークマンでシンディ・ローパーを聴かせて欲しい」
「ど、どういうこと?」
「ぼくは、もう一度1984年に行く。君に会いに行くんだ」
「そ、そんな……だってまた同じ世界に行ける保証なんてないよ?」
「うん、でもきっと大丈夫だよ……というか、行かなくちゃいけないんだ」
「どうしてなの?」
「だって、『タイム アフター タイム』の歌が流れるなか、ほかでもない君が教えてくれたじゃないか?」
「そうだったかしら?」と微笑む甘夏。
「ずっとあなた愛してる ずっとあなたを待っている……って……君から、ぼくへ」
「……確かに。その通りよ」
ぼくが甘夏の思い、願いを受け取っていたと知って、彼女は嬉しそうだ。
「君の運命を選びなおそう……いや、変えるんだ。ぼくたちで、変わろう」
「ありがとう……わかった」
これでいいんだ……いいんだよな? でも……
「一つだけ甘夏に聞いておきたい……確かめておきたい」
「なにかな?」
「君は、あのときから、今まで『甘夏の人生の一つ』を生きてきた」
「?」
「それは、君のお母さんが生きている人生だ」
「あ!」
「……もしぼくが君を連れ戻すことに成功したら、ここは、お母さんのいない人生に上書きされる」
アマナツは目を伏せ、沈黙する。
「……いいと思う……一回お母さんと一緒に過ごせたんだから」
「……こっちに戻ってきたときに、ひょっとしたら、その思い出は消えてしまっているかもしれない」
「……」
ぼくは、残酷な選択を甘夏に迫っているのかもしれない。きっとあのときから彼女が悩み続けた選択だ。やっぱりやめた方がいいのだろうか……
「いいよ……それでも、思い出はずっと私の中にあるはず。例え忘れてしまったとしても……あ、そうだ。カセットテープってね、何度も録音し直していると、前に入っていた音がうっすらと残っていることがあるのよ」
「そうなんだ……でも、本当にいいの?」
「あら、ハッサクは嫌なの? この私と一緒にいる未来が」
「嫌なわけ、ないだろ!」
「じゃあ、決まり!」
このコーナーの説明スタッフであるアマナツは、ぼくのためにウォークマンとシンディのカセットテープを用意してくれた。
「あっちの世界に行ったら、これと同じ、初代ウォークマンを探すの、忘れないでね。多分オーディオ製品の中古ショップなんかにあると思う……そういうの見つけるのは、ハッサク、得意でしょ?」
うん、わかったと受け取り、ぼくは。
二〇二七 マイナス 一九八四 イコール 四十三
彼女をギューッと、四十三年分抱きしめる。
肩に涙を感じた。
腕をほどいてアマナツを見つめる。
「『さびしい姫さま』を助けに行かなくちゃ」
「……うん、アスベル君を待ってる。あっちの世界の、私が」
ぼくは、巻き戻す、
シンディの『タイム アフター タイム』のテープを。
そして、
ボタンを押した。
再生。
(了)


