勇者として異世界召喚されたら、転生聖女に恋人と作ったカフェを丸ごとパクられていたので、反省するまで魔王討伐はしません
異世界召喚勇者
本作は、
「転生者が前世の商品サービスを再現して商売チートしてたのに、そこへ元の権利者まで異世界召喚されてきたらどうなるんだろう?」という素朴な疑問から生まれた異世界コメディです。
なお作者本人は異世界へ召喚される予定がないため、現実世界における著作権侵害等への対応についてはプロフやlit.linkをご覧ください。
©️ 2026 Magi Asahi
--
二十代前半の若き実業家で、とある企業の副社長・高瀬怜司は、その日もいつも通り仕事をしていた。
チャコールブラウンの仕立ての良いスーツによく磨かれた革靴、深い緑のネクタイ。
薄茶色の柔らかな髪を整えた、緑の目を持つわ品の良い穏やかな顔立ちの青年だ。
黙ってさえいれば、年齢や性別を問わず好感を持たれるタイプである。
今も、仕事中でも口元には柔らかな微笑みが浮かんでいる。
その日は出社して役員室のパソコンで自社の戦略策定をしていたのだが、ふと集中力が切れて手を伸ばすと、マグカップが空だった。
これが自宅作業なら、絶妙なタイミングで恋人が淹れ直してくれて、その際に「今日の夕飯なに食べたい?」とか、「仕事早く終わらせたらご褒美あげるよ? 肩でも揉む?」などと言ってくれる相手と雑談を楽しむのだが……
残念ながら今日は別件で出かけていて、本社にもいなかった。
怜司は溜め息をついた。癒しが足りない。
秘書に持ってきてもらうのもいいが、気晴らしにストレッチしてから、社内のカフェスペースでコーヒーを淹れてこよう。
と立ち上がったとき、――床が消えた。
「………………!?」
急激な落下感に驚愕する間もなく、意識が途切れた。
☆ ☆ ☆
怜司が次に足をついたのは、見知らぬ石造りの大広間だった。
床いっぱいに巨大で光る幾何学模様の魔法陣が描かれ、周囲では色とりどりのローブを着た男女が杖を掲げている。
正面の階段上には王冠を被った初老の男。その左右には騎士らしい武装した者たちまで並んでいた。
「おおっ、成功だ!」
「勇者召喚は成功だ!」
「「「勇者様ばんざーい!」」」
歓声と拍手が大広間を満たす。
怜司は自分を中心に消えていく魔法陣の光を見下ろし、周囲を確認した。
「これは……いったい……」
「よくぞ参られた、異界の勇者よ!」
王冠の男――この国の国王によると、ここは怜司が暮らしていた世界とは異なる、魔法と魔物が実在する世界だという。
大陸では現在、人間の国家と魔王率いる勢力との争いが激化している。
古くからこの国には、危機が迫ったとき異世界より勇者を召喚する秘術が伝わっており、王宮の魔術師たちが総力を挙げて儀式を行った結果、選ばれたのが怜司だったらしい。
「まさか、ネット小説によくある異世界召喚ってやつ? まさか僕が巻き込まれるとは……しかも勇者って」
怜司の眉間に皺が寄った。
仕事がある。今日中に確認する予定だった資料も、出席するはずだった会議もだ。
だが、それ以上に問題なのは、何の前触れもなく自分が会社から消えたことだった。
「僕を元の世界へ戻す方法は?」
「ご安心くだされ。勇者として使命を果たした暁には、召喚の術式を逆転させ、元いらした世界へ確実にお戻しすると約束しよう」
「……確実に?」
怜司の声に疑いが混ざるが、国王はそこはしっかり頷いて肯定した。
「王家に伝わる記録にも、過去の勇者を元の世界へ送り届けた例が残っております」
「期間は?」
「魔王討伐までとなれば……過去の記録では数年を要した例もございますが」
「数年!? そんなに待たせたら捨てられてしまう……っ」
「待たせる?」
「っ、こちらの話です」
帰る方法があるのなら話は早い。
魔王討伐などという物騒な仕事を喜んで引き受ける気はなかったが、帰還の条件だというなら検討するしかない。
「勇者様には、こちらの聖女とともに魔王討伐へ向かっていただきたい」
国王に紹介され、怜司は彼の隣に立つ女性を見た。
鮮やかなピンク色の長い髪と水色の瞳の、愛らしい少女だった。やや小柄な十代後半から二十歳前後か。
白を基調とした聖職者の衣装をまとい、胸元には聖女の証だという青白く光る宝石アダマンタイトのブローチが輝いている。
如何にもファンタジー世界の聖女様といった出で立ちである。
「初めまして、勇者様。聖女のミレーヌと申します。これからよろしくお願いいたしますね」
「……よろしくお願いします」
なぜ魔王討伐に聖女と二人で行くのか。剣士や盾役はどうした。明らかにパーティーの面子が足りない。
そこにもネット小説で読んだような展開を感じ、怜司の眉間の皺が深くなった。
もっとも、召喚された当日に魔王領へ放り出されるわけではなかった。
この世界の地理も文化も通貨も知らない人間をいきなり旅立たせるほど、王国側も無計画ではない。
(ふむ。〝優しいほうの異世界召喚〟というやつかな?)
