一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
「いや、あったって。ゼミの発表で俺が困ってたときも、遅くまで付き合ってくれたじゃん」
「だって、辻村くんが全然準備してなかったからでしょう」
「ははは。そうだった」
 また二人が笑う。
 ――面白くない。
 さっきから、ずっとそう思っていた。
 別に、辻村が嫌いなわけじゃない。
 むしろ、話してみれば感じのいい男だ。
 彩乃との距離も、昔からの友人なら当然なのだろう。
 それでも。
 俺の知らない彩乃の話を、辻村だけが知っていることが妙に気に入らなかった。
 大学時代の彩乃。
 俺がまだ出会ってもいなかった頃の彩乃。
 その頃の彼女を知っている男が目の前にいる。
 しかも、彩乃はこんなにも楽しそうに笑っている。
 俺と話しているときには見せないような顔で。
 胸の奥が、またざわついた。
「そういえばさ」
 辻村が、ふと思い出したように言った。
「彩乃、昔――」
 また始まった。
 俺は小さく息を吐き、カップに口をつけた。
 このまま二人で話していたら、俺の知らない彩乃の話を、まだまだ聞かされることになるのだろう。
 それが嫌だった。
 それだけじゃない。
 もし、この再会をきっかけに、昔の気持ちが戻ったりしたら。
 そんなことまで、考えてしまう。
 ――焼け木杭に火がつく。
 そんな言葉が、頭をよぎった。
 もし、本当にそうなったとしても。
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