あなたをみてる
哲平は、目の前に立つ二人の刑事を睨んだ。
「何度言わせるんだよ」
「では、もう一度確認させてください」
「またかよ」
「事件当日の夜、どこにいました?」
哲平は苛立ったように息を吐いた。
「家だよ」
「ずっと?」
「……途中までは」
刑事が哲平を見る。
「途中まで?」
「ゲームしてたんだよ。オンラインで」
「誰かと?」
「ああ。いつも一緒にやってる奴らと」
哲平はポケットからスマートフォンを取り出そうとして、刑事に止められた。
「名前も連絡先も教える。そいつらに聞けば分かるから」
「何時ごろまでゲームを?」
「時間なんか、いちいち見てねえよ」
「ゲームをやめたあとは?」
哲平が黙る。
刑事はその顔を見つめた。
「武藤さん?」
「……店に行った」
「沖島さんに会うため?」
「そうだよ」
「何のために?」
「前にも言っただろ。話があったんだよ」
「店を辞めさせられたことについて?」
「……ああ」
「つまり、沖島さんに腹を立てていた」
哲平が刑事を睨んだ。
「勝手に話作んなよ」
「違いますか?」
「納得できなかっただけだ」
「何が違うんです?」
「殺したいほど憎んでたわけじゃねえ!」
哲平の声が響いた。
刑事は表情を変えない。
「ゲーム仲間については確認します」
「勝手にしろよ」
哲平は吐き捨てた。
「そうすりゃ、俺が家にいたって分かるから」
その日の午後。
警察は、哲平が話したゲーム仲間に確認を取った。
哲平が嘘をついていたわけではなかった。
事件当日の夜。
確かに哲平は、自宅からオンラインゲームに参加していた。
ボイスチャットも繋いでいた。
『哲平? いましたよ』
電話の向こうで、ゲーム仲間の一人が答える。
『普通に喋ってました』
「何時ごろまで一緒でしたか?」
『えーっと……』
少し間があった。
『途中で抜けたんですよ』
刑事のペンが止まる。
「途中で?」
『はい。「ちょっと出てくる」って』
「戻ってきましたか?」
『いや。その日は戻ってこなかったと思います』
「何時ごろ抜けたか分かりますか?」
『履歴見れば、たぶん』
警察はゲームの記録も確認した。
哲平がログアウトした時間。
防犯カメラに哲平が映った時間。
そして、沖島真司が殺害されたと考えられる時間帯。
刑事は三つの資料を机に並べた。
「……なるほどな」
隣にいた刑事が腕を組む。
「本人はアリバイのつもりだったんでしょうね」
「途中までは、確かにアリバイだ」
「問題はそのあとか」
ゲームを抜けた。
家を出た。
店へ向かった。
そして――
店から走って逃げた。
刑事は防犯カメラの静止画を見つめた。
「ゲーム仲間に確認しました」
取調室。
哲平は椅子に座り、刑事と向かい合っていた。
「ほらな」
哲平が少しだけ得意そうな顔をする。
「俺、家にいただろ?」
「はい。途中までは」
哲平の表情が止まった。
「……途中まで?」
「あなたはゲームを抜けていますね」
「だから、そのあと店に行ったって言ってんだろ」
「ゲームを抜けたあと、あなたがどこにいたのか。それを証明できる人は?」
「……」
「いますか?」
「いねえよ」
哲平が苛立ったように答える。
「一人で店まで行ったんだから、いるわけねえだろ」
「つまり、その時間のアリバイはない」
「は?」
「沖島さんが殺害されたと考えられる時間帯です」
哲平が机を叩いた。
「だから俺が行ったときには、もう死んでたんだよ!」
「それを証明できる人はいません」
「防犯カメラがあるだろ!」
「あなたが店へ入ったことと、走って出ていったことは映っています」
刑事は静かに続けた。
「店内で何があったのかまでは、それだけでは分かりません」
「……ふざけんなよ」
哲平の声が低くなる。
「俺は店長を見つけただけだ」
「そして通報せず逃げた」
「怖かったんだよ!」
「何度も聞きました」
「だったら分かるだろ!」
「分かるからこそ確認しているんです」
「何をだよ!」
刑事は哲平を真っ直ぐ見た。
「なぜ、あなたがそこまで疑われることを恐れたのか」
哲平は言葉を失った。
そのころ。
奏とゆかりは駅前のカフェにいた。
ゆかりはアイスティーを注文する。
「……哲平くん、大丈夫かな」
奏がゆかりを見る。
「心配?」
「だって、一緒に働いてた人だもん」
「でも、店長と揉めてたし」
「奏くんだって哲平くんと揉めたでしょ」
「それは……そうだけど」
ゆかりが小さく笑う。
「じゃあ奏くんも犯人?」
「何でそうなるんだよ」
「冗談」
「笑えないって」
「ごめん」
ゆかりは運ばれてきたアイスティーに口をつけた。
