青く、淡い、フィルターの向こう側  -あの頃、好きと言えなかった君と大学で再会した-
バスの昇降口で肩を上下させながら大きく息をつき、空席ばかりの車内を眺める猫背気味の小柄な男子。

その彼とふと目が合った。

「――あれ、夏希……立花くん」

同じクラスの立花夏希。
苗字の響きが同じなので下の名前で呼ばれる事が多く、自然と先に名前を口にしていた。

「……なんで言い直したん」

意外なことに、一番後ろの席に座った夏希がスマホをスクロールしながら返事をした。

――あれ、私に言ってる?

思わず振り返って見てしまう。
何せ先生と話して居る時ぐらいしか彼の声を今まで聞いたことがなかったのだ。

知っているのは、いつも一人でいる無口な男子ということ。
そして大きな瞳を伏せて本を読んでいる姿が印象的だということ。

「……馴れ馴れしいかなって?」

言えば夏希は、ふっと笑った。

え、笑った?

珍しく反応してくれたのが少しだけ嬉しくて、その日は三十分かかる移動時間が一瞬のように感じた。



――――それからなんと、学校の帰りは夏希と一緒のバスに乗ることが増えた。
とはいえ特別話す間柄ではない。

見えないバリアのようなものが由紀には見えていたので、同じ空間にいるけど別世界の相手。
残念ながら話し相手にはなってくれないらしい。

最初に見た笑みを思い出して初めのうちは妙にソワソワしていたが、結局のところ会話はなく、一番後ろの座席に座る夏希の姿はいつしか日常に溶け込んでいた。

そうなると、いよいよバスの揺れに意識が向いてしまうようになって、放課後は苦行と戦いながら窓に頭をつけてやり過ごした。


その日は風邪気味で特に怠かった。
車酔いしやすい身体は無言で居ると気分がみるみる悪くなる。

行きは地元の仲間が一緒なのでなんだかんだで気が紛れるが、帰りはなかなか。

遠くを見ていれば吐き気が治るなんて言った人は誰だろう。
どこを見ても山、山、ドラッグストアに山。
遠くを見たところで似たような緑が続く景色は逆に目が回りそうだった。

嫌だなぁ、つらいなぁ。

そんなことを考えながら目を閉じていると、ふと声を掛けられた。

「……具合悪い?」

振り返ると顔を顰めた夏希の姿があった。

「車酔い。ちょっとしんどいけど大丈夫」

「辛いね。これ食えば?」

”走行中は立ち上がらないでください”という、ずっと前に流れたアナウンスを気にしてか、夏希は素早く移動してきて何かを差し出す。

それは飴玉だった。
しかも虹色。

「学校に飴持ってきてるの?」

受け取るより先に思わず訊いてしまった。

「出てから買った。バス停の正面にちっさい店あるやん……舐めたらマシになるんやない?車酔い」

「ありがとう……あそこやっとるんやぁ」

今度こそちゃんと受け取って、それを口内で転がしてみると、甘さと一緒にいろんな種類の香りが次々に広がってゆく。

「ちなみにかき氷、税込み百円」

「やっす!もっと暑くなったら行ってみようかなぁ……」

その後は会話が続かなかったが、けれど夏希はバスを降りるとき聞いてくれた。

「――少しはマシになった?車酔い……この場合バス酔いか」

「なったなった、おかげさまで。ありがとうね」

気にしてくれたんだ。

無口で何考えてるか分からなかったけど、意外と優しい人なのかもしれない。

バスを降りた時に窓越しでもう一度目が合い、由紀が手を振ると夏希は軽く会釈して去って行った。

目的地まで残り十分。
この時間はあっという間に過ぎるだろう。



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