透明になった。いや、なってしまった
1章どうして
昔からコレといった長所はなかった。強いて言うなら愛想を振り撒くのは得意だった。愛想が人との距離を縮めるものじゃないのだと気付いたのは透明になってからだった。
ベッドの上で本を読んでると、看護師が一人入ってきた。でも、病室に来た看護師はベットにいる俺に気づかなかった。そもそもなぜここにきたのかすらわからない様子で俺に背を向け、病室を出ていった。もしかしてと思い、階段を降りて、受付の前に立っていても、俺が気付かれることはなかった。
俺くらいしかここに来る奴はいないというのに唯一の顧客を逃すとは、なんて愚かな奴らだ。
俺に気づかないということは、それはつまり彼らにとっても俺は透明になってしまったということだろう。
現在、この施設に入院してる患者は俺一人だ。俺がこの病院からいなくなれば、この施設は無くなるのだろうか、それとも別の患者が生まれるまで維持されるのだろうか。まぁ、どうでもいいか。
階段で部屋に戻り、荷物をボストンバッグに詰め、ベッドメイキングをしようとしたところで、手を止めた。もしかしてと思い最後にナースコールを鳴らした。「やっぱりか」
病院の外には青々とした緑が広がっていた。自動ドアの向こうから来る熱気に気押されながらもまっすぐ駅に向かった。人が歩くには暑すぎる気温に、駅から少し離れた病院の立地を恨んだ。根本の原因である病気を恨むほど、エネルギーはない。歩いてるだけで額に汗が滲み、やがて鼻や顎を伝って汗がホームに落ちる。
家の最寄り駅に着いて数十分後、俺は家の前に立っていた。駅から少し遠い以外は特に文句のないアパート。電車に一時間以上乗っていたおかげで、汗は引いていた。色の変わったシャツを見なければ汗をかいてたことはバレないだろう。
家に帰っても、シャワーを浴びるのは夕方になるまで待った。ソファーはないので床に座りなにもせず、ボーっとして夕方を待っていた。冷たい床が気持ち良い。空が赤く染まったのをみて、服を脱いだ。風呂から出る頃には外はすっかり暗くなっていた。鏡の前に立ちたくないので髪を乾かさず、涼しいベランダに立ち、適当なSNSを開いた。クーラーが壊れているせいで夜にならないと家の中でも汗をかいてしまう。病気のせいで業者を呼んで修理することもできない。どうしたものか悩んでいるうちに眠くなり、立っているのも辛くなったためベットに横たわり目を閉じた。部屋にはベッドと机があるだけ。
意識がなくなって数時間後、あまりの暑さに起きてしまった。服が重くなり、首から汗が噴き出ていた。幸い、ベッドはそこまで濡れていなかった。このまま寝れる気もしないので、上だけ着替えてクロックスを履いてコンビニに向かった。
中に入った瞬間、全身を包む冷気に思わず伸びをしそうになった。いや、やってもよかった。どうせ見えないのだから。
弁当やサンドイッチの類は既にほとんど売り切れていて、あるのは赤飯ぐらいだった。ビールの棚に行き、今までだったら買わない一番高いビールと適当なつまみを手に取り、店員に声をかけようとして、喉の奥で言葉が詰まる。「ホットスナックは、無理か……」ビールとつまみを持ち、そのまま一直線に自動ドアの前に立った。コンビニから出て、左手にある大きな池のある公園に向かう。ベンチに座り、つまみを食いながらビールを流し込む。久しぶりの炭酸で喉がヒリヒリし、眉間に皺が寄りながらなんとか飲み込んだ。耳の奥ではパチパチと弾ける音がする。刺激物が喉を通り、胃に流れ込むのを感じる。このまま一直線に血管を通って全身に巡りそうな勢いだ。まだ一缶しか開けてないのに、空きっ腹にアルコールを流し込んだせいか酔っ払ってきてしまった。酔うのは好きじゃないが、既に酔ってしまったのだからしょうがない。もう一つの缶も開ける。プルタブを引き、プシュっと小気味良い音が公園中に再び響き渡る。
久しぶりの飲酒も影響し、今までにないほど酔ってしまった。公園を出て千鳥足で帰路に立ち、家が近くてよかったと心底思った。フラフラ歩く俺の肩にぶつかる人は皆、なにが起こったのかわからないという様子で、眉を顰め首を傾げながら歩いていく。その様子は見慣れているはずなのに今日は少し、そんな様子がおかしかった。きっと酔っているせいだと思う。
なんとか階段を登り、ドアの前に立ったところで抗えない眠気に意識が暗闇に落ちていく。
「大丈夫ですか?ここあなたの部屋じゃないですよ」
微かに声が聞こえ、あり得ない話だと開けかけた目を閉じようとした時、肩を揺らされる感覚をがあった。夢ならそろそろ覚めそうなもんだが、依然として心地よい。まさかと思い目を開けると、目の前には見知らぬ女の子が立っていた。少し腰を曲げ覗き込むようにして俺を見てる。思わず飛び上がる俺にびっくりする彼女を無視し「見えるのか?」と俺は言う。
俺の発言に、どんだけ酔っているのかと言いたげな表情で人差し指を立てた右手を腕ごと左に伸ばした。手の方向に目をやると、俺の部屋番号の書かれたドアがあった。どうやら部屋を間違えてたらしい。いやそんなことはどうでもいい。「なんで」と言いかけ、目線を戻した時には彼女はもう既にいなかった。少しして、右側からドアの閉まる音がした。
