薫る雨の匂いに彩りを

色の無い世界

外は神様が蛇口を壊してしまったかのような土砂降りだった。

「ついてない……」

いつもカバンの中に入れているはずの折りたたみ傘は今日に限って別のカバンの中に入ったまま。
濡れるだろうな。びしゃびしゃで帰ったらお母さん心配するだろうな。

私の横をすり抜ける人達はみんな傘を開いてはどんどん校門の方へ流れていく。私だけが灰色の世界に取りのこされてしまったような孤独感を抱えながら私はカーディガンの袖を握りしめた。

埃を纏った風はじっとりと湿っていて私のくるくるの髪の毛をさらにくるくるにして揺らしていく。

覚悟を決めて足を踏み出したとき。

薫子(かおるこ)

低い声がした。聞こえなかったことにして走り出そうとする。肩に手を置かれて無視することは出来なくなって、嫌々振り返る。

「薫子、傘無いんだろ?入れてやるから」

同じクラスの繊月彩(せんげついろ)だった。さらさらのセンター分けは今見ているとかなりむかつく。背の低い私の遥か上にある顔は嫌味なほどに整っていた。

「いらない」

そう呟いて私は走り出す。大きめな水たまりを踏んでしまってびしゃりと靴下が濡れる。後ろの方で繊月が何か言っているのが聞こえるけれど無視して走り続ける。

雨が嫌いだ。髪の毛がくるくるになるから。
色が嫌いだ。だって私には見えないから。

繊月彩が、大嫌いだ。


「ねえ、薫子見て!あの人格好よくない?」

高校に入学してすぐだった。私の親友の有本雅(ありもとみやび)が小さく私に向かって耳打ちをした。

私の斜め前の席、雅の一つ飛ばした隣に座る繊月彩は男子達と仲よさそうに話している。ぱっちりした大きい目とすっと通った鼻筋。さらさらの髪の毛が印象的だった。

「やばい……一目惚れしたかも」

そう言って小さい顔を手で包む雅は本当に可愛かった。

「え、雅なら絶対いけるよ!」
「話しかけてきな!」

美麗(みれい)瑠華(るか)が雅に言う。雅は本当に可愛くて、本当に可愛くて、私も雅ならあの人の隣にいてもおかしくないと思った。

私が中学生の時から一緒に過ごしてきた雅と美麗と瑠華。三人はさらさらのストレートヘアに幅の広い二重。華奢なのにちょうど良く背が高めでいつも甘い香りをまとっている。

対して私は小さな奥二重がずっとコンプレックスだった。くるくるの柔らかい髪の毛に痩せすぎた低身長。小さい頃体が弱かったからお母さんが過保護で、香水なんてつけさせてくれなかった。

薫子、なんて名前も嫌だ。もっと可愛い名前だったら私ももう少しはかわいかったかもしれないのに。

「お願い!みんな、ついてきて!」

初めてのホームルームが終わったあと、雅は繊月に話しかけようと私達と共に繊月の机へ向かった。もうすでに彼の机の周りにはたくさんの人が集まっていた。

「あの、繊月くん!連絡先……」
「……薫子ちゃん?」

雅が連絡先の交換を持ちかけようとした瞬間、繊月彩は私の名前を呼んだ。

「久しぶり。俺のこと覚えてる?」

空気が凍った。今日初めて私に合ったはずの繊月が名前を知っていることには大分驚いたけどそれ以上に瑠華と美麗の冷たい視線に泣きだしそうになった。

「え、薫子、知り合い?」
「……いや、違うはず……」

雅に問いかけられてもわからなかった。本当にわからなかったのに、どんどん視線は冷えていく。

「おい繊月ー!ナンパすんなよ」
「そう言うのじゃないって」

けらけら笑いながら一人の男子が言って、周りがどっと笑う。雅も、瑠華も、麗美も笑ってあたりの雰囲気はぱっと明るくなった。
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