奏は少し考えてから言った。
「でも……哲平じゃない気がする」
「どうして?」
「分かんないけど」
「ふぅん」
「何だよ」
「奏くんって、意外と人を信じるんだね」
「そうか?」
「うん」
ゆかりはそれ以上、何も言わなかった。
数日後。
哲平は再び警察署にいた。
もう何度目か分からない。
「俺、仕事探さなきゃいけねえんだけど」
「もう少しだけお願いします」
「毎回それじゃん」
哲平は椅子にもたれた。
「聞きたいことは全部聞いただろ」
「では、最後にもう一度」
「何だよ」
「事件当日の夜、沖島さんを殺害していませんね?」
哲平は刑事を睨んだ。
「してねえよ」
「間違いありませんか?」
「何回言わせんだよ」
「分かりました」
刑事が資料を閉じる。
哲平は立ち上がった。
「もう帰っていいんだろ?」
「今日は結構です」
「……ったく」
哲平は取調室を出ていった。
扉が閉まる。
しばらくして、別の刑事が入ってきた。
「どうだった?」
「供述は変わりません」
「店へ行ったときには、すでに死亡していた?」
「それを繰り返しています」
「アリバイは?」
「ありません」
資料が机に置かれる。
「動機はある。事件が起きたと考えられる時間帯にアリバイがない。現場にもいた。そして遺体を発見して通報せず逃げた」
「ただ……」
刑事が言葉を止める。
「何だ?」
「決め手がありません」
部屋が静かになる。
「引き続き調べろ」
「はい」
警察署を出た哲平は、大きく息を吐いた。
「……最悪だ」
スマートフォンを見る。
ゲーム仲間からメッセージが届いていた。
―警察から電話きたぞ。お前何したんだよ―
哲平は返信しようとして――やめた。
「何もしてねえよ……」
誰に言うでもなく呟く。
そのまま歩き出した。
一方、別の捜査員たちは、かの子についても調べを続けていた。
第一発見者であること。
事件の直前、匿名の電話を受けて自宅を出ていること。
そして、真司の不倫を知ったあと、包丁を向けて「殺す」と口にしていたこと。
警察が確認していたのは、事件当夜のかの子の行動だった。
「電話を受けたのは、この時間で間違いありませんね?」
「……はい」
「そのあと、すぐに家を出た?」
「はい。真司に確かめなきゃって……それしか考えてませんでした」
「店へ着くまで、どこかに立ち寄りましたか?」
「いいえ」
「それを証明できる人は?」
かの子は黙った。
やがて、小さく首を横に振る。
「……いません」
捜査員が手元の資料に書き込む。
「電話をしてきた人物について、もう一度聞かせてください」
「前にも話しました。知らない人です」
「声にも心当たりはない?」
「ありません」
「内容は?」
かの子は唇を噛んだ。
「真司と……鮎田さんが、まだ切れていないって」
「それを聞いて、腹が立った?」
「……はい」
「以前、ご主人に包丁を向けたときと同じくらい?」
かの子が顔を上げた。
「だから、私は殺してません!」
「決めつけているわけではありません。確認です」
「私が店に着いたときには、もう……!」
声が震える。
かの子は俯いた。
「それに……武藤くんがいたんです」
捜査員のペンが止まる。
「店から出てきた?」
「はい」
「間違いありませんか?」
「絶対とは言えません。でも、あれは武藤くんだったと思います」
捜査員はしばらく黙ってから、次の質問をした。
「匿名の電話については、こちらでも調べます」
「……あの電話、誰だったんでしょう」
「今のところ、分かっていません」
かの子は何も答えなかった。
翌朝。
哲平が自宅で眠っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「……誰だよ」
布団の中で目を開ける。
もう一度。
チャイムが鳴る。
哲平は髪をかきながら玄関へ向かった。
「はいはい……」
扉を開ける。
そこには、見覚えのある刑事たちが立っていた。
哲平の眠気が一瞬で消えた。
「……何だよ」
刑事の一人が哲平を見る。
「武藤哲平さん」
「だから何だよ」
「沖島真司さん殺害の容疑で――」
哲平の顔が強張る。
「あなたを逮捕します」
「……は?」
数秒、哲平は動かなかった。
「ちょっと待てよ」
刑事が一歩前へ出る。
哲平は後ずさった。
「待てって!」
「武藤さん」
「俺じゃねえ!」
哲平の声が響く。
「何回言えば分かるんだよ!」
刑事たちは何も答えない。
「俺が店に行ったときには――」
哲平の声が震えた。
「店長は、もう死んでたんだよ!」