まずは王都で生活し、この世界に慣れてほしい。その間はミレーヌが案内役を務めるという。
翌日、この国の高位貴族の一般的な衣服に着替えさせられ、怜司はミレーヌとともに王都へ出た。
石畳の大通りには馬車が行き交い、煉瓦や石造りの建物が並ぶ。
店先では見慣れない果物や魔物の素材が売られ、杖を持った魔術師が歩いている横を、大きな荷物を浮遊魔法で運ぶ商人が通り過ぎていく。
未知の世界ではあるが、都市としての構造そのものは理解できる。
怜司は商店の価格表示や人の流れ、露店で使われている貨幣まで観察しながら歩いていた。金貨や銀貨、銅貨など金属硬貨が主で、紙幣はないようだ。
と、その足が止まった。
「?」
大通りの角に大きなカフェがあった。
若者を中心に行列ができている。
二階建ての店舗の壁には大きな看板が掲げられ、赤い魚のキャラクターが描かれていた。
鯛だ。二本の足が生えた、ウインクする赤い鯛。
ただし、怜司の知っているものより目が大きい。むしろ飛び出しぎみで、左右の配置もおかしく、口元には笑顔らしき線が引かれているが笑いきれていない。
というか、ギザギザの歯が怖い。
恐らくゆるキャラを目指したのだろうが、ホラー風味のイラストだった。
可愛くしようとした努力は認められる。
しかし結果として、夜道で出会ったらその晩、確実に夢に出てきそうな顔になっていた。
そしてその横に書かれた店名を見て、怜司の表情から笑みが消えた。
《たいやきカフェ》
「まあ。気になりますか?」
ミレーヌが嬉しそうに振り返った。
「このカフェは私が啓示を受けて作ったお店なんです。今や国内どの領地にもあるんですよ」
「…………」
「最初は王都の一店舗だけだったんですけど、大人気になって。焼き菓子だけじゃなくて、飲み物やキャラクター商品も販売しているんです。今ではこの国を代表する人気店のひとつなんですよ」
怜司は答えなかった。
店頭には魚の形をした焼き菓子が並ぶ。店名にもあるたい焼き中心に、魚の形のクッキーやケーキ類だ。
赤い魚をあしらったカップやぬいぐるみ、キーホルダーも会計場の横で販売されている。
店内には季節限定らしい衣装を着た、赤い魚のイラストまである。
これらの商法を怜司はよく知っていた。
「どうしました?」
怜司は看板を指した。
「このキャラクターも?」
「もちろん私の啓示です!」
自信満々だった。
怜司は赤い魚をもう一度見た。
中学生の頃、ノートの隅に自分が描いた落書きに酷似している。
モデルにしたのは、昔からずっと一緒にいる幼馴染みで、今は最愛の恋人だった。
元の世界では長い年月を経て、カフェ事業を立ち上げ、店のシンボルにまでなったものだ。
その赤い魚を、頑張って記憶だけで描き直したような怖い魚が、異世界の街角で巨大な看板になっている。
――さすがに偶然では済ませられないし、見過ごせない。
「啓示だって?」
「ゆ、勇者様?」
怜司の低い声に、ミレーヌが笑顔のまま固まった。
怜司は店頭に並んだ商品を順番に見渡してから、彼女へ視線を戻した。
「馬鹿を言うな。これは……僕たちの店の模倣じゃないか」
「転生者が前世の商品サービスを再現して商売チートしてたのに、そこへ元の権利者まで異世界召喚されてきたらどうなるんだろう?」という素朴な疑問から生まれた異世界コメディです。
なお作者本人は異世界へ召喚される予定がないため、現実世界における著作権侵害等への対応についてはプロフやlit.linkをご覧ください。
©️ 2026 Magi Asahi
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二十代前半の若き実業家で、とある企業の副社長・高瀬怜司は、その日もいつも通り仕事をしていた。
チャコールブラウンの仕立ての良いスーツによく磨かれた革靴、深い緑のネクタイ。
薄茶色の柔らかな髪を整えた、緑の目を持つわ品の良い穏やかな顔立ちの青年だ。
黙ってさえいれば、年齢や性別を問わず好感を持たれるタイプである。
