歌う人魚と秘密の小屋で
小春はワクワクしながら汐見先生の後ろ姿をみていた。
改めて見ても長い髪だ。女と見間違えるわけだ。
汐見先生は思ったよりノリが良かった。
なんか弾いて、という小春の無茶振りに応えてくれた。
先生がポロロン、とピアノを弾く。
小春が聴き入っていると、あの日海で追いかけた旋律が流れてきた。
この曲は。
小春はこのメロディを知っている。
もっと近寄って、先生が弾いてるところを見てみたい。
小春はピアノを弾く湊に近づいていった。
そして、世間話をするように話しはじめた。
「汐見先生、私、つい最近溺れたんだよね。この辺で」
急に湊の手が滑って音程が外れ、間抜けな音が出る。
手がピタッと止まった。
「…先生?」
小春は先生の顔を覗き込む。
先生は、なぜか少し動揺しているように見える。無表情だが、小刻みに手が震えている。
そしてピアノからパッと目を離し、小春を見てハの字に眉を曲げ、笑って言った。
「…え!?そうだったの。びっくりしたよね。で、体の方は大丈夫なのか…?」
小春は言った。
「全然大丈夫です。実はあの日、このピアノの音を聞いたんです。それで音の正体が気になって泳いでいったら、波に呑まれてしまって、溺れたんですよね。あの時は終わったと思いました。でもなぜか気が付いたら浜辺にいて。」
ふ、ふぅ〜ん。となんとか平静を装う湊。背中に嫌な汗が伝う。
「ふ、不思議なこともあるもんだな…でも、助かって本当に良かった。そろそろ帰ろう。」
どうかもうそれ以上聞かないでくれ。湊は祈った。
そうですね、そろそろ友達も私がいないと気づいただろうし。と小春。
なんだ、救助したのが俺だとバレているわけではなかった。湊はほっと胸を撫で下ろした。
ただ、この場所が知られるとあまり良くない。人通りも無いし、何かあったら危険だ。
あと自分のプライベートスペースにこれ以上踏み込まれるのは困る。
湊は伝えた。
「この場所のことはあまり皆に言わないようにしてくれないか。」
小春は月夜に照らされ幻想的にぼうっと光るピアノに目をやる。ここはとても綺麗で、もう来られなくなると思うと惜しかった。
少し考えてから、こう続けた。
「…わかりました。皆には適当に誤魔化して言っておきます。その代わりに、また来てもいいですか。」
湊はアハハ…と苦笑いをした。
内心ではショックを受けていた。
そう来たか。
ここは俺の空間だったのに…
やんわり断ろうと頭を回転させた。
「あー…でも人も来なくて危ないし、俺もいつもここに居るとは限らないから…」
小春もニコニコと続けた。
「そういうことなら、大丈夫です。今は便利な『LIME』がありますから。先生、交換しましょう。」
ズズイ、とニコニコしながら圧をかけてくる小春。
色々と知られてしまった上で、この場所を守ってくれるというのだから、その条件を呑むしかなかった。
湊に逃げ場は無かった。
観念したように少し肩を落として、湊は
「分かった…」
と、渋々スマホを取り出した。