京都弁男子に溺愛されています〜憧れの小説作家は気になる彼でした〜
 寧々はいそいそと歩いて部屋へと戻る。ピンポンとチャイムを鳴らすと伊織が開けてくれたので「ありがとう」と小声で呟き部屋に入った。
 湯上がりの伊織はいつもより色気がすごい。まだほんのりと濡れている髪はしっとりとしている。顔もほてっているのか頬がピンクになっていた。
 なんだか真正面から見られない寧々は、ついと視線を逸らし荷物をスーツケースの中にしまった。
 二人の間に沈黙がおりる。普段なら気にしないのに、今日はそういう雰囲気を感じ取ってしまい、寧々は意味もなくスーツケースの中を触ることしかできない。

「寧々ちゃん、今日は俺に付き合うてくれてほんまにおおきに」

 がちゃがちゃといじっている寧々の背中に声をかけた伊織は、果たしてどんな顔をしているのだろう。気になるのに、見れない。

「ううん。私も清水さんのことを知ることができたし、来れてよかったよ」

 伊織という人を知るには、きっと京都に来なければ深入りすることはできなかっただろう。そういう意味では京都に来てよかったと心から思える。
 さすがに何分も片付けをしていたら怪しまれると思い、寧々はスーツケースから離れベッドの淵に腰かけた。程よい弾力とともにお尻が沈む。

「ほんま? そう思ってくれはったんならよかった。……実はな、寧々ちゃんに嫌な想いもさせたかなーって気になっとったんよ」
「なんで? そんなことないよ」
「前の彼女のことやし、女の子ならええ気せんやろ?」

 伊織は寧々の隣に腰を下ろして座った。拳一つ分しかない距離は、近いのか近くないのか寧々には分からない。それでも、こうして隣に座ってくれたことの方が嬉しかった。
 そして、伊織の言っている言葉の意味を考える。確かにいい気はしなかったといえば嘘になるが、それよりも。

「私は大丈夫だよ、清水さんのこと信じてるから」

 にっこりと隣の伊織を見上げて微笑めば、優しい笑みが返ってくる。

「それならよかった。だって、寧々ちゃんは俺の大事な子やもん。確かに理沙に似てるなーおもて声かけたんが始まりや。でもな、寧々ちゃんのことを知っていくうちにどんどん好きになってん。理沙とは違う、寧々ちゃんという人が好きなんよ。遅くなってしもたけど、俺と付き合って欲しい」

 寧々の手を取り、自分の膝に乗せた伊織は真っ直ぐに寧々を見つめた。その顔はいつものミステリアスな表情ではなくて、寧々を求めて必死に恋焦がれるただ一人の男の顔だった。
 間近で顔を覗かれて、かつてない至近距離で目が合い寧々は動けなくなる。伊織の瞳は夜のように深く暗い色をしていながら、闇のような不気味さはない。
 視線を逸らすことすら許さないという、強い視線からは逃れることなどできはしないのだ。

「……ほんっと、伊織さんっていけずな人。あなたみたいないけずな人、私が見てあげなきゃだめなんだから」
「ほんま、その通りやね。……おおきに、寧々。大好きや」

 もはや雰囲気は恋人のそれでしなかない。重なった手はぎゅっと握られて熱い。
 ゆっくりと顔が近づいて、寧々は僅かに視線を落とす。

「キス、してもええ?」
「……いいよ」

 そっと唇が重なり合う。ただ触れるだけの唇は優しくて気持ちいい。
 何度か唇を触れ合わせ、段々呼気が上がってくる。
 気づいたら浴衣に指をかけられ、胸元にある伊織の手に意識が集中してしまう。

「脱がしても、ええ?」
「いいよ……」

 肩は肌ける。空調が肩を撫でていき、ぶるりと震えた。それは寒さからか、それとも──。
 二人で過ごす長い夜が始まる。
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