運命の糸〜世にも奇妙な男女の物語
すれ違った二人
すれ違った二人
「人生の最後に出会った人が、人生で最初から決められていた人だったとしたら?」
という、現在と過去を行き来する大人のラブ・ミステリーです。
2026年、人口わずか6万人ほどの地方都市。66歳の橘龍太郎は、長い人生を振り返りながら、これから先は静かに暮らしていこうと思っていた。そんなある日の夕方。いつものように車を走らせていると向こうから一台の車とすれ違った。ほんの数秒。二人はすれ違った。ただ、それだけだった。それは白鳥真子38歳の運転する車だ。その夜。龍太郎のスマートフォンに、一通のメッセージが届く。送り主は、昼間すれ違った女性だった。
「今日、どこかでお会いしましたよね?」
龍太郎は驚いた。彼女がついに頻発するすれ違いのシンクロ現象に気が付いたのだ。二人の出会いは、本当に偶然だったのか。それとも、何十年もの時を越えて結ばれていた「運命の糸」が、今になって二人を引き寄せたのか、龍太郎は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。
「今日、どこかでお会いしましたよね?」
短い一文。だが、その言葉には、龍太郎だけが知っている違和感があった。実は二人は、今日が初めてのすれ違いではなかった。一週間前にも、同じ交差点ですれ違っている。その三日後には、コンビニの駐車場。
そして昨日は、信号待ちをしている真子の車の横を、龍太郎が通り過ぎていた。ほんの数秒。いつも、言葉を交わすこともなく、互いの存在を確認するだけだった。それが何度も続いていた。
「まさか……彼女も気づいていたのか」
龍太郎は、ゆっくりと返信を打った。
「はい。私も、少し気になっていました」
送信してから、なぜか胸が高鳴った。66歳になった自分が、38歳の女性から届いた一通のメッセージに、こんなにも心を揺さぶられる。自分でも不思議だった。しばらくして、真子から返信が届く。
「やっぱり……」
そのあとに、もう一行。
「私たち、何度もすれ違っていますよね?」
龍太郎は息をのんだ。
「何度も」という言葉。
それは龍太郎が心の中で感じていたことと、まったく同じだった。二人は初めて、これまでの「偶然」を確認し合った。だが、まだ二人は知らなかった。この町で何度も繰り返されていたすれ違いには、もう一つの秘密があったことを。
十八年前
真子は、母親の遺品を整理していた。古びたアルバム。その中から、一枚の写真が落ちた。若い頃の母親と、見知らぬ男性が写っている。真子は写真の裏側を見た。そこには、母親の字で短く書かれていた。
「この人には、もう二度と会ってはいけない」
真子には、その男性が誰なのか分からなかった。ただ、不思議なことに、その男性の横顔には、どこか見覚えがあった。そして写真の日付を見た瞬間、真子の表情が変わる。
1988年。
今から38年前。その頃、龍太郎は28歳だった。一方、真子の母親は、まだ若い女性だった。真子は写真を握りしめた。
「この人……もしかして……」
その夜、真子は再び龍太郎にメッセージを送る。
「聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「1988年頃、あなたはこの町にいましたか?」
龍太郎の指が止まった。1988年。忘れようとしていた、遠い記憶。そして、その年には龍太郎自身も、決して人には話していない出来事があった。龍太郎はしばらく迷ったあと、返信した。
「いました」
真子からの返信は、すぐには来なかった。数分後。一枚の写真が送られてきた。龍太郎は、その写真を見た瞬間、顔色を失った。そこに写っていたのは、28歳の頃の自分だった。そして、その隣に立っていた若い女性。龍太郎は、その女性の名前を知っていた。
「……まさか」
38年という時間を越えて、封印されていた記憶が、ゆっくりと動き始める。そして龍太郎は、まだ知らなかった。目の前に現れた38歳の真子が、あの頃の女性とどんな関係にあるのかを。二人を結ぶ「運命の糸」は、2026年に始まったものではなかった。その糸は、1988年の夏から、すでに二人の人生を静かにつないでいた。
