素敵なそのひとこと
〜ひとことで惚れ直した夜〜

"嬉しい"
そんな感情になったあの瞬間に戻りたかった。

妊娠12周目。
絶賛悪阻真っ最中の私は、
毎日が地獄に感じていた。
1人目の時はあんなに楽だったのに。

今はあんなに好きなはずのご飯が
何を食べても気持ち悪い。
朝起きれないとかそんなレベルではなく
動くことすら苦痛だった。

私1人ならば、横になって眠っていたい。
長女がむにゃむにゃと何かを言いながら
微笑んでいる寝顔を見ながら
アラームの音で起きると
起こさないようにリビングへの
扉を開けた。

仕方ないとわかっていてもつらい。
"動くしかない"
少しの意地で1日を始めるために
布団から這い出て朝ごはんを作る。
食べられるわけもなく、自分用の
コーヒーだけを淹れている間に
旦那の弁当を作る。
料理を作っている匂いさえも
えずくほどなのに。
子供を起こして着替えさせる。
私の用意した服が気に入らなかったのか
タンスから洋服を引っ張り出しては
放り投げ、これじゃない!!と叫ぶ。
まだ人生4年目の小人さんには
私の苦労を聞かせても通じない。
家事も育児も手伝ってくれる良き旦那。
そんな旦那にさえもイラついてしまう朝。
(何かひとつくらい負担減らしてよ…)
弁当を片手に仕事は出て行く背中に
舌打ちをしてみる。
聞こえるわけなどないのだから。
やっとの思いで娘の機嫌をとると
支度を済ませ玄関の戸を開ける。

駅までバスで10分。
普段ならなんてことないバスの揺れも
今の私には大敵だ。
空っぽの胃の中は二日酔いの朝のように
私に畳み掛けてくる。
必死にガムを噛みながら
吐き気を抑えようと努力をするが
ガムのレモンな風味さえも気持ち悪い。
今は隣にいる娘の話に相槌を打つのに精一杯で
まともに聞いてあげられないのが心苦しい。

駅前の保育園に娘を預けると
私の去っていく背中に泣きじゃくる
娘がいることに合間を感じながら
仕事へ向かう。
改札を抜けると、中年の加齢臭が染みついた
電車に息を止めて乗り込み、目を瞑る。
15分、、、、一駅なんだから、、、
心の中で何度も念仏のように唱えて
必死に平然を装う。

駅から直結の仕事場で助かった。
あと何日こんな日を続けるのだろう。
考えるだけで放り出したくなる。
妊娠報告のタイミングとは本当に難しいもので
リスクの高い初期は言わない人が多い。
長女の時は悪阻がなかったこともあって
直属の上司にだけ伝え、周りの人には
安定期に入るまで報告はしなかった。

(伝えるべきか、、、)

娘を保育園に預けてまで復帰したのは
この仕事が好きだからだ。
育児と両立しながらこなすには難の多い仕事だとは
わかっているが、一瞬でも気を抜けば
私の椅子など次の月には無くなる。
編集者とはそう言う世界だ。

打ち合わせ、デザイン変更、校閲からのゲラ直し
編集会議、新しい企画書の作成、、、、
仕事など山ほどあるから休む暇などほぼない。

今日は朝から絶不調の私は
ガムとコーヒーと言うエネルギーだけで
踏ん張っている。
とはいえ、仕事も容赦なく
私にダメージを与え続ける。

誤魔化しながらやっていたけれど
身体は言うことを聞いてくれず、
ついに会議中に限界が来た。

「すいません、ちょっと抜けますね」

一目散にトイレに駆け込むが
吐いても吐いても何も出てこない。
これが悪阻なんだ。
私は知らなかったんだ。
子供を持つことの大変さを。

少しでも顔色が良く見えるように
メイクを直して会議に戻る。
娘のお迎えまであと4時間、、、。
様子がおかしいと気づいた上司に呼び止められた。
「今日は帰ってもいいわよ」
「いえ、大丈夫です。」
「大丈夫じゃない。今さっきのゲラ直し、
 ミスだらけだったわよ。会議中も様子が変だった。」
「え、すいません、」
「嘘よ、ミスなんてなかったけどずっと辛そうだから」
「あ、、あの私なら平気です。」
「いいから。今日は帰りなさい」


