一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 同じ家の敷地内なのに、少しだけ特別な場所にいるような気がする。
 ふと足元を見ると、サンちゃんが私たちの間を行ったり来たりしている。
「サンちゃんも食べたいの?」
 私が声をかけると、サンちゃんが期待に満ちた目で湊さんを見上げた。
「少しだけな」
 湊さんが焼いた肉を小さく切って、サンちゃんに差し出す。
 ぱくっと食べたサンちゃんは、嬉しそうに尻尾を振った。
「ふふっ。よかったね、サンちゃん」
 その様子を見ながら、私はまた肉を頬張った。
 こうして三人で過ごしていると、なんだか本当にキャンプに来たような気分になる。
 もちろん、ここは家の庭だ。
 けれど、いつもの家で、いつものように夕食を食べるのとは違う。
 湊さんが焼いてくれる肉を食べて、サンちゃんの嬉しそうな顔を見て。
 そんな何気ない時間が、思っていた以上に心地よかった。
 そういえば――。
「湊さん」
「ん?」
「好きな食べ物って、なんですか?」
「特別好きなものとか、こだわりはないな。でも、この前買ったシフォンケーキ。あれは大好き」
「あ……」
 私は思わず笑った。
 やっぱり、あのシフォンケーキのことだ。
 あのときの湊さんの食べっぷりを思い出すと、なんだか可笑しくなる。
「そんなに好きだったんですね」
「うん。かなり好き」
 迷いのない返事に、私はまた笑ってしまった。
 好きなものについて、こんなに素直に「好き」と言う湊さんを見るのは、初めてかもしれない。
 普段は何を聞いても落ち着いていて、あまり感情を大きく表に出さない。
 そんな湊さんが、シフォンケーキのことになると、少しだけ子どもみたいに見える。
 それが、なんだか嬉しかった。
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