今も、仕事中でも口元には柔らかな微笑みが浮かんでいる。
その日は出社して役員室のパソコンで自社の戦略策定をしていたのだが、ふと集中力が切れて手を伸ばすと、マグカップが空だった。
これが自宅作業なら、絶妙なタイミングで恋人が淹れ直してくれて、その際に「今日の夕飯なに食べたい?」とか、「仕事早く終わらせたらご褒美あげるよ? 肩でも揉む?」などと言ってくれる相手と雑談を楽しむのだが……
残念ながら今日は別件で出かけていて、本社にもいなかった。
怜司は溜め息をついた。癒しが足りない。
秘書に持ってきてもらうのもいいが、気晴らしにストレッチしてから、社内のカフェスペースでコーヒーを淹れてこよう。
と立ち上がったとき、――床が消えた。
「………………!?」
急激な落下感に驚愕する間もなく、意識が途切れた。
☆ ☆ ☆
怜司が次に足をついたのは、見知らぬ石造りの大広間だった。
床いっぱいに巨大で光る幾何学模様の魔法陣が描かれ、周囲では色とりどりのローブを着た男女が杖を掲げている。
正面の階段上には王冠を被った初老の男。その左右には騎士らしい武装した者たちまで並んでいた。
「おおっ、成功だ!」
「勇者召喚は成功だ!」
「「「勇者様ばんざーい!」」」
歓声と拍手が大広間を満たす。
怜司は自分を中心に消えていく魔法陣の光を見下ろし、周囲を確認した。
「これは……いったい……」
「よくぞ参られた、異界の勇者よ!」
王冠の男――この国の国王によると、ここは怜司が暮らしていた世界とは異なる、魔法と魔物が実在する世界だという。
大陸では現在、人間の国家と魔王率いる勢力との争いが激化している。
古くからこの国には、危機が迫ったとき異世界より勇者を召喚する秘術が伝わっており、王宮の魔術師たちが総力を挙げて儀式を行った結果、選ばれたのが怜司だったらしい。
「まさか、ネット小説によくある異世界召喚ってやつ? まさか僕が巻き込まれるとは……しかも勇者って」
怜司の眉間に皺が寄った。
仕事がある。今日中に確認する予定だった資料も、出席するはずだった会議もだ。
だが、それ以上に問題なのは、何の前触れもなく自分が会社から消えたことだった。
「僕を元の世界へ戻す方法は?」
「ご安心くだされ。勇者として使命を果たした暁には、召喚の術式を逆転させ、元いらした世界へ確実にお戻しすると約束しよう」
「……確実に?」
怜司の声に疑いが混ざるが、国王はそこはしっかり頷いて肯定した。
「王家に伝わる記録にも、過去の勇者を元の世界へ送り届けた例が残っております」
「期間は?」
「魔王討伐までとなれば……過去の記録では数年を要した例もございますが」
「数年!? そんなに待たせたら捨てられてしまう……っ」
「待たせる?」
「っ、こちらの話です」
帰る方法があるのなら話は早い。
魔王討伐などという物騒な仕事を喜んで引き受ける気はなかったが、帰還の条件だというなら検討するしかない。
「勇者様には、こちらの聖女とともに魔王討伐へ向かっていただきたい」
国王に紹介され、怜司は彼の隣に立つ女性を見た。
鮮やかなピンク色の長い髪と水色の瞳の、愛らしい少女だった。やや小柄な十代後半から二十歳前後か。
白を基調とした聖職者の衣装をまとい、胸元には聖女の証だという青白く光る宝石アダマンタイトのブローチが輝いている。
如何にもファンタジー世界の聖女様といった出で立ちである。
「初めまして、勇者様。聖女のミレーヌと申します。これからよろしくお願いいたしますね」
「……よろしくお願いします」
なぜ魔王討伐に聖女と二人で行くのか。剣士や盾役はどうした。明らかにパーティーの面子が足りない。
そこにもネット小説で読んだような展開を感じ、怜司の眉間の皺が深くなった。
もっとも、召喚された当日に魔王領へ放り出されるわけではなかった。
この世界の地理も文化も通貨も知らない人間をいきなり旅立たせるほど、王国側も無計画ではない。
(ふむ。〝優しいほうの異世界召喚〟というやつかな?)