女上司の勘なのだろうか、と思いながら
言葉に甘えて早退することにした。

娘を迎えに行くまで時間があるな、と思い
最寄駅に戻るとファーストフードポテトが目に入った。
何故だろう、食べれる気がした。

Sサイズのポテトとコーヒーを買う。
吐き気がしないご飯なんていつぶりだろう。
恐る恐る一本食べる。
食べれた。
嬉しくて早速2本目を頬張り嬉しくなる。
10分ほどで食べ終わり、お店を出たところで
嫌な予感がした。
(あ、ダメかも、、吐きそう)

駅のトイレに駆け込み、吐き出す。
ポテトはまだ消化されていなかった。
それと同時に体のだるさが増して
めまいがしてきた。

旦那にごめん、と言う気持ちでいっぱいになりながら
電話をかけた。
「もしもし、今忙しい?」
「いゃ、外回りの帰りだけど、今日は直帰だから
もう帰るとこだけど、どうかした?」
「ごめん、体調悪くて仕事早退したんだけど
お迎え行けそうにない」
「大丈夫か?とりあえず俺が迎えに行くから
先帰って休んでなよ」
「ごめん、ありがとう」
「何か食べれそうなものとかやって欲しいことあったらLINEしといて。夕飯は俺作るから気にしないで」
「ありがとう」

やっとの思いでタクシーに乗り込み、家に帰る。

ソファに倒れ込んだところで私の気力は尽きて
意識がなくなった。

ガチャ、っと玄関のドアが開く音がする。
意識がふわふわと回復している。
(帰ってきたのかな)

娘が上機嫌に旦那に園であった1日の出来事を
話している。
2人の笑い声を聞いていると微笑ましい。
その感情は変わらなかった。


私が横たわっているソファに気づくと
「ママ、もう夜だよ!なんで寝てるの!」
と不満そうに叫びながら駆け寄ろうとした。

すると旦那は娘を抱き抱え、言った。
「ママ、ちょっと今元気なくてお休みしてるんだ。
 だから、ネズミさんの声でパパとお話ししよう。
 その代わり今日の夜ご飯ははつむちゃんの
好きなハンバーグにしようね。パパが作るよ。」

「ちゃんとママのやつみたいにくまさんの形のだよ?」

「苦手だけど頑張るね」

「じゃぁ、しょうがないなぁ、いいよ」

「じゃ、パパが作ってる間座って本読んでてくれる?」

「わかった!」

娘をなだめて、大人しくさせるのは旦那の方が
得意なのかもしれない。
なんて言ったって娘は旦那のことが大好きだから。
いゃ、娘は私に対する反抗心剥き出しなのか。

旦那はそっと私を起こさないように
ブランケットをかけて水を置いてくれた。


[眠り姫]を読みながら、娘は質問をする。

「パパはつむちゃんのことだいすきでしょ?
 つむちゃんがねむりひめになったら
 起こしてくれる?」

「もちろんだよ」

「ママ、いま、ねむりひめだよ?起こさないの?」

「ママとつむはパパにとって1番大事な人なんだ。
 ママが元気ない時はパパはママに無理してほしく
ないからママより元気のあるパパが頑張るんだよ。
その分ママにはゆっくりして欲しいんだ。」

「パパ、ママのことだいすきなんだね」

「そうだよ、パパはママが大好きだ。」

起きてないふりをしていたが
嬉しすぎて涙が溢れる。
久しぶりに聞いた旦那の愛が刺さる。
幸せな気持ちに満たされて私はもう一度目を閉じた。



起きると、時計は23時を過ぎたところだった。
寝室を除くと寝かしつけをして
旦那も一緒に寝てしまっている。

ダイニングテーブルには一枚のメモが残されていた。

"いつもありがとう。
頑張りすぎず、無理せずね。
鍋にうどん入ってるから食べれそうなら
食べてね。"

たまごうどんは優しい味がした。
眠っているあどけない2つの寝顔に
そっと口付けをして眠りについた。

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