むすび洋菓子店 〜人との縁と縁をつなぐ〜

むすび

 午後の「むすび洋菓子店」。

 今日もたくさんのお客さんで賑わっていた。

 小さな看板娘――三歳になったいのりも、店の中をちょこちょこと歩いている。

「いらっしゃいませ!」

 元気な声が響いた。

 その声を聞いて、扉の前で一人の男性が足を止めた。

 秀だった。

 久しぶりに訪れた「むすび洋菓子店」。

 店の中に入る。

 そして――

 秀は、いのりを見つけた。

「……」

 一瞬、息が止まる。

 結月にそっくりだった。

 顔立ちも。

 笑ったときの雰囲気も。

 そして、左目の下にある小さな涙ぼくろも。

 まるで、幼い頃の結月を見ているようだった。

「……結月の子か」

 秀が小さく呟く。

「おじちゃん、ケーキ買うの?」

 いのりが首を傾げる。

「うん。買おうかな」

「チーズケーキ、おいしいよ!」

「そうか」

 秀は思わず笑った。

「じゃあ、それにしよう」

 ショーケースを見る。

 いつものチーズケーキ。

 そして、季節限定のケーキ。

 秀は少し迷ってから言った。

「チーズケーキと……むすびギフトを一つ」

「ありがとうございます」

 結月が箱を用意する。

 その姿を見て、秀は昔を思い出していた。

 高校生だった頃。

 結月が作ってくれたチーズケーキ。

 あの日から、ずっと好きだった。

 伝えられなかった想い。

 届かなかった恋。

 それでも――

 結月が幸せになったことを知った。

 るいと結婚して。

 いのりという、大切な家族ができて。

 秀は、いのりを見る。

「可愛いな」

「ありがとうございます!」

 いのりは嬉しそうに笑った。

 その笑顔が、また結月に重なった。

 会計を済ませる。

 秀はケーキとむすびギフトを受け取った。

 そして、結月をまっすぐ見つめた。

「結月」

「うん?」

「絶対に幸せになれよ」

「……秀」

「いのりちゃんのことも、幸せにしろよ」

 結月は、静かに頷いた。

「うん。もちろん」

 秀は少しだけ笑った。

「そっか」

 そして、一度だけ深く息を吐く。

「これで……卒業するわ」

「え?」

「高校のときからの片想い」

 結月は何も言えなかった。

 秀は笑って続ける。

「長かったな」

「……ありがとう、秀」

「こちらこそ」

 秀は、むすびギフトの入った袋を手に取った。

「じゃあな」

「うん。またね」

 秀は振り返り、店の扉へ向かった。

 カラン――。

 扉が開く。

 湯布院の街へ、一歩踏み出す。

 そして、もう振り返らなかった。

 長い長い片想いに、今日で終止符を打つ。

 それは悲しい別れではなかった。

 愛した人が幸せになることを願えるようになった――

 秀自身の、新しい一歩だった。

     *

 店の中では、いのりが結月の手を握っていた。

「ママ?」

「ん?」

「おじちゃん、また来るかな?」

 結月は、扉の向こうを見つめる。

 そして、優しく笑った。

「きっと、いつかね」

 るいが二人のそばにやってくる。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもないよ」

 結月は、いのりを抱き上げた。

 いのりは嬉しそうに笑う。

 るいも笑う。

 結月も笑う。

 店の中には、今日も甘いケーキの香りが漂っている。

 たくさんの人が訪れ、

 たくさんの縁が生まれ、

 たくさんの想いが、この場所で結ばれていく。

 むすび洋菓子店。

 ――人との縁と縁をつなぐ。

 結月が始めた小さなお店は、

 いつしか家族の物語になった。

 そして、いのりへ。

 母から娘へ。

 結ばれた縁は、これからも続いていく。

 甘い香りと、笑顔に包まれながら。

 ――物語は、ここで終わる。

 けれど、「むすび」は、これからも続いていく。
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