ベッドの上で本を読んでると、看護師が一人入ってきた。でも、病室に来た看護師はベットにいる俺に気づかなかった。そもそもなぜここにきたのかすらわからない様子で俺に背を向け、病室を出ていった。もしかしてと思い、階段を降りて、受付の前に立っていても、俺が気付かれることはなかった。
俺くらいしかここに来る奴はいないというのに唯一の顧客を逃すとは、なんて愚かな奴らだ。
俺に気づかないということは、それはつまり彼らにとっても俺は透明になってしまったということだろう。
現在、この施設に入院してる患者は俺一人だ。俺がこの病院からいなくなれば、この施設は無くなるのだろうか、それとも別の患者が生まれるまで維持されるのだろうか。まぁ、どうでもいいか。
階段で部屋に戻り、荷物をボストンバッグに詰め、ベッドメイキングをしようとしたところで、手を止めた。もしかしてと思い最後にナースコールを鳴らした。「やっぱりか」
病院の外には青々とした緑が広がっていた。自動ドアの向こうから来る熱気に気押されながらもまっすぐ駅に向かった。人が歩くには暑すぎる気温に、駅から少し離れた病院の立地を恨んだ。根本の原因である病気を恨むほど、エネルギーはない。歩いてるだけで額に汗が滲み、やがて鼻や顎を伝って汗がホームに落ちる。
家の最寄り駅に着いて数十分後、俺は家の前に立っていた。駅から少し遠い以外は特に文句のないアパート。電車に一時間以上乗っていたおかげで、汗は引いていた。色の変わったシャツを見なければ汗をかいてたことはバレないだろう。
家に帰っても、シャワーを浴びるのは夕方になるまで待った。ソファーはないので床に座りなにもせず、ボーっとして夕方を待っていた。冷たい床が気持ち良い。空が赤く染まったのをみて、服を脱いだ。風呂から出る頃には外はすっかり暗くなっていた。鏡の前に立ちたくないので髪を乾かさず、涼しいベランダに立ち、適当なSNSを開いた。クーラーが壊れているせいで夜にならないと家の中でも汗をかいてしまう。病気のせいで業者を呼んで修理することもできない。どうしたものか悩んでいるうちに眠くなり、立っているのも辛くなったためベットに横たわり目を閉じた。部屋にはベッドと机があるだけ。
意識がなくなって数時間後、あまりの暑さに起きてしまった。服が重くなり、首から汗が噴き出ていた。幸い、ベッドはそこまで濡れていなかった。このまま寝れる気もしないので、上だけ着替えてクロックスを履いてコンビニに向かった。
中に入った瞬間、全身を包む冷気に思わず伸びをしそうになった。いや、やってもよかった。どうせ見えないのだから。
弁当やサンドイッチの類は既にほとんど売り切れていて、あるのは赤飯ぐらいだった。ビールの棚に行き、今までだったら買わない一番高いビールと適当なつまみを手に取り、店員に声をかけようとして、喉の奥で言葉が詰まる。「ホットスナックは、無理か……」ビールとつまみを持ち、そのまま一直線に自動ドアの前に立った。コンビニから出て、左手にある大きな池のある公園に向かう。ベンチに座り、つまみを食いながらビールを流し込む。久しぶりの炭酸で喉がヒリヒリし、眉間に皺が寄りながらなんとか飲み込んだ。耳の奥ではパチパチと弾ける音がする。刺激物が喉を通り、胃に流れ込むのを感じる。このまま一直線に血管を通って全身に巡りそうな勢いだ。まだ一缶しか開けてないのに、空きっ腹にアルコールを流し込んだせいか酔っ払ってきてしまった。酔うのは好きじゃないが、既に酔ってしまったのだからしょうがない。もう一つの缶も開ける。プルタブを引き、プシュっと小気味良い音が公園中に再び響き渡る。
久しぶりの飲酒も影響し、今までにないほど酔ってしまった。公園を出て千鳥足で帰路に立ち、家が近くてよかったと心底思った。フラフラ歩く俺の肩にぶつかる人は皆、なにが起こったのかわからないという様子で、眉を顰め首を傾げながら歩いていく。その様子は見慣れているはずなのに今日は少し、そんな様子がおかしかった。きっと酔っているせいだと思う。
なんとか階段を登り、ドアの前に立ったところで抗えない眠気に意識が暗闇に落ちていく。
「大丈夫ですか?ここあなたの部屋じゃないですよ」
微かに声が聞こえ、あり得ない話だと開けかけた目を閉じようとした時、肩を揺らされる感覚をがあった。夢ならそろそろ覚めそうなもんだが、依然として心地よい。まさかと思い目を開けると、目の前には見知らぬ女の子が立っていた。少し腰を曲げ覗き込むようにして俺を見てる。思わず飛び上がる俺にびっくりする彼女を無視し「見えるのか?」と俺は言う。
俺の発言に、どんだけ酔っているのかと言いたげな表情で人差し指を立てた右手を腕ごと左に伸ばした。手の方向に目をやると、俺の部屋番号の書かれたドアがあった。どうやら部屋を間違えてたらしい。いやそんなことはどうでもいい。「なんで」と言いかけ、目線を戻した時には彼女はもう既にいなかった。少しして、右側からドアの閉まる音がした。