その言葉を最後に、哲平は連れていかれた。
「何度言わせるんだよ」
「では、もう一度確認させてください」
「またかよ」
「事件当日の夜、どこにいました?」
哲平は苛立ったように息を吐いた。
「家だよ」
「ずっと?」
「……途中までは」
刑事が哲平を見る。
「途中まで?」
「ゲームしてたんだよ。オンラインで」
「誰かと?」
「ああ。いつも一緒にやってる奴らと」
哲平はポケットからスマートフォンを取り出そうとして、刑事に止められた。
「名前も連絡先も教える。そいつらに聞けば分かるから」
「何時ごろまでゲームを?」
「時間なんか、いちいち見てねえよ」
「ゲームをやめたあとは?」
哲平が黙る。
刑事はその顔を見つめた。
「武藤さん?」
「……店に行った」
「沖島さんに会うため?」
「そうだよ」
「何のために?」
「前にも言っただろ。話があったんだよ」
「店を辞めさせられたことについて?」
「……ああ」
「つまり、沖島さんに腹を立てていた」
哲平が刑事を睨んだ。
「勝手に話作んなよ」
「違いますか?」
「納得できなかっただけだ」
「何が違うんです?」
「殺したいほど憎んでたわけじゃねえ!」
哲平の声が響いた。
刑事は表情を変えない。
「ゲーム仲間については確認します」
「勝手にしろよ」
哲平は吐き捨てた。
「そうすりゃ、俺が家にいたって分かるから」
その日の午後。
警察は、哲平が話したゲーム仲間に確認を取った。
哲平が嘘をついていたわけではなかった。
事件当日の夜。
確かに哲平は、自宅からオンラインゲームに参加していた。
ボイスチャットも繋いでいた。
『哲平? いましたよ』
電話の向こうで、ゲーム仲間の一人が答える。
『普通に喋ってました』
「何時ごろまで一緒でしたか?」
『えーっと……』
少し間があった。
『途中で抜けたんですよ』
刑事のペンが止まる。
「途中で?」
『はい。「ちょっと出てくる」って』
「戻ってきましたか?」
『いや。その日は戻ってこなかったと思います』
「何時ごろ抜けたか分かりますか?」
『履歴見れば、たぶん』
警察はゲームの記録も確認した。
哲平がログアウトした時間。
防犯カメラに哲平が映った時間。
そして、沖島真司が殺害されたと考えられる時間帯。
刑事は三つの資料を机に並べた。
「……なるほどな」
隣にいた刑事が腕を組む。
「本人はアリバイのつもりだったんでしょうね」
「途中までは、確かにアリバイだ」
「問題はそのあとか」
ゲームを抜けた。
家を出た。
店へ向かった。
そして――
店から走って逃げた。
刑事は防犯カメラの静止画を見つめた。
「ゲーム仲間に確認しました」
取調室。
哲平は椅子に座り、刑事と向かい合っていた。
「ほらな」
哲平が少しだけ得意そうな顔をする。
「俺、家にいただろ?」
「はい。途中までは」
哲平の表情が止まった。
「……途中まで?」
「あなたはゲームを抜けていますね」
「だから、そのあと店に行ったって言ってんだろ」
「ゲームを抜けたあと、あなたがどこにいたのか。それを証明できる人は?」
「……」
「いますか?」
「いねえよ」
哲平が苛立ったように答える。
「一人で店まで行ったんだから、いるわけねえだろ」
「つまり、その時間のアリバイはない」
「は?」
「沖島さんが殺害されたと考えられる時間帯です」
哲平が机を叩いた。
「だから俺が行ったときには、もう死んでたんだよ!」
「それを証明できる人はいません」
「防犯カメラがあるだろ!」
「あなたが店へ入ったことと、走って出ていったことは映っています」
刑事は静かに続けた。
「店内で何があったのかまでは、それだけでは分かりません」
「……ふざけんなよ」
哲平の声が低くなる。
「俺は店長を見つけただけだ」
「そして通報せず逃げた」
「怖かったんだよ!」
「何度も聞きました」
「だったら分かるだろ!」
「分かるからこそ確認しているんです」
「何をだよ!」
刑事は哲平を真っ直ぐ見た。
「なぜ、あなたがそこまで疑われることを恐れたのか」
哲平は言葉を失った。
そのころ。
奏とゆかりは駅前のカフェにいた。
ゆかりはアイスティーを注文する。
「……哲平くん、大丈夫かな」
奏がゆかりを見る。
「心配?」
「だって、一緒に働いてた人だもん」
「でも、店長と揉めてたし」
「奏くんだって哲平くんと揉めたでしょ」
「それは……そうだけど」
ゆかりが小さく笑う。
「じゃあ奏くんも犯人?」
「何でそうなるんだよ」
「冗談」
「笑えないって」
「ごめん」
ゆかりは運ばれてきたアイスティーに口をつけた。
