王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~
おまけ:第7話
入社して三年目。
金曜日の二十一時。終電まで残り二時間。
藤島さんと飲み始めてから、数時間が経った。
営業成績五位を祝う特別な飲み会ということもあって、彼女の酒はいつもより進んでいる。彼女の珍しい姿に、私はついデートの誘いを切り出すことも忘れて眺めてしまっていた。
そして今夜、彼女の口から少しずつ本心がこぼれ始めていた。
「今まで言ったことありませんでしたか。私、齋藤さんの背中を追いかけていたんですよ」
澄んだ声に、私への尊敬とまっすぐな憧れが宿った瞳。
彼女の純粋さは、あの頃から何も変わっていない。
それが、どれだけ嬉しいか。
「……少し、酔ってきているみたいだね」
感情を隠そうとすれば、わかりやすく低い声が出てしまった。
不思議に思ったのか、藤島さんが私を覗き込んでくる。
「齋藤さんも赤くなってますよ」
アルコールで紅潮した頬が、あどけない。
細められた瞳は、とろんと溶けている。
今の私にとっての彼女は甘い毒だった。
終電まで残り一時間。
「ねぇ、王子様。——どうしたら恋愛ってできますか」
卓上には藤島さんが飲み切ったグラスがいくつも並んでいる。
彼女の酔いが本格的に回ってきた頃——話題は恋愛へと移った。
藤島さんは、私のことを決して「王子様」と呼ばなかった。
私のことを同期として接していた彼女にとっては、気恥ずかしい呼び方だったのだろう。
なのに、こんなタイミングで舌っ足らずな「王子様」呼びに、甘えるような上目遣い。
「……藤島さん、随分と酔っているね。珍しい」
「酔ってないですよ。本心です」
精一杯の強がりを返せば、藤島さんはじっと睨んできた。
「そうか。本心なんだね」
彼女の言う「本心」は信じられる。だからこそ、恋愛について悩んでいることも本当なのだろう。
ああ、恋愛って面白い。
好きな人の言動に一喜一憂している自分に笑ってしまう。
「でも、なぜ私に恋愛相談をしてくれたのかな」
そう問いかければ、藤島さんは全てを教えてくれた。私を信頼していることも、彼女が恋愛感情の疎さにコンプレックを抱いていることも。
「だから——王子様」
藤島さんはテーブルに手を置き、上体をぐっと前に傾けた。お互いの距離が、ぐっと縮まる。
「私に恋愛を教えてください」
目の前には、藤島さんがいる。
熱のこもった視線は、まさしく恋に恋する女性だ。
ただ、彼女は「私」ではなく「完璧な王子様」を求めている。
その差がもどかしくてたまらない。
それでも、あなたが恋愛を望むなら——
「ふふっ、可愛い人だな」
もう——遠慮しなくていいのか。
私は藤島さんに手を差し伸べた。きょとんとした彼女の表情が愛らしい。
「——どうか、私の手を取ってほしい」
時間が止まった気がした。
いつもと変わらない笑顔を浮かべる。
けれど、その言葉だけには、隠しきれない熱を滲ませた。
どうか、気づいてほしい。
「完璧な王子様」に込められた、私の想いに。
普段とは異なる雰囲気を察したのか、藤島さんが戸惑うようにゆっくりと手を伸ばした。重ねられる二人の掌。
「ありがとう」
「……っ、齋藤さん?!」
彼女の手の甲をなぞり、そのまま指を絡めた。
——瞬間、体がぞくっと震えた。
私よりも一回り小さな手。繊細な指先。柔らかな肌。
これまで何度も隣にいたはずなのに、今はまるで違う女性のように感じる。
そのまま、彼女の手をそっと胸元へ引き寄せた。
これは、ただの「王子様ごっこ」ではない。
私は、この時をずっと待っていたんだ。