「人生の最後に出会った人が、人生で最初から決められていた人だったとしたら?」
という、現在と過去を行き来する大人のラブ・ミステリーです。
2026年、人口わずか6万人ほどの地方都市。66歳の橘龍太郎は、長い人生を振り返りながら、これから先は静かに暮らしていこうと思っていた。そんなある日の夕方。いつものように車を走らせていると向こうから一台の車とすれ違った。ほんの数秒。二人はすれ違った。ただ、それだけだった。それは白鳥真子38歳の運転する車だ。その夜。龍太郎のスマートフォンに、一通のメッセージが届く。送り主は、昼間すれ違った女性だった。
「今日、どこかでお会いしましたよね?」
龍太郎は驚いた。彼女がついに頻発するすれ違いのシンクロ現象に気が付いたのだ。二人の出会いは、本当に偶然だったのか。それとも、何十年もの時を越えて結ばれていた「運命の糸」が、今になって二人を引き寄せたのか、龍太郎は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。
「今日、どこかでお会いしましたよね?」
短い一文。だが、その言葉には、龍太郎だけが知っている違和感があった。実は二人は、今日が初めてのすれ違いではなかった。一週間前にも、同じ交差点ですれ違っている。その三日後には、コンビニの駐車場。
そして昨日は、信号待ちをしている真子の車の横を、龍太郎が通り過ぎていた。ほんの数秒。いつも、言葉を交わすこともなく、互いの存在を確認するだけだった。それが何度も続いていた。
「まさか……彼女も気づいていたのか」
龍太郎は、ゆっくりと返信を打った。
「はい。私も、少し気になっていました」
送信してから、なぜか胸が高鳴った。66歳になった自分が、38歳の女性から届いた一通のメッセージに、こんなにも心を揺さぶられる。自分でも不思議だった。しばらくして、真子から返信が届く。
「やっぱり……」
そのあとに、もう一行。
「私たち、何度もすれ違っていますよね?」
龍太郎は息をのんだ。
「何度も」という言葉。
それは龍太郎が心の中で感じていたことと、まったく同じだった。二人は初めて、これまでの「偶然」を確認し合った。だが、まだ二人は知らなかった。この町で何度も繰り返されていたすれ違いには、もう一つの秘密があったことを。
十八年前
真子は、母親の遺品を整理していた。古びたアルバム。その中から、一枚の写真が落ちた。若い頃の母親と、見知らぬ男性が写っている。真子は写真の裏側を見た。そこには、母親の字で短く書かれていた。
「この人には、もう二度と会ってはいけない」
真子には、その男性が誰なのか分からなかった。ただ、不思議なことに、その男性の横顔には、どこか見覚えがあった。そして写真の日付を見た瞬間、真子の表情が変わる。
1988年。
今から38年前。その頃、龍太郎は28歳だった。一方、真子の母親は、まだ若い女性だった。真子は写真を握りしめた。
「この人……もしかして……」
その夜、真子は再び龍太郎にメッセージを送る。
「聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「1988年頃、あなたはこの町にいましたか?」
龍太郎の指が止まった。1988年。忘れようとしていた、遠い記憶。そして、その年には龍太郎自身も、決して人には話していない出来事があった。龍太郎はしばらく迷ったあと、返信した。
「いました」
真子からの返信は、すぐには来なかった。数分後。一枚の写真が送られてきた。龍太郎は、その写真を見た瞬間、顔色を失った。そこに写っていたのは、28歳の頃の自分だった。そして、その隣に立っていた若い女性。龍太郎は、その女性の名前を知っていた。
「……まさか」
38年という時間を越えて、封印されていた記憶が、ゆっくりと動き始める。そして龍太郎は、まだ知らなかった。目の前に現れた38歳の真子が、あの頃の女性とどんな関係にあるのかを。二人を結ぶ「運命の糸」は、2026年に始まったものではなかった。その糸は、1988年の夏から、すでに二人の人生を静かにつないでいた。