奏は少し考えてから言った。
「でも……哲平じゃない気がする」
「どうして?」
「分かんないけど」
「ふぅん」
「何だよ」
「奏くんって、意外と人を信じるんだね」
「そうか?」
「うん」
ゆかりはそれ以上、何も言わなかった。
数日後。
哲平は再び警察署にいた。
もう何度目か分からない。
「俺、仕事探さなきゃいけねえんだけど」
「もう少しだけお願いします」
「毎回それじゃん」
哲平は椅子にもたれた。
「聞きたいことは全部聞いただろ」
「では、最後にもう一度」
「何だよ」
「事件当日の夜、沖島さんを殺害していませんね?」
哲平は刑事を睨んだ。
「してねえよ」
「間違いありませんか?」
「何回言わせんだよ」
「分かりました」
刑事が資料を閉じる。
哲平は立ち上がった。
「もう帰っていいんだろ?」
「今日は結構です」
「……ったく」
哲平は取調室を出ていった。
扉が閉まる。
しばらくして、別の刑事が入ってきた。
「どうだった?」
「供述は変わりません」
「店へ行ったときには、すでに死亡していた?」
「それを繰り返しています」
「アリバイは?」
「ありません」
資料が机に置かれる。
「動機はある。事件が起きたと考えられる時間帯にアリバイがない。現場にもいた。そして遺体を発見して通報せず逃げた」
「ただ……」
刑事が言葉を止める。
「何だ?」
「決め手がありません」
部屋が静かになる。
「引き続き調べろ」
「はい」
警察署を出た哲平は、大きく息を吐いた。
「……最悪だ」
スマートフォンを見る。
ゲーム仲間からメッセージが届いていた。
―警察から電話きたぞ。お前何したんだよ―
哲平は返信しようとして――やめた。
「何もしてねえよ……」
誰に言うでもなく呟く。
そのまま歩き出した。
一方、別の捜査員たちは、かの子についても調べを続けていた。
第一発見者であること。
事件の直前、匿名の電話を受けて自宅を出ていること。
そして、真司の不倫を知ったあと、包丁を向けて「殺す」と口にしていたこと。
警察が確認していたのは、事件当夜のかの子の行動だった。
「電話を受けたのは、この時間で間違いありませんね?」
「……はい」
「そのあと、すぐに家を出た?」
「はい。真司に確かめなきゃって……それしか考えてませんでした」
「店へ着くまで、どこかに立ち寄りましたか?」
「いいえ」
「それを証明できる人は?」
かの子は黙った。
やがて、小さく首を横に振る。
「……いません」
捜査員が手元の資料に書き込む。
「電話をしてきた人物について、もう一度聞かせてください」
「前にも話しました。知らない人です」
「声にも心当たりはない?」
「ありません」
「内容は?」
かの子は唇を噛んだ。
「真司と……鮎田さんが、まだ切れていないって」
「それを聞いて、腹が立った?」
「……はい」
「以前、ご主人に包丁を向けたときと同じくらい?」
かの子が顔を上げた。
「だから、私は殺してません!」
「決めつけているわけではありません。確認です」
「私が店に着いたときには、もう……!」
声が震える。
かの子は俯いた。
「それに……武藤くんがいたんです」
捜査員のペンが止まる。
「店から出てきた?」
「はい」
「間違いありませんか?」
「絶対とは言えません。でも、あれは武藤くんだったと思います」
捜査員はしばらく黙ってから、次の質問をした。
「匿名の電話については、こちらでも調べます」
「……あの電話、誰だったんでしょう」
「今のところ、分かっていません」
かの子は何も答えなかった。
翌朝。
哲平が自宅で眠っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「……誰だよ」
布団の中で目を開ける。
もう一度。
チャイムが鳴る。
哲平は髪をかきながら玄関へ向かった。
「はいはい……」
扉を開ける。
そこには、見覚えのある刑事たちが立っていた。
哲平の眠気が一瞬で消えた。
「……何だよ」
刑事の一人が哲平を見る。
「武藤哲平さん」
「だから何だよ」
「沖島真司さん殺害の容疑で――」
哲平の顔が強張る。
「あなたを逮捕します」
「……は?」
数秒、哲平は動かなかった。
「ちょっと待てよ」
刑事が一歩前へ出る。
哲平は後ずさった。
「待てって!」
「武藤さん」
「俺じゃねえ!」
哲平の声が響く。
「何回言えば分かるんだよ!」
刑事たちは何も答えない。
「俺が店に行ったときには――」
哲平の声が震えた。
「店長は、もう死んでたんだよ!」
その言葉を最後に、哲平は連れていかれた。