「あなたの王子様になって、恋愛を教えてあげる。だから——一日だけ私と付き合ってほしい」
金曜日の二十一時。終電まで残り二時間。
藤島さんと飲み始めてから、数時間が経った。
営業成績五位を祝う特別な飲み会ということもあって、彼女の酒はいつもより進んでいる。彼女の珍しい姿に、私はついデートの誘いを切り出すことも忘れて眺めてしまっていた。
そして今夜、彼女の口から少しずつ本心がこぼれ始めていた。
「今まで言ったことありませんでしたか。私、齋藤さんの背中を追いかけていたんですよ」
澄んだ声に、私への尊敬とまっすぐな憧れが宿った瞳。
彼女の純粋さは、あの頃から何も変わっていない。
それが、どれだけ嬉しいか。
「……少し、酔ってきているみたいだね」
感情を隠そうとすれば、わかりやすく低い声が出てしまった。
不思議に思ったのか、藤島さんが私を覗き込んでくる。
「齋藤さんも赤くなってますよ」
アルコールで紅潮した頬が、あどけない。
細められた瞳は、とろんと溶けている。
今の私にとっての彼女は甘い毒だった。
終電まで残り一時間。
「ねぇ、王子様。——どうしたら恋愛ってできますか」
卓上には藤島さんが飲み切ったグラスがいくつも並んでいる。
彼女の酔いが本格的に回ってきた頃——話題は恋愛へと移った。
藤島さんは、私のことを決して「王子様」と呼ばなかった。
私のことを同期として接していた彼女にとっては、気恥ずかしい呼び方だったのだろう。
なのに、こんなタイミングで舌っ足らずな「王子様」呼びに、甘えるような上目遣い。
「……藤島さん、随分と酔っているね。珍しい」
「酔ってないですよ。本心です」
精一杯の強がりを返せば、藤島さんはじっと睨んできた。
「そうか。本心なんだね」
彼女の言う「本心」は信じられる。だからこそ、恋愛について悩んでいることも本当なのだろう。
ああ、恋愛って面白い。
好きな人の言動に一喜一憂している自分に笑ってしまう。
「でも、なぜ私に恋愛相談をしてくれたのかな」
そう問いかければ、藤島さんは全てを教えてくれた。私を信頼していることも、彼女が恋愛感情の疎さにコンプレックを抱いていることも。
「だから——王子様」
藤島さんはテーブルに手を置き、上体をぐっと前に傾けた。お互いの距離が、ぐっと縮まる。
「私に恋愛を教えてください」
目の前には、藤島さんがいる。
熱のこもった視線は、まさしく恋に恋する女性だ。
ただ、彼女は「私」ではなく「完璧な王子様」を求めている。
その差がもどかしくてたまらない。
それでも、あなたが恋愛を望むなら——
「ふふっ、可愛い人だな」
もう——遠慮しなくていいのか。
私は藤島さんに手を差し伸べた。きょとんとした彼女の表情が愛らしい。
「——どうか、私の手を取ってほしい」
時間が止まった気がした。
いつもと変わらない笑顔を浮かべる。
けれど、その言葉だけには、隠しきれない熱を滲ませた。
どうか、気づいてほしい。
「完璧な王子様」に込められた、私の想いに。
普段とは異なる雰囲気を察したのか、藤島さんが戸惑うようにゆっくりと手を伸ばした。重ねられる二人の掌。
「ありがとう」
「……っ、齋藤さん?!」
彼女の手の甲をなぞり、そのまま指を絡めた。
——瞬間、体がぞくっと震えた。
私よりも一回り小さな手。繊細な指先。柔らかな肌。
これまで何度も隣にいたはずなのに、今はまるで違う女性のように感じる。
そのまま、彼女の手をそっと胸元へ引き寄せた。
これは、ただの「王子様ごっこ」ではない。
私は、この時をずっと待っていたんだ。
「あなたの王子様になって、恋愛を教えてあげる。だから——一日だけ私と付き合ってほしい」