まずは王都で生活し、この世界に慣れてほしい。その間はミレーヌが案内役を務めるという。
翌日、この国の高位貴族の一般的な衣服に着替えさせられ、怜司はミレーヌとともに王都へ出た。
石畳の大通りには馬車が行き交い、煉瓦や石造りの建物が並ぶ。
店先では見慣れない果物や魔物の素材が売られ、杖を持った魔術師が歩いている横を、大きな荷物を浮遊魔法で運ぶ商人が通り過ぎていく。
未知の世界ではあるが、都市としての構造そのものは理解できる。
怜司は商店の価格表示や人の流れ、露店で使われている貨幣まで観察しながら歩いていた。金貨や銀貨、銅貨など金属硬貨が主で、紙幣はないようだ。
と、その足が止まった。
「?」
大通りの角に大きなカフェがあった。
若者を中心に行列ができている。
二階建ての店舗の壁には大きな看板が掲げられ、赤い魚のキャラクターが描かれていた。
鯛だ。二本の足が生えた、ウインクする赤い鯛。
ただし、怜司の知っているものより目が大きい。むしろ飛び出しぎみで、左右の配置もおかしく、口元には笑顔らしき線が引かれているが笑いきれていない。
というか、ギザギザの歯が怖い。
恐らくゆるキャラを目指したのだろうが、ホラー風味のイラストだった。
可愛くしようとした努力は認められる。
しかし結果として、夜道で出会ったらその晩、確実に夢に出てきそうな顔になっていた。
そしてその横に書かれた店名を見て、怜司の表情から笑みが消えた。
《たいやきカフェ》
「まあ。気になりますか?」
ミレーヌが嬉しそうに振り返った。
「このカフェは私が啓示を受けて作ったお店なんです。今や国内どの領地にもあるんですよ」
「…………」
「最初は王都の一店舗だけだったんですけど、大人気になって。焼き菓子だけじゃなくて、飲み物やキャラクター商品も販売しているんです。今ではこの国を代表する人気店のひとつなんですよ」
怜司は答えなかった。
店頭には魚の形をした焼き菓子が並ぶ。店名にもあるたい焼き中心に、魚の形のクッキーやケーキ類だ。
赤い魚をあしらったカップやぬいぐるみ、キーホルダーも会計場の横で販売されている。
店内には季節限定らしい衣装を着た、赤い魚のイラストまである。
これらの商法を怜司はよく知っていた。
「どうしました?」
怜司は看板を指した。
「このキャラクターも?」
「もちろん私の啓示です!」
自信満々だった。
怜司は赤い魚をもう一度見た。
中学生の頃、ノートの隅に自分が描いた落書きに酷似している。
モデルにしたのは、昔からずっと一緒にいる幼馴染みで、今は最愛の恋人だった。
元の世界では長い年月を経て、カフェ事業を立ち上げ、店のシンボルにまでなったものだ。
その赤い魚を、頑張って記憶だけで描き直したような怖い魚が、異世界の街角で巨大な看板になっている。
――さすがに偶然では済ませられないし、見過ごせない。
「啓示だって?」
「ゆ、勇者様?」
怜司の低い声に、ミレーヌが笑顔のまま固まった。
怜司は店頭に並んだ商品を順番に見渡してから、彼女へ視線を戻した。
「馬鹿を言うな。これは……僕たちの店の模倣じゃないか」