転生聖女の労働環境改革〜処刑まで残り180日。ブラック教会をホワイト化して生存ルートを勝ち取ります。監視役の騎士様がいつの間にか私にだけ過保護な最強の番犬に!
「ありがとうございます」
「君を、聖女という枠組みに押し込めておくのは惜しいと思う」
「……どうも。でも『聖女』っていう枠組みは、いずれ無くなるんじゃないでしょうか。崇拝の対象なら、偶像の方がいっそ思い通りに動いてくれますし」
まるで感情のこもらないビジネスライクな言葉に、今度はフェルディナンの方が顔を曇らせる番だった。
こんな話をするために、足を運んだわけではないというのに。
彼はもう一度、目の前の少女を静かに見る。
金色の髪、碧の潤んだ瞳。
大演説をこなした後のせいか若干の疲れが見られるが、頬は薔薇色に染まり、健康そうだった。
彼の知る、遠い記憶の中にいた『あの女性』と、とてもよく似ていた。
「私は……詫びるべき立場にあるのだろう。君の母を護れず、君を一人にした」
理央は漸く、強張っていた表情を崩し、小さく笑った。
ただしその笑みは、決して友好的な物ではない。
「そんなこと、今さらです。——でも、王太子殿下が、この身体の持ち主の父親は自分であると思っているなら、遠慮なく言わせてもらいますけど」
「……」
「先ほどの、私の話を理解していただけていたならば、『この身体の中に、今誰の魂が入っているのか』と疑うべきです。私にはリオの記憶は無い。知っているのは、ただの紙の記録としてだけ。彼女が何を考えていたのか理解しているのは、彼女だけ。……だからこそ、国の王太子として、どうこの歪んだ存在を見るのか。それだけ答えてください。親子の情なんて不要です」
真正面からぶつけられたその言葉に、フェルディナンは目を細める。
やがて深く息を吐き、視線を逸らさずに告げた。
「……国を導く者として、それでも私は、君という存在を必要とする」
「なるほど。それならいいわ」
理央は立ち上がり、王太子を真っ直ぐに見据える。
「私にとって、あなたは父親じゃない。ただの『無責任な実父』という他人よ。けれど——この身体にとっての血脈は、貴方に繋がるのかもしれない。ま、血は水よりも濃いって言葉もありますしね。そうね……これはあくまで『例えばの話』です。この国を変えるために、王太子殿下と、聖女――もしくはその代弁者とは、『業務提携』を結んで手を組むことはできるのかもしれませんね」
毅然とした態度に、フェルディナンはほんの一瞬だけ、笑みを浮かべそうになった。
だがすぐにそれを飲み込み、深く頷いた。
「その強さが、君をここに立たせているのだな」
部屋を去る直前、彼は一度だけ振り返った。
「リオ。君が幸せであることを、父として祈ることくらいは赦せ」
少し猫背気味の背中が扉の向こうに消えると、理央は小さく肩を震わせ、長椅子に崩れ落ちた。
その呟きは、誰の耳にも届かなかった。
「……これでいいのかな……。私には貴女の気持ちを代弁する事ができないよ……ごめん、リオ」
擦り切れるほど読み返したリオの残した記録の中で、父を示唆する文はひとつしかなかった。
『おとうさまとおじいさまってどんな人なんだろう』