むすび洋菓子店 ―人との縁と縁をつなぐ―
むすび洋菓子店
湯布院の朝は、静かだった。
観光客で賑わう通りから少し離れた、木々に囲まれた細い道。
その坂道を上った先に、一軒の小さな洋菓子店がある。
白い壁に、木製の扉。
軒先には、新しく作り直した看板が掛かっていた。
そこには、優しい文字でこう書かれている。
むすび洋菓子店
その下には、もう一つの言葉。
――人との縁と縁をつなぐ
結月は、店の前でその看板を見上げていた。
「……やっと、ここまで来た」
手の中には、店の鍵。
何度も迷った。
本当に、もう一度お店を開けていいのか。
過去を引きずったままでも、お菓子を作っていいのか。
それでも、もう一度だけ。
ここで、お菓子を作りたかった。
誰かが大切な人を思い出せるような。
誰かと誰かの距離が、少し近くなるような。
そんなお菓子を。
結月は鍵を回した。
カチャリ。
扉を開ける。
カラン――。
小さなベルの音が、誰もいない店内に響いた。
懐かしい。
甘い香り。
磨き上げたショーケース。
厨房の奥には、使い慣れたオーブン。
結月はエプロンを身につけると、厨房へ向かった。
最初に作るものは決めていた。
チーズケーキ。
この店の看板商品。
そして、結月(ゆづき)にとっても特別なお菓子。
クリームチーズをボウルに入れる。
砂糖を加え、ゆっくり混ぜる。
卵を一つずつ加えていく。
その手つきは、昔から変わらない。
――高校生の頃も、こうして作っていた。
放課後の教室。
誰もいなくなった教室で、結月は小さな箱を開けた。
『これ、食べて』
箱の中には、手作りのチーズケーキ。
『俺、結月のチーズケーキ好き』
そう言って笑ったのは――秀だった。
「……」
結月の手が止まる。
思い出したくないわけじゃない。
忘れたいわけでもない。
ただ、もう昔のことだから。
結月は小さく息を吐いて、再び生地を混ぜ始めた。
「今日からは、この店のお客様のため」
そう呟いて、オーブンに生地を入れる。
しばらくすると、厨房いっぱいにチーズの甘い香りが広がった。
焼き上がったチーズケーキを冷まし、ショーケースの中央へ。
その隣には、苺のショートケーキ。
季節のタルト。
小さな焼き菓子。
どれも、結月が一つひとつ丁寧に作ったもの。
時計を見る。
開店時間まで、あと少し。
結月は店の外へ出て、もう一度看板を見上げた。
むすび洋菓子店
――人との縁と縁をつなぐ
「たくさんの人の縁が、ここでつながりますように」
そう願って、結月は扉を開けた。
カラン――。
「いらっしゃいませ」
最初のお客様を迎える。
それから何人かのお客様が訪れた。
「このチーズケーキ、美味しいですね」
「ありがとうございます」
結月は笑った。
その笑顔には、少しだけ涙が混じっていた。
自分の作ったお菓子を誰かが喜んでくれる。
それだけで、もう一度ここを始めてよかったと思えた。
その日の夕方。
最後のお客様を見送った結月は、ショーケースを眺めていた。
チーズケーキが、一つだけ残っている。
「……秀も、好きだったな」
また名前を口にしてしまった。
結月は苦笑する。
もう会うことはない。
そう思っていた。
まさか数日後。
湯布院へ遊びに来た一人の男性が、ふとこの店に立ち寄ることになるなんて。
そして、その男性が――
秀だということを。
結月は、まだ知らなかった。
観光客で賑わう通りから少し離れた、木々に囲まれた細い道。
その坂道を上った先に、一軒の小さな洋菓子店がある。
白い壁に、木製の扉。
軒先には、新しく作り直した看板が掛かっていた。
そこには、優しい文字でこう書かれている。
むすび洋菓子店
その下には、もう一つの言葉。
――人との縁と縁をつなぐ
結月は、店の前でその看板を見上げていた。
「……やっと、ここまで来た」
手の中には、店の鍵。
何度も迷った。
本当に、もう一度お店を開けていいのか。
過去を引きずったままでも、お菓子を作っていいのか。
それでも、もう一度だけ。
ここで、お菓子を作りたかった。
誰かが大切な人を思い出せるような。
誰かと誰かの距離が、少し近くなるような。
そんなお菓子を。
結月は鍵を回した。
カチャリ。
扉を開ける。
カラン――。
小さなベルの音が、誰もいない店内に響いた。
懐かしい。
甘い香り。
磨き上げたショーケース。
厨房の奥には、使い慣れたオーブン。
結月はエプロンを身につけると、厨房へ向かった。
最初に作るものは決めていた。
チーズケーキ。
この店の看板商品。
そして、結月(ゆづき)にとっても特別なお菓子。
クリームチーズをボウルに入れる。
砂糖を加え、ゆっくり混ぜる。
卵を一つずつ加えていく。
その手つきは、昔から変わらない。
――高校生の頃も、こうして作っていた。
放課後の教室。
誰もいなくなった教室で、結月は小さな箱を開けた。
『これ、食べて』
箱の中には、手作りのチーズケーキ。
『俺、結月のチーズケーキ好き』
そう言って笑ったのは――秀だった。
「……」
結月の手が止まる。
思い出したくないわけじゃない。
忘れたいわけでもない。
ただ、もう昔のことだから。
結月は小さく息を吐いて、再び生地を混ぜ始めた。
「今日からは、この店のお客様のため」
そう呟いて、オーブンに生地を入れる。
しばらくすると、厨房いっぱいにチーズの甘い香りが広がった。
焼き上がったチーズケーキを冷まし、ショーケースの中央へ。
その隣には、苺のショートケーキ。
季節のタルト。
小さな焼き菓子。
どれも、結月が一つひとつ丁寧に作ったもの。
時計を見る。
開店時間まで、あと少し。
結月は店の外へ出て、もう一度看板を見上げた。
むすび洋菓子店
――人との縁と縁をつなぐ
「たくさんの人の縁が、ここでつながりますように」
そう願って、結月は扉を開けた。
カラン――。
「いらっしゃいませ」
最初のお客様を迎える。
それから何人かのお客様が訪れた。
「このチーズケーキ、美味しいですね」
「ありがとうございます」
結月は笑った。
その笑顔には、少しだけ涙が混じっていた。
自分の作ったお菓子を誰かが喜んでくれる。
それだけで、もう一度ここを始めてよかったと思えた。
その日の夕方。
最後のお客様を見送った結月は、ショーケースを眺めていた。
チーズケーキが、一つだけ残っている。
「……秀も、好きだったな」
また名前を口にしてしまった。
結月は苦笑する。
もう会うことはない。
そう思っていた。
まさか数日後。
湯布院へ遊びに来た一人の男性が、ふとこの店に立ち寄ることになるなんて。
そして、その男性が――
秀だということを。
結月は、まだ知らなかった。
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