一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 だから、こういうときに困ることはなかった。
 大きなスーツケースと小さなキャリーケースに、衣類や身の回りのものを詰めた。
 仕事で使うパソコンも忘れずに入れる。
 必要なものを一つずつ確認しながら荷物を詰めていると、思った以上に時間がかかった。
 けれど、荷造りを終えてしまえば、部屋の中はいつもと変わらない。
 見慣れた家具。
 いつも使っているテーブル。
 読みかけの漫画が置かれた本棚。
 何年も暮らしてきたわけではない。
 それでも、自分の生活が詰まった場所には違いなかった。
 準備を終えると、私は部屋を見渡した。
 たった一か月。
 そう考えれば、たいしたことではない。
 一か月が過ぎれば、またここへ戻ってくる。
 それなのに、少しだけ寂しい気がした。
 いつもなら、仕事へ出かけるために何気なく閉める玄関のドア。
 今日は、その向こうにある部屋をしばらく離れるのだと思うと、いつもとは違って見える。
 私は小さく息を吐いた。
 感傷に浸っている場合じゃない。
 これから始まる一か月のほうが、ずっと大きな問題なのだから。
 そんな感傷を振り切るように、私は部屋を出た。
 マンションの前には、湊さんの秘書だという沢村さんが運転する車が停まっていた。
 見慣れない車を前にして、私は一瞬だけ足を止める。
 昨日までなら、まさか自分がこんな車に乗って、誰かの家へ向かうことになるなんて考えもしなかった。
 後部座席には、湊さんがいる。
「お待たせしました」
「いや、ちょうどよかった」
 湊さんはそう言って、私の荷物を確認した。
「これだけ?」
「はい。必要なものだけです」
「じゃあ